24:楽しいからOKです
レジェンダリークエストの全貌が明らかになります。
「やれやれ、まさかゲームの中であれほど叱られるとはな。」
イーバ、もとい岩井洋一はベッドから起き上がりながら独りごちる。
首を軽く回すと、ゴキゴキと音が鳴った。なんとなく肩が軽くなったように感じた。
「さてと。」
立ち上がり、冷蔵庫に向かう。時刻は夜11時を過ぎていた。
小腹を満たしたく、冷蔵庫を物色する。
身体に悪いとは思いつつ、心の健康の方が大切さと、内心で嘯いた。
『美花星メグルチャンネル』第7回配信は、芳しいものではなかった。
と言うか、失敗の部類だ。
2度に渡る合計で2時間にも及ぶNPCからの説教。同じ失敗を繰り返したのは本当に痛手だった。
冷蔵庫を漁り、とりあえず買い置きのプリンを取り出す。
甘味を欲していた。
「イベントもなぁ。」
イベント、レジェンダリークエストは3日目にして新たな局面を迎えていた。
NPCから新たな情報が出てきたのだ。
具体的には、『三郎様』とやらがお怒りな理由だ。
「単純な防衛戦よりはマシかも知れないがな……。」
━━━━『三郎様』は流域のいくつかの村に祠を持っていた。
村の住民たるNPCたちは、『三郎様』を祀ることで加護を得て怪異の脅威から身を守ってきた。
その内の1つの村で問題が起きた。
とある勇敢で無謀な青年がこう言い出したのだ。「式神なんぞ頼りにならん。俺たちは自分で戦うべきだ。」と。
志は立派だろう。
だが、悲しいことに青年は一般NPCだ。戦う力など持たない存在だ。本来ならば。
彼は考えに考えぬき、とある結論に至った。「戦う力が無いのなら、戦える物を手に入れよう。」そう考えた青年は、自分の住む村が何を祀っているのかに思い至る。
青年の村にも祠があった。『三郎様』を祀る祠だ。
そして祀るために、祠にはある物が納められていた。
それは『三郎様』の力の欠片である。
青年はそれを使えば、怪異どもを根絶やしに出来ると考えた。自分ならそれが出来ると考えてしまった。
「救いがねえな。」
プリンをスプーンで掬いながら、モニターを眺める。
掲示板はイーバを大いに扱き下ろしていた。
この程度ならばセーフだ。メグルは巻き込まれたように思われたらしく、批判はイーバに集中している。それも熱心なアンチのような輩は少なく、大半はイーバを知った上でからかっている様なものだった。
眺めていた掲示板をイベントスレの方に戻す。
━━━━『三郎様』の力を得た青年は、村を出た。何を思ったのかは定かでないが、村を出たことは間違いないそうだ。
戦うために力を得たはずの青年は行方をくらませた。その村でも近隣の村でも目撃されることはなかった。
彼の住んでいた村の住民は、それはもう恐れに恐れたらしい。加護を与え村を守っていた『三郎様』の怒りをだ。
村長は青年の失踪と祠から『欠片』が盗まれたことを知ると、直ぐ様祠に赴き『三郎様』に謝罪した。
村長の謝罪により、『三郎様』は今すぐに力を振るうことは抑えた。
それがクエストの制限時間だ。
レジェンダリークエスト『禍福は糾える縄の如し 壱』の本質は、防衛戦ではなかったのだ。
「失せ物、いや失せ者探しか。」
クエストが全員参加の総力戦であることは疑問だった。
〔撫養城〕の防衛戦となれば、新人の参加はほぼ不可能だ。
であるというのに、新規組まで参加対象に入っていた理由がこれなのだ。
四国エリアを離れ、本土に上陸した青年を探し出す。
「これ、めちゃくちゃ大変じゃねえか。」
思わず呟く。
そう、プレイヤーたちにとってかなりの負担なのだ。
四国を出て本土に上陸したことは間違いないらしい。他ならぬ『三郎様』が村長に断言したそうだ。
困るのはその先だ。
どこに上陸したのか。
どこへ向かったのか。
何をしようとしているのか。
……手掛かりが、ない。
イーバは気付けばプリンを食べきっていた。
プリンカップとスプーンを洗いに席を立つ。
思考は、クエストの内容の考察を続けている。
プレイヤー側はしなければならないことが2つある。
まず、〔撫養城〕の防衛。暴れるモンスターたちを討伐するのは必須事項だ。モンスターが暴れているのは、『三郎様』の怒りを感じ取ってパニックになっているためらしく、事態に収拾がつくまで続ける必要がある。
それからもう1つ。青年を見つける、または盗まれた『欠片』を発見して返還することだ。これが為されなければ『三郎様』の怒りは収まらず、バッドエンドを迎えてしまう。
スプーンをしまい、カップは水気をとった上で燃えるごみの袋に入れる。
2つあるというのが曲者なのだ。
掲示板やフレンドチャット、あるいはギルドなどによってプレイヤー間で情報を伝達することは出来る。しかし、出来るのはそこまでだ。
伝達は出来ても、統制がとれない。
プレイヤー全体を振り分けて、役割を決めて動かすことなど出来ないのだ。
「これ、わざと失敗させようとしてるのか?」
運営の考えを邪推してしまう。
失敗すれば『三郎様』が暴れるだろう。
そうなると、四国エリアは荒れる。いや、むしろ『三郎様』によって統治される可能性もある。
四国エリアは南側半分がまだ未解放だ。となると、そこが『三郎様』の領域だとかになるのだろうか。
そしてプレイヤーはそこを攻略しようとする。
そうなれば、次のレジェンダリークエストだ。
「……だから、壱なのか。」
ナンバリングに合点がいった。
まあ、この程度は既に考察されているだろう。自分たちでもっと深いところまで情報を集めている奴らもいておかしくない。
「寝るか。」
第8回配信からはどうしていこうか。
あまり自分が前に出るようではいけない。主役はメグルなのだ。ついやり過ぎてしまうから気を付けなければ。
補佐するのが前提な思考に、思わず笑みがこぼれる。
今度はどんな冒険をしてもらおうか。
折角だから、クエストの青年探しも兼ねていきたい。
どうせなら運営の想定を超えたいものだ。
歯を磨きながら、鏡を見る。
数ヵ月前よりだいぶ血色の良い健康的になった自分がいた。
口をすすいで、再び鏡を見る。
「どうだ。お前は楽しんでいるかい?」
鏡の中の自分に語りかける。
あの頃よりはずっと楽しいさ。そんな答えが返ってきた気がした。
やらかした。失敗した。選択を間違えた。
それでもゲームを楽しめている。
「次はどんなことをしようかな。」
良い夢が見れそうだった。
ご高覧くださりありがとうございます。
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モチベーションが凄いことになったので、本話も書き上げられました。ありがとうございます。
・運営としては、現在のクエスト進捗状況は想定を下回っています。情報の取りこぼしが発生していたために、避難という体で情報を持つ村長を〔撫養城〕に送り込みました。
さすがに最悪の最悪は運営としても困るからです。
ちなみに最悪の最悪な状況は、『欠片』を返還しようという動きすらなくそれにぶちギレた『三郎様』によって四国エリアの大半が水没+本土への侵攻ルートです。ゲーム的にどうなのかという意見が運営内部でも出ていたため、テコ入れとして村長が派遣されました。
運営的には「情報収集もっとしろよ」と考えています。




