22:多分他にもあった冴えたやり方
これからも頑張ります。
━━━【アラサーおじさん漂流記】
大阪湾から筏に乗って出発。掲示板にて実況。案の定遭難し、漂流した先でアップデート待ちの四国エリア付近に到達した。上陸を試みるも謎の生命体(お仕置きキャラ)に殺害される。スレ民たちには意外と好評だった。
イーバはかつて自身がした体験を語った。メグルに、四国エリアに行ける根拠を示すためだ。
「……何してんですか、おししょー。」
驚きでも不安でもなく、返ってきた反応は呆れだった。
メグルは内心で師が結構な考えなしだとは思っていたが、この話はちょっとアホが過ぎるだろうと感じていた。
漂流することも想定していなければ、どこに行くかも分からない。それを調べるのだと言うのであればそうかもしれないが、予測も仮説も立てずにいきなり実験から入るなんてナンセンスだ。と、師にこんこんと説教した。
ついでに、師の指導方針(ちょっとずつ無理をさせたがる所)や普段の態度(配信外の連絡が事務的過ぎる)など、不満もぶつけた。
10分余りに渡って年下の少女から叱られて、鹿がしょぼくれた頃、メグルは話を切り替えた。
「それで、おししょー。四国エリアに行けるって言うんですか?」
「……ん。ああ。行けるぞ。」
「でも連絡船は無理でしたよ。昨日港で、〔アワジ〕がレベル40以上で、〔撫養城〕はレベル50以上必要だって聞きましたよ。」
「連絡船ならな。」
「……まさか筏ですか?」
「いいや、もっと確実な方法がある。」
自信を持って言い切る師に、あまり良くない予感がしながらメグルは問う。
「……どうするんですか?」
「泳ぐんだよ。」
メグルの思考は停止した。
泳ぐ?
モンスターのいる海を?
レベルがまだ34の自分が?
水中戦なんてしたこともないのに?
泳いで四国まで行く?
自然と言葉が溢れ出た。
「バカなんですか?」
イーバは面白そうに笑っている。まるで、悪戯が成功した少年のように。
いくら師とは言え、これ以上ふざけるならぶん殴るぞと、メグルは物騒な覚悟をきめた。
それを察したかのように、慌ててイーバが言う。
「ま、まあ待て。話を聞け。」
「……はい。」
「まずメグルちゃんは泳がなくて良い。」
「はい。」
「泳ぐのはワシだ。」
「はい?」
「向こうまで乗せて行く。」
「は?」
メグルは、最早怒る怒らないの次元を超えてしまった感情をもて余した。会話が出来ているのに話が通じていないことが、どれだけストレスなのかを知った。正直、知りたくなかった。
イーバもこのままではダメだと悟った。
メグルの目が据わっている。意志疎通、相互理解が図れていない。彼にはそれが分かった。しょっつるがキレる前に似たような目をするのだ。ついでに過去の彼女も喧嘩をした時似たような目をしていた。
イーバには悪癖がある。
彼は説明したがりの癖に、情報を小出しにするのだ。相手に自分で考える余地を与えたくなってしまう。これは彼自身の性格によるものであり、また職業によって助長されたものでもあった。
つまるところ、彼は結論から話が出来ないのである。
そしてそれは、時として相手との関係悪化に繋がる。
「メグルちゃんはワシの体が人間じゃないことには気付いておるだろう?」
「ええまあ、頭が鹿ですし。」
「いやそこではなくて、それより下の話だ。」
「ああ、やっぱりそうなんですね。薄々おかしいなとは思ってましたよ。」
メグルは大した驚きもなく、イーバの話を受け止めた。元々違和感を覚えていた部分のことであるし、そもそも頭が鹿ならその下の体が普通の人のままである保証もない。
メグルはおかしいと感じていたことを順に挙げる。
1つ。街中とはいえ首を捻り折られて平気で話したり動いたりしていたこと。ここの運営のスタンスとしては、首が折れれば死なずとも体の大半をろくに動かせなくなりそうなものだが、イーバは平気であった。〔アカシ〕までの道中で、首を折られて無事なモンスターに遭遇しなかったことを考えると、明らかにおかしい。
2つ目。最初に出会った時に抜刀を邪魔されたこと。腕相撲と違って押さえられた後に力を込めた。イーバの筋力値が本当に初期値ならば、メグルは無理矢理抜刀出来た筈なのに出来なかった。つまり、何か細工がある。
3つ目は、死に戻った自分に謝りに来た時の格好だ。イーバの法衣にはたしかに穴が空いていた。しかし、出血の様子はなく怪我をしているようでもなかった。穴は胸の辺りに空いていたことから、回避して穴だけ空いたとは思えない。そうなると、血が出ないような肉体ではないかと考えられる。
メグルが挙げるおかしな点を、イーバは頷きながら聞いた。相手をよく観察していると内心で褒めながら、しかしイーバはメグルに反論する。
メグルがどこまで考えているのかを楽しみにしながら。
意味があるかと言われれば、全くない。
反論の必要などないし、最初に自分で人の肉体を捨てたと話している。
これは答え合わせであり、余興だ。
「1つ目は、プレイヤーが行動不能になって悪戯されるのを防止するために、わざと動けるようになってるかもしれん。
2つ目は、薬や魔法などのドーピングが考えられる。
3つ目は、相手が空けたのではなく自分で穴を空けた可能性もある。」
「そうですね。でも違うと思います。
それからおししょー、今でも弓射てますよね。」
予想外の切り返しだった。イーバは思わぬ角度からの一撃にたじろぐ。メグルはそのまま続けて言った。
「おししょー、街中でも森でも歩く時全然首振んないんですよ。なのにぶつかったりしない。いくら広範囲が見えるからっておかしいじゃないですか。本物の鹿だって、周囲を確認するために首を振るのに。」
「むむ。」
「だから、思ったんです。おししょーはきっと、今の視界でも正確に距離感を測れている。
じゃあなんで弓を止めたのか。多分それが肉体の影響なんだって。」
どうですかと、メグルは聞いた。
しばしの沈黙。
やがてパチパチと拍手が鳴らされる。音の出所はイーバだ。
彼は称えていた。
相手を観察し、疑問点を見出だしていた弟子の観察眼を。
見つけた疑問を放置せずに答えに迫った思考を。
そしてそれを軽々しく相手に聞かないでいた精神性を。
彼は称えていた。
「大正解だ、メグルちゃん。ワシはその気になればまだ弓使いを続けられた。でもそれは全力で戦うにはちと合わなかったんじゃ。」
「それでおししょー。これだけ前フリしたんですからしょぼいのはナシですよ。」
「ふははっ。期待に応えられると良いがどうであろうか。
時にメグルちゃん。長いものとかにょろにょろしたものとか平気かな?」
「まあ実家の庭とかに蛇はいましたし、平気ですけど。」
「それは良かった。」
そう言うと、鹿の角が輝き始めた。
これまで一瞬しか輝きを放たなかった角が、今回は光を放ち続けていた。
イーバは瞑目し何かに集中しているようで、メグルに出来ることは静かに邪魔せず待つことだった。
次第に角の輝きは強くなり、それと合わせて風が吹き始めた。海風でも陸風でもない。
空気がイーバに向けて流れていた。
まだ霊力だとか呪力だとかの感知が拙いメグルにも、はっきりと感じられるほどに大きな力が集められていた。
異様な光景に、遠巻きに群衆が見守る中でイーバが柏手をパンと鳴らす。
変化は劇的だった。それまでイーバを取り巻いていた黒く霞む靄のような物が、一瞬で鮮やかな緑に変わったのだ。
メグルはその色の変化に覚えがあった。
(五行相生……。水気は木気を生ず。)
莫大な量の木気をイーバは慣れたように取り込んでいく。初めはゆっくりと、徐々にペースを上げて。
木気を取り込むと同時に、イーバの体から異音が漏れ出す。
バキバキ、ミシミシ、メキメキ、と。
身を包む法衣がモゾモゾと動く。
ぐぐんとイーバの背丈が伸びた。
ずずずずと体が伸びていく。カチカチガシャガシャ音を立てる。
法衣がインベントリへと仕舞われて、その体が露になった。
大きい、それはもう巨大なムカデだった。黒く艶やかな装甲と赤黒く鋭い鉤爪のような脚が、いくつもの節で連なっている。
ゾルゾルととぐろを巻きながら、頭部がメグルに寄せられる。
そこだけはムカデではなかった。
体に見合った大きさに巨大化した鹿の頭蓋骨。
それが頭になっていた。
眼球も、毛皮も、肉も全て溶け落ち、真っ白な骨になっていた。
師の異容に、メグルは息を呑む。
だがそれも仕方あるまい。
長さが5mを優に超える人の胴より太い、鹿の頭骨をくっつけた大ムカデが直ぐ目の前にいるとなれば、誰だって戸惑い怯むことだろう。
これが古参のプレイヤーならショックも少ないだろうが、メグルは初心者。これまで戦ったどのモンスターよりも、化け物然とした姿にすっかり萎縮していた。
「おやおや、メグルちゃん。驚きのあまり声も出せない、と言ったところかな?」
からかうような声。イーバだ。
鹿の頭骨はピクリとも動かないが、どうやってか声を出している。
「ふははっ。凄かろう?
これならメグルちゃんを乗せても余裕であろうよ。
さあ、首元に座ると良い。海を渡るぞ!」
楽しそうに語る姿に、イーバである確信を得てメグルは内心ほっとした。
そして、1つ気になったことを口にする。
「……おししょー。ムカデって海水大丈夫なんすか?」
「あ。」
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