21:鹿男と、弟子の装備更新
レジェンダリークエストは既に開始されているんですよ。
「おししょー!なんだか久しぶりですね!」
「2日ぶりだからそれほど間空いておらんわ。まあなんだ、メグルちゃんは今日も元気そうだな。」
「はい!今日もバリバリモンスター倒しますよ!」
イベント開始から3日目。
『美花星メグルチャンネル』第7回配信が始まる少し前、イーバとメグルは拠点都市〔アカシ〕に来ていた。
イーバから攻略の手筈をメモで貰っていたとは言え、2日でここまで踏破したメグルは最早初心者と呼べない域に達していた。
「まさかこれ程早く〔アカシ〕に来れるとはなあ。正直ワシも驚いてる。」
「いやー、がんばりました。」
師に褒められニコニコと笑みを浮かべながらメグルは頭をかく。
雑踏の中を進む2人。鹿頭も認知されてきたのか、イーバを見る視線はそれほど多くなかった。
それとは反対に視線を集めているのはメグルだ。まさか、数日前に始めたばかりで〔アカシ〕にまで到達するとは思われていなかったのだ。
なので、視聴者らしき人物たちがコソコソと「ホントにいる!」「早すぎんだろ……。」「ほんの数日で追いつかれた!」と囁きあったり、わざわざメグルを見に来ていた。そうして不審な様子の彼らから情報が広がり、〔アカシ〕に滞在しているプレイヤーたちはメグルのことを気にしていた。
話題の主であるメグルはそんなことになってるとは露知らず、目的地に向けてずんずん進む。
「おししょー、本当に大変だったんですよ。」
道すがらメグルは師に2日間の苦労を語る。
メグルが進んだ距離は、およそ50㎞になる。
現実では京都↔️明石間はおよそ100㎞なのだが、ゲームとして再現するには広すぎる。密度的にもスカスカではしょうがないため、縮尺が1/2~1/3で調整されている。一定でないのは、ゲーム的オブジェクトの配置など開発面での都合によるものだ。
とにかく、メグルは師に言われた道筋に沿って2日間の配信で50㎞を踏破した。
山に分け入り、獣を狩って、川を渡って、敵を倒して〔アカシ〕まで辿り着いたのだ。
昨日の配信終盤、〔コーベ〕に寄らず通りすぎた時は視聴者皆が諦めかけたメグルを励まして、一体となって〔アカシ〕へと歩を進めたのだ。
支えがなければ来れなかった。1人では無理だった。と、メグルは師に力説した。
「それは大変だったな。だがこうして出来たであろう?」
「たしかに出来たんですけど……。」
「では良いではないか。ワシの見立ては正しかったということだ。」
「そういうことじゃ、ないと言うか……。……そう、がんばった弟子に素っ気なさ過ぎじゃないですか?!」
「ほう。言葉だけでは足りぬと?」
「う……え……そうです!何かご褒美とかないですか?」
「着いたぞ。」
話している内に目的地に到着していた。
そこは服屋だった。
2日間の無茶な行軍でメグルの装備はボロボロになってしまった。
そこで、新しく装備を調えるために昨日の内に注文しておいたのだ。
1日で揃ったのは需要が多い侍衣装系であったことや、メグルがひたすら溜め込んでいたモンスタードロップを売ったことで資金がそれなりに潤沢であったことなどが絡む。
ボロ布と化したかつての装備は処分し、またもや初期装備の麻の服となっていたメグルは、配信前にお洒落をしたいと服屋に来たのだ。
「じゃーん!」
購入した装備を見せびらかすメグル。
イーバは褒め言葉を贈るが、メグルは「せーいが足りませんよ!」とやや不満げだ。
(こいつ、やけにテンション高いな。)
イーバは戸惑っていた。
元気なのは良いことだが、配信を始める前からこの調子で体力は持つのだろうか。
よく様子を見る必要があるな、と判断した。
もう誰が見てもマネージャーになっていた。
♦️
「皆さんこんにちは!美花星メグルです!今日も元気に配信していきますよ!」
第7回の配信が始まった。
彼らがいるのは〔アカシ〕からほど近い海辺だ。
「見てください!装備を更新しました。どうですか?」
メグルはその場でクルリと回って見せる。
彼女が今身につけているのは、『一斤染の侍衣装』というセット装備だ。
淡いピンク色の半上下で、足袋と草履もセットに含まれている。ゲーム的にアレンジされていて、女性向けにフェミニンなシルエットになるよう調整されている。半袴の裾には風に舞う桜の花弁があしらわれていた。
「いやー、良い買い物をしました。個人的には大満足です。おししょーはそうでもないみたいですけど。」
「いや、よく似合ってると言ってるじゃないか。」
「もっと言葉を尽くしてくださいよぉ!」
イーバはダル絡みをするメグルをいなしながら、視聴者に向けて新装備の性能面の解説を入れる。伝えることはそう多くない。
『一斤染の侍衣装』は素直な作りで、単純なステータスアップの他に追加効果はない。シンプルな代わりに、その補正値は高めで装備として使いやすい部類になる。
「でも、おししょー。武器の新調は良かったんですか?」
メグルが疑問を呈する。
防具は揃えた。メグルもお気に入りの一品だ。
だが、武器は違う。2日間の強行軍で傷んだままの刀しかない。しかも、数打ちで店頭売りの品だ。
弱い。
もう〔アカシ〕周辺では切れ味が足りない。その上、刃毀れや歪みもある。
とてもじゃないが使い物にならなかった。
「うむ。構わん。その刀はお役御免だな。
そして、ワシから渡すものがある。」
「もしかして!」
「新しい刀だ。ワシは使わぬからな。一振譲ろう。」
「やったー!」
諸手を上げて喜びを表すメグルを見て、イーバは満足げに頷いた。
先ほど〔アカシ〕の街中ではぐらかしたのはこの為だった。
インベントリから一振の刀を取り出し、メグルへ差し出す。漆塗りの黒い鞘に収まったその刀に、メグルの胸は早鐘を打つ。
かつて、実家の蔵にあった太刀を見た時と似た高揚感が全身を駆け巡る。
メグルは喜びに満ちていた締まりのない笑顔から一転、キリリとした顔つきになる。
そして、恭しい手つきで刀を受け取った。肩が震えていた。
「抜いても、よろしいでしょうか。」
いつもよりも畏まった口調になるメグルに、イーバは苦笑した。気持ちは分かる。沸き立つ心を抑えようとしているのだ。自分をなんとか落ち着かせようとして、言葉遣いが自然と堅くなっていた。
イーバが頷くのを見るや、メグルは刀をゆっくりと鞘から抜く。
艶やかな刀身が露になる。ゴクリとメグルは息を呑む。
鞘から抜き放ち、日の光を反射するその美しい刀身にメグルは見とれた。糸直刃はきらめきとともに光を裂き、その細さに反する力強さを感じさせる。
「おししょー。これをお譲り頂けるのですか。」
今のメグルよりも明らかに格上だ。
〔アカシ〕の街中で見かけた物よりも良い刀だ。
そんな物を貰って良いのか。メグルの心は揺れていた。
「良いぞ。それはドロップ品だが、同じものをあと三振りと、それより良い奴を二振り持っている。遠慮は要らん。」
「そんなに。……ですが、扱いきれるかどうか。」
「それも含めて修行よ。それにメグルちゃん、自分で言っていたではないか。ご褒美が欲しいと。」
メグルは言葉に詰まる。過去の自分が刺しに来た。はたまたファインプレーか。
静かに鞘に納めると、捧げ持って礼をする。
それから、メグルは腰元に刀を差した。
「さあ、今日やることの1つ目。メグルちゃんの装備更新はこれで終わりだ。となれば次だ。」
「次、ですか?」
今日この後の予定をメグルは聞かされていない。てっきり〔アカシ〕周辺でレベリングかと思っていたが、違うのだろうか。
「この海は続いているのだ。メグルちゃん。」
「はい。えっとそれが?」
「この先には何がある?地理の問題だな。」
「ええ。淡路島があります。」
「それから?」
「? 四国がありますが?」
イーバがニヤリと笑う。
絵面が邪悪過ぎて悪魔か何かにしか見えないと、メグルは思った。口には出さないが。
「いっちょ、イベント会場に殴り込みをかけようではないか。」
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・毎日配信しているなんて、メグルちゃんはバイタリティがすごいですね。




