2:鹿頭とバカ二人
じわじわ話を進めていきます。
男はざわめきの中、街路を進む。
多くの人が彼を二度見し、少なくない人が指さした。
有り体に言えば男は目立っていた。
そして彼に同行する者は、その注目に肩身の狭い思いをしていた。
「ふははっ!愉快愉快!」
「いや、何ですかそれ。何なんですか。パッと見人間じゃないですもん。そりゃ見ますよ。」
ぐらんぐらんと頭が揺れる。
男の頭は人のそれではなかった。巨大な角の生えた鹿の頭、それが人の体に乗っていた。
「どう見てもエネミーですよ。どこから見てもエネミーですよ。」
「ふははっ。良かろ?
苦労した甲斐があったわ。」
からからと笑う男が被る鹿の頭は、とあるボスエネミーのドロップアイテムだった。
そう、ここは現実ではない。
現実に似せた仮想空間に入り込み遊ぶゲームの中だ。
第四世代完全没入型仮想現実体験機、通称ダイビングユニットの開発によって、人は山麓、深海、宇宙に続く新たな冒険の地を手に入れた。
それが電脳空間だ。
何一つ実在しないあらゆるものに溢れる世界、それを楽しむために人はゲームの形に世界を収めた。
このゲーム『Aim the ever after』もまたその一つ。
プレイヤーは式神として、世に溢れた怪異を討つ。目指せ、日本平定。そんなゲームだ。
このゲーム、初めはタイトル詐欺として有名になった。
タイトルがタイトルであるから致し方ない面もあると言えよう。また、公式がPVで綺麗な風景ばかり流して誤解を招いたという面もあった。
誰もが西洋世界観を抱いていた。蓋を開ければ和風だった。言葉にすればそれだけだが、それだけでも大いに批判を集めることとなった。
そうして発売前から悪い意味で目立っていた『Aim the ever after』、通称『あちゃー』だが、いざ先行体験となるとその評価は一変する。
精度の高い物理演算に、豊富な味覚エンジン、感覚系の再現度も高く、体が思い描いたようにしっかり動く追随性、と来れば元々の知名度もあってかたちまち人気作となり、一次生産分はパッケージ版がすぐさま売り切れ、ダウンロード版も売れに売れた。
程なくして、ダイビングユニット初心者にとりあえず薦めるならこれ、という地位を築くに至った。
現在はパッケージ版が三次生産分を売り切り、第四次分の生産に入ったところであるが、人気に陰りは見えていない。
鹿頭の男、イーバは笑いながら歩く。
イーバという名はもちろん本名ではない。
かつて紙幣を刷るのと同じといわしめたTCGで嫌われるあいつではなく、電脳世界のモンスター、その中に何故かいる宇宙生命体からとった名だ。
鹿頭を揺らすイーバの姿に気圧されてか、街路にいる町民やプレイヤーは自然と道を譲っていた。
イーバは先行体験組と呼ばれる、一般プレイヤーの中でも最古参に位置するプレイヤーだ。
ついでにいえば、今回のようにおかしな事をし出すことでも評判であった。掲示板で複数回晒された、無駄に有名人である。
話を聞いて見に来てみたが、話しかけるのは憚られる、そんなプレイヤーたちで街路は埋まっていた。
イーバは気にせず、さながらモーゼの海割りの如く、人の海を割り進む。
目的地はもうすぐだった。
周囲の喧騒は気にならない。それが気になるならば、初めて晒された時にこのゲームを止めている。
イーバの目的は待ち合わせだった。
見やれば待ち人は既に来ていた。転移用のオブジェクトのすぐ脇に立ち、こっちに来るなと祈っていた。
祈りは通じず、鹿頭は彼女に近づいていく。おそらく、神は死んでしまっているのだろう。
「すまんな!待たせたか、つるちゃん。」
つるちゃんと呼ばれた女性は呆れを隠さないで答える。
「大して待ってないからいいけど、何よその頭。どうしたの?」
「ふははっ!よくぞ聞いてくれた!
これはだな、とあるボスエネミーを……。」
「いいわ、長くなりそうだからそっちのビビリに聞いとくから。」
「……そうか、すまん。少しばかり興奮していたようだ。」
意気消沈するイーバ。端から見ると、項垂れる鹿頭の男の図は召喚された悪魔か何かのようである。
つるちゃん、ことプレイヤーネームしょっつるは、ビビリ男の与兵衛と鹿頭のイーバを引き連れ歩きだす。
先頭が入れ替わり、しょっつるが注目の的になる。奇異の目が注がれる。
「イーバ、あんたが先導しなさいよ。」
「いやいや、ここで代わったりすれば不評を買ってしまう。誰だって鹿頭より美女の方が見たいものだ。」
「えぇ、それあなたが言います?言っちゃいます?」
イーバが美女と評したように、しょっつるのアバターは整っていた。
深紅の髪を風に靡かせ、パッチリした目元に通った鼻筋、外国人モデルのような顔立ちに、それに見合った身長と手足の長さ、スラリと細くスレンダーな体つきながら出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
無論、アバターであるため多くのプレイヤーの顔面偏差値は高めなのだが、しょっつるはそれに加えて身のこなしに品があるのだ。
それが一層美人であるという認識を強めていた。
アバターとはいえ褒められれば嬉しいものである。例え相手が鹿頭でも。
しょっつるは照れたのか黙り、歩きだす。
このイーバ、しょっつる、与兵衛は『Aim the ever after』を始めてからの付き合いになる。
よくつるんでボスエネミーに喧嘩を売ったり、スキルを組み合わせて悪さ出来ないか実験したりしていた。
今日は先日のアップデートで、追加された新要素を弄ろうと集まっていた。
ご高覧くださりありがとうございます。




