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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
19/32

19:どろどろ、ぐちゃぐちゃ、ぼろぼろ

彼の職業をなんとなく察してあげてください。


(おかしいですね……?)


 それは最初の襲撃をあしらわれた時から抱き続けている違和感だ。

 カウンターで叩きつけられた杖を跳んでいなしたとは言え、己斬喜祈鬼姫(ムツキ)をああも軽々しく吹き飛ばせないはずなのだ。

 筋力値が初期値であるならば。


 今だってそうだ。

 突きを杖で絡めとるようにずらすと、腹部に強烈な蹴りを放ってきた。寸前で躱すも掠めてしまう。


(……おかしいですね。)


 ムツキはイーバについて日夜情報収集のアンテナを張り巡らせている。掲示板での告知や、羽虫(メグル)の放送も確認している。


 【分身術】での分身2体と三方同時攻撃を仕掛けるも、捌ききられる。いなし、逸らして、術で反撃までされる。


 明かされているステータスと、実際に戦っての所感とが噛み合わない。


(おかしいですね。)


 抱いていた違和感が急速に肥大していく。

 確信へと変化していく。

 強すぎるし、速すぎるのだ。

 『Aim the ever after』では慣性なども再現されているため、スピードを乗せて武器を振れば本来以上の威力を出すことは出来る。問題なのは、武器に速度を乗せるためには結局のところ筋力値も要求されることだ。


(騙されてましたか。) 


 ムツキは一旦距離を取る。

 広場の端、森のすぐ脇で立ち止まり、イーバの様子を窺う。

 彼もまた動きを止めて様子を窺っていた。

 追ってくるような姿勢は見せず、微動だにしないその姿はまるで彫像のようだ。


「ねえ、先生(せんせぇ)。何か隠してらっしゃるでしょう。」

「フンッ。だとしても、それを正直に説明などするものかよ。」


 イーバは鼻で嗤う。

 それはもっともだ。ムツキは内心で同意しながら、右手の短刀は構えたまま左手をゆっくり腰のポーチへと寄せていく。


「酷いことを仰らないでくださいな、先生。あの頃は何でも教えてくださったでしょうに。」

「人聞きの悪いことを。ワシが教えたのは問いの解き方くらいだろうが。」

「あら、そんなことはありませんよ!」


 左手で投げナイフを投擲し、結果も見ず森へと飛び込む。どうせ防がれる。


「【雲隠れ】。」


 ムツキはすぐさまスキルを発動し、隠密状態に移行する。

 音を立てずに素早く移動する。

 【雲隠れ】中は、視認されない。代わりに与ダメージが0になる。解除の条件は制限時間か、他のスキル使用だ。

 ムツキは一気にイーバへと迫る。


 森へと飛び込んだのはブラフ、真正面から奇襲をかける。


(獲った!)


 ムツキの感覚が告げる。勝利の予感だ。

 これまでのPKでも感じてきた心臓のトキメキ。

 ムツキは声高らかに、イーバに死をもたらすスキルを告げる。


「【絶死宣告】!」


 それは、絶対なる死の訪れを訃げるもの。

 ムツキの持つスキルの中で、最も理不尽にして最も頼りになる力。

 宣告した対象の急所を攻撃した時に、必ず死に至らしめるという破格の能力。

 誰にも知られていない彼女の鬼札。

 それが今、彼女の愛する先生の胸元に届かんとしていた。


 時が圧縮されて、胸に刃が突き立つまでの1秒が気の遠くなるような永劫にも感じられる程の集中の中で、ムツキはイーバと目が合った。

 視線を感じ取り辛いが、彼は確かにムツキのことを見ていた。

 突如眼前に出現した彼女のことを、まるで驚くことなく見据えていた。


 ムツキの背筋に冷たいものが流れる。


(……何か、何か見落としているのでは?)


 ムツキが不安を感じたとしても、動き出した体は止まらない。止められない。

 悪い予感を抱えたままに、イーバの胸元に短刀が突き刺さるのを見た。


 スルリ、となんの抵抗もなく短刀が根本まで刺さる。

 それこそ、柄の握りまで吸い込まれるように。


 恐ろしいほどの手応えの無さに、ムツキの体が硬直する。

 短刀はイーバの纏う法衣を貫いていた。

 しかしその先に、いや中に、あるべきはずの物が無かった。


「せ、先生……。これは。……これは、どうなっていますの…………?」


 ムツキの声が震える。

 【絶死宣告】の下に、死をもたらしたはずの相手に問いかける。

 死んでいるはずの、殺したはずのイーバと、ムツキはまだ視線が重なっていた。

 ムツキは、あれほど好きだと思っていた男の瞳から初めて目を逸らしたいと感じていた。


 ガシリ、とムツキの右手首が掴まれる。

 それだけでムツキの戦意は削がれてしまう。


「……ヒィッ!」


 短刀を手放し、後ずさろうとするムツキをイーバは離さない。

 イヤイヤ、と首を振りながら、ムツキは手を振りほどこうとするも握り締められた手首が痛むだけでまるで意味がなかった。


 スルン、と短刀が抜け落ちる。

 その刀身は綺麗な輝きを放っていた。汚れ一つなく、とてもじゃないが肉を貫いたとは思えない。


「な、何を……したんです…………。げ、幻術じゃ、ない……。……先生の、先生の体は。」

「人のモノではない。」


 認めて欲しくないことを堂々と認められ、ムツキの動悸が止まらない。

 その時、イーバの着ている法衣が一斉にウゾウゾと蠢いた。中に何かが入っているように。

 何か、沢山の何かが潜んでいることを主張するように。

 得体の知れないそれを前にして、ムツキは抵抗を諦めた。


 イーバは、力の抜けたムツキの手を放す。

 ムツキは倒れこそしなかったが、数歩後ろへよろめいた。


「別におかしなことはなかろう。お主も使っているだろうが。『式体改造』、システム的に認められた違法性も何もない極めて正常なゲームプレイだ。」

「で、ですけど!先生のそれはあまりにも!」

「それはお主の価値観だ。良いではないか。

人でなくなるのであれば、そのカタチも捨ててしまえば。誰に迷惑をかけるでもない。ただ成りたいように成るだけだ。」


 ゴクリ、とムツキは息を呑む。

 これまで何度も襲撃を仕掛け、その都度撃退される中で理解したと思っていた。

 イーバを知ったと思っていた。


 だけど、知らない。目の前に立つこの男のことが何一つ分からない。

 ゲームでも、現実でも、顔を会わせた男のことが、会話をしている男のことが、まるで分からない。


 楽しいと思っていた。楽しんでくれていると思っていた。

 襲撃をする度に律儀に応戦してくれた。

 質問をすれば答えてくれた。

 いつ奇襲をかけても戦ってくれた。

 いくら失敗しても優しく諭してくれた。

 逃げずに向き合ってくれた。

 いつも目を見て話をしてくれた。


 ムツキの中で、ゲームと現実とが綯交ぜになっていた。崩れていた境界を自覚する。

 何かを伝えたいのに、何も言葉にならなかった。

 「うぅ」だの「あぁ」だの、口から意味を成さない音が漏れ出すだけだ。


「さて、時間もない。配信を見ていた連中がお主の討伐に来る頃合いだ。……何か言っておきたいことはあるか?」


 ムツキの息が荒くなる。

 涙が、ボロボロと溢れていた。


「……わ、私では、駄目、だったのですか?」


 途切れ途切れになりながらも、ムツキは思いを絞り出す。何度も聞いたそれを、今ここでもう一度問う。

 イーバはその言葉を聞きながら、目を眇める。

 何かを見定めるように、じっと見つめてから言った。


「駄目だな。人形にも、人形遣いになるつもりはない。」

「そう、ですか……。」


 何度も聞いてきた拒絶の言葉が、今回も繰り返された。

 ムツキは項垂れる。

 いつも同じことを言われてきた。

 「人形にも、人形遣いになるつもりはない。」とはどう言うことなのか。その真意が彼女は分からなかった。


「……今日はここまでだ。次に来る時は答えを持ってくるのだな。もし、何も変わらぬまま来るようであれば、容赦はしない。」


 イーバの言葉に、ムツキは顔を上げた。

 どういうことだ。まるで見逃すような口振りではないか。

 イーバは苦々しげに言った。


「そうなってしまったのは、こちらにも一因があるからな……。

だが、これで最後だ。もう、……見逃すことはない。」

「……先生。」

「お前は、もう少し色々なものを見て考えを広げなさい。」


 シャン、と錫杖が鳴らされる。

 話はこれで終わりだと、言外に語っていた。


 鹿の角が輝きを放つ。


 【水行術:謀臥霧中】【水生木】【木行術:空破】【木行術:空破】


 バチッ、と音がしたと思うと同時に、ムツキのすぐ脇の空間が弾けた。

 森中に響き渡る爆発音とともに、ムツキの体は軽々と弾き飛ばされる。高々と跳ね上げられたムツキはそのまま森の奥へと落ちていく。


 彼方へ飛ばされるムツキの姿を目で追わず、イーバはその場を歩き出す。


「『楽しむことこそ人生』か。そうあれれば良いのだがな……。」


 呟きに答える者は誰もいない。ただ風に吹かれて消えていった。

 彼は死に戻った弟子(メグル)に謝罪すべく、帝都に戻るのであった。

ご高覧くださりありがとうございます。

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「仕事として当たり前のことを当たり前にしていたら好意を持たれていた。」これが軽いものであれば笑って受け止められますが、重く激しいものになると戸惑いますよね。特に、自覚ない部分に好意を抱かれていると怖くすら思います。

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