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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
18/32

18:始まりの日

彼女にとっての


「一緒にと言われてもなあ。己斬喜祈鬼姫(ムツキ)よ、お主の言う『一緒』は『一生』であろう?

それは呑めぬ相談よ。」


 イーバは淡々と告げる。

 メグルは師が早々に拒絶を伝えたことに内心驚く。

 師の後ろから覗き見ながらメグルは様子を窺う。


(こういう時って相手を興奮させちゃいけないんじゃない?)


 メグル的に現在の状況を解釈するのであれば、人質立て籠り犯と交渉人が最も近い。ちなみにメグルが人質だ。

 いつまた、襲いかかって来るかとヒヤヒヤしていると、ムツキが一言呟いた。


「そうですか。」


 その冷たく低い声音に、メグルはここがゲームの中であることを忘れた。

 ムツキの見開かれた目が真っ直ぐにメグルを見据えている。

 目が合った。

 真っ暗な底の無い穴のような瞳がメグルを見ている。

 皆既日食のように白く縁取られた真円の瞳がメグルを見ている。

 微動だにしない石像のような瞳がメグルを見ている。

 光を一切反射しない渦を巻くような漆黒の瞳がメグルを見ている。

 見ている。

 見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。見ている。


 その目にあるのは純然たる殺意のみ。

 彼女は視線だけで人を呪い殺そうとしていた。

 メグルの喉の奥が貼り付く。息が出来なくなった。指先が冷たくなっていくように感じる。体が重い。胸がギュウッと苦しい。寒い。ガタガタと震えが止まらない。怖い。視線を外せない。怖い、怖い怖い怖い怖い!…………殺される!


 シャン、と錫杖が鳴らされる。


「……カハッ!……ハア、ハア……ハァ……。」


 気付けばイーバがムツキの視線を遮るように立っていた。

 メグルは喘ぐように息をした。肺が空気を求めている。体の震えは収まっていなかった。骨の髄まで冷えきった感覚がした。


「……威圧に、死の刻限。加えて、萎縮に錯乱もか。

なるほど、お主にピッタリの魔眼であるな。」

「さすがは先生(せんせぇ)。一目で見抜かれるのですね。そうです、この眼は式体改造で手に入れました。

ふふっ。人の体から一歩踏み出した者同士、こんなところもお揃いですね。」


 ムツキは穏やかに笑った。

 共通点が見つかって心底嬉しそうだ。

 今の今までその瞳に殺意を込めて少女を呪殺しようとしていたことなど、とうの昔に忘れ去ったと言わんばかりの態度であった。

 だがそれを、メグルは咎めることが出来ない。

 もう一度あんな思いをするかもしれない。そう考えるだけで、涙が零れた。

 心が、折られていた。


 へたり込み、打ち拉がれた弟子の様子を視界の端で確認したイーバは歯噛みした。

 もはや、逃げる逃げないどころの話ではない。

 一刻も早く、精神的なダメージを負ったメグルをこの場から引き離さなければならない。


 再び同じような目に遭わされれば、消えない傷になりかねない。

 ゲーム側が精神的負荷を理由に強制終了する可能性もあるが、どちらにせよそうなれば、メグルは2度と『Aim the ever after』を楽しいと感じられないだろう。あるいはゲーム自体を止めることも十二分に考えられる。


 それはあんまりではないか。

 彼女は何一つ悪事を働いていないというのに、そうやって追い詰められるなど理不尽極まる。


「スゥー、ハァー……。」


 一度大きく深呼吸をし、イーバはメグルに恨まれる覚悟を決めた。

 素早くメッセージを(したた)める。送るのはたった一言だ。


 送信をしたと同時に、イーバは猛然とムツキ目掛けて突っ込んだ。

 ムツキは一瞬、面食らったような表情を浮かべた後に、その歪んだ笑みをより深く顔に刻む。

 迎え撃つつもりだ。

 駆けながら、イーバが吠える。


「【木行術:乱杭歯】!」

【水行術:湧泉】【水気は木気を生ず】【木行術:雷轟】


 鹿の角が輝いた。

 【並列術式】により、イーバが操れる最大数の4つの術が同時に稼働する。

 叫んで見せた術はブラフ。

 イーバの狙いは彼自身の後方、へたり込むメグルであった。


 ムツキ目掛けて土中から杭が乱立する。

 同時にイーバの後ろで、目も眩む閃光と鼓膜を破るような轟音が鳴り響いた。

 感覚が狂わされたムツキの脇腹を杭が掠める。


「くぅっ!」


 閃光がかき消え轟音の余波が収まった時、森には2人しか残っていなかった。


「ふふっ。そうですか。そうですよね。足手まといの羽虫は要らないですよね。(わたくし)もそう思いますもの。

先生はさすがですわ。一手で、邪魔者の排除と私への牽制と攻撃までこなしてしまわれて。いえ、この杭は罠でしょうか?

でしたら一石二鳥ならぬ一石四鳥、恐ろしい方ですわ。

ええ、ええ。そんな先生だからこそ、お慕い申し上げているのです。」

「そうか。ワシは自分が大っ嫌いだがな。」


 イーバの背後にいた筈のメグルの姿は消失していた。彼女がいたその場にいた名残は、地面に残った焦げ跡のみだ。


「相手を、してやろうではないか。」


♦️


 閃光が世界を白く塗り潰した後、気付けばメグルは部屋の中にいた。

 簡素な台の上に寝転がっていたメグルは、体をゆっくりと起こす。見回せば、ここがどこかが分かった。

 ゲーム開始時にスポーンした初期地点だ。つまり、陰陽寮の建物内である。リスポーン地点を更新していなかったために、ここに出たのだろう。


 呆けていた頭が状況を理解していく内に、体が自然と震え出す。

 逃れた筈なのに、恐怖がメグルの心の中に居座っていた。


(……本気だった…………。)


 ムツキはメグルのことを本当に殺したいと願い、それを呪いとして放っていた。

 呪われた側のメグルにはそれが痛い程に良く分かった。

 ゲームであることなんて、あの女にとって些細なことなのだ。


 メグルは自身の体をかき抱く。震えは未だ収まらない。歯がカチカチと音を立てる。真冬の夜に野外へと放り出されたように体の芯から冷えきっていた。声にならない声が口から溢れる。


 涙の滲む視界の端に赤い光が映った。

 メグルは自分が配信していたことを思い出す。

 自分が1人じゃないということが嬉しかった。心強かった。

 そして自分が泣いていることに気付き、多くの人に泣き顔を見られていることにハッとした。


 袖で目元を拭い、無理にでも明るい声を出す。


「たはは~、死んじゃいました。」


 そうして、メグルは配信チャット欄を開く。師に止められていたために、見るのは初めてだ。

 そこには、多くの励ましの言葉が書かれていた。

 またもや視界が涙に滲む。グシグシと擦りながらチャット欄を眺める。

 冷えきった体が暖められていくようだった。


『がんばれ。』

『怖かったね。』

『よく耐えた。』

『いきなりでビックリしたよね。』

『メッセージ見て!』

『あれは怖すぎだよ。』

『ムリしないで。』

『ホラーだった。』

『美味しいもの食べよう!』

『元気出して。』

『ファイト!』

『ゆっくりしてね!』


「……ありがとうございます。」


 ポソリと呟く感謝の言葉。口から転がり出たその言葉に、メグルは胸の奥にじんわりしたものを感じた。とても心地よいものであった。

 先ほどまでより落ち着きを取り戻したメグルは、チャット欄のコメントに気になるものを見つけた。


(メッセージ?)


 メニュー画面を開き、メッセージの確認をする。

 一番新しいものが更新されていた。

 『逃げろ』と言われたものに続いて、こちらも師からのメッセージだった。

 内容はこちらも一言だけ。『すまない』と。


 どう言うことだろうか。

 そう首を傾げながらメニュー画面を操作していると、メグルはキルログにたどり着いた。

 ズラリと並ぶボス討伐の記録の上に、メグルがキルされた時のログが残されていた。


『プレイヤー:メグルは師匠プレイヤー:イーバによってキルされました。』


 彼はこれを気にしていたのだろう。

 動けぬメグルを遠ざけるために、わざとPKしたことを謝っているのだろう。

 そう思うと、メグルはなんだか可笑しくなった。

 弱くて足を引っ張っていたのは自分だというのに、こうも気遣ってくれる師との間に確かな繋がりを感じた。


 ゆっくりとメグルが台から降りる。

 その足取りはしっかりしていた。体ももう震えていない。拳は握りしめられ、顔はたしかに前を向いていた。

 その目には強い光が宿っていた。


「次は、ぶっ飛ばす!」


 そのためには強くなろう。

 目指す背中は既に見ている。

ご高覧くださりありがとうございます。

よろしければ、いいねや評価をいただけると励みになります。ブクマ登録をしていただけると飛び跳ねて喜びます。これからもよろしくお願いします。


・次回はイーバVSムツキをお送りします。

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