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えいむじえばーあふたー  作者: 蒸らしエルモ
『春植えざれば秋実らず』
17/32

17:物理的に重い鬼と精神的に重い女


 ボスエリア全体に轟く咆哮を気にも留めず、メグルはエリアの中心に立つ『小鬼番長』を目指して駆けた。

 走りながら術式の発動をする。


「【火行術:付与】!」


 抜き放った刀に赤いオーラが纏わりつく。

 ボス戦まであまり使ってこなかった【火行術】だが、ここに来て大活躍をしていた。


 正面から迫るメグルを迎え撃つ番長。2mを超える背丈と、分厚い筋肉質な体は周囲を威圧するが、メグルは怯まず突き進む。

 番長はその手に持った金棒を振り上げ、メグルを潰さんと勢い良く叩きつけた。


 メグルはそれをバックステップでギリギリ躱す。大きく動かず、最小限の隙で次の攻撃へと繋げる。

 地面にめり込む金棒を踏みつけ、真正面から番長の脳天目掛けて刀を振り下ろす。


 直撃した。


 よろめき、金棒から手を放す番長に、メグルは容赦なく畳み掛ける。

 振り下ろした刀を切り返して右へと振り抜き、番長の左膝を裂く。


 だが、番長は倒れない。

 岩のような拳を握り、ブオンブオンと振り回す。当たれば、骨が砕ける一撃だ。

 『Aim the ever after』はリアリティに強いこだわりを持って製作されたゲームだ。骨折なんてメジャーな状態異常は、当然実装されていた。

 実際、一度メグルも骨折に苦しめられた。


 一撃まともにもらえば、いや、掠めるだけでも勝負が決しかねない攻撃の嵐。

 しかし、メグルに届かない。

 正確に見切り、返す刀で切り刻む。

 深くは踏み込めない以上、番長が負う傷は浅い。だが、一方的に切り刻まれ出血を強いられる番長は確実に追い込まれていた。


 さらにここで力を発揮するのが、初めにかけた【火行術:付与】である。

 傷口から体内を焼かれ、番長は金気をどんどん消耗していく。


 徐々に、拳が振るわれる回数よりも刀が肉を切り裂く回数が上回り始める。

 ここまで暴れる相手に、的確に急所を狙い続けることはメグルとて不可能だ。だからとにかく斬りつけた。滅多矢鱈に斬り続けた。

 手を、足を、脇腹を、肩を、太ももを、顔を、肘を、足の甲を、胸を、ひたすらに斬った。


 ドン、と勢い良く番長が後ろに跳ぶ。


 最終局面だ。

 追い詰められ、死の危機に瀕した小鬼番長は激昂し、最後の力を振り絞る。

 肉体は金気を纏い、より硬く強靭になり、死に物狂いで振られる腕はメグルが防御したとしてもその上から叩き潰すだろう。


「グオォアアアアァァァァァ!!!」


 小鬼番長が吠え、高々と跳び上がりメグルのいた場所へと落ちてくる。

 踏みつけ(ストンプ)だ。

 その勢いと重さに地面が踏み砕かれる。

 あまりの衝撃に、直撃を避けたとしても地面の揺れで動けなくなるであろう一撃。

 番長がニィッと牙を剥いて笑みを浮かべる。


 あまりにも、隙だらけだった。


 小鬼番長の背後に回り込んでいたメグルは、その大きな背中に刃を突き立てた。

 ぞぶり、と肋骨の隙間を通って心臓を刃が的確に穿つ。


「ゴハァッ!?」


 背後からの奇襲(バックスタブ)だ。

 直撃を避け、さらには衝撃と揺れも跳び上がって躱したメグルによる必殺の一撃、それがまともに決まったのだ。


 ボスとしての強大な生命力によって、辛うじて倒れぬ番長の脳内を疑問が占める。


 なぜ強化した筈なのにこうも容易く貫かれたのか?


 答えは簡単だった。

 番長の想定よりも強化が出来ていなかったからだ。

 メグルが刀に付与した火気によって傷口から体内を焼かれた番長は、その身に内包する金気を相当量消耗していたのだ。


「火剋金。火は金に剋つ、っておししょーの教えです。」


 呻き声をあげながら、『小鬼番長』が崩れ落ちる。

 ポリゴンが爆散した。


━━━━『Congratulation!』

『小鬼番長を討伐しました。

以下の報酬を獲得します。

<報酬>

・小鬼番長の鬼角

・小鬼番長の金棒(壊)

・小鬼番長の牙×2

・小鬼番長の皮(大)

・小鬼の地図

・筋力の腕輪


条件:一定回数の討伐 達成

称号を獲得しました。

〔小鬼番長の好敵手〕


条件:一定回数のソロ討伐 達成

称号を獲得しました。

〔小鬼番長の怨敵〕     』━━━━


 メッセージを閉じる。

 表示にあったように、メグルと『小鬼番長』は既に数度戦闘を重ねており、今ので10回目の勝利になる。

 ふう、と一息吐き、師の元へ向かう。


「おししょー、バッチリ勝ちましたよ!」

「ああ、今までで一番良かった。やはり、術で補助しながら自前の戦闘技術で敵を仕留めるスタイルでいくべきだな。」

「ふっふー。でもさすがに疲れました。」


 メグルは額の汗を拭う。こんなところまで再現しているのか、と開発の執念を感じて苦い顔をした。

 イーバもその思いは理解できるので苦笑した。



 これでもだいぶゲーム的に調整されたのだ。

 先行テスト時は再現度ばかりで、楽しさや利便性は二の次だった。

 藪には虫が飛び、宿は板の床に雑魚寝で、食事は粟だの稗だのの粥や山菜のお浸しだかなんだか分からない草ばかりだった。


(あの頃は魚を捕れると英雄だったな……。鳥なんて仕留めた時にはPKが横行したものだ。

…………世紀末過ぎだろ。飢饉か?)


 誰がサバイバルをしたがった?

 誰が敵より餓死が怖い世界に行きたいと言った?

 誰がNPCの盗賊相手に死ぬ気で逃げ回るゲームをしたいと言った?


 当然、プレイヤーの怒りは爆発した。

 運営には問い合わせが殺到し、評判を聞いたスポンサーは開発陣に圧力をかけた。

 結果として、バージョン1に向けて改良が進められ、今の快適な環境があるため、先行テストが失敗かと言えばその限りではないのが、またイーバを何とも言い難い苦い顔にさせる。


(何かにつけてプレイヤーを怒らせまくっている運営も運営だ。)



 運営の愚かさと人の醜さは脇において、イーバは弟子の動きについて振り返ることにした。


 メグルの動きは申し分なかった。

 それまでの戦闘でしていたミスは無くなり、術の行使も1度だけで済ませたために消耗も少ない。

 その上で6分を切る討伐タイムは上々だろう。

 メグルの能力値はボスに挑み始めた時から、レベルアップ分の強化値振り分けを行っていない。

 つまり、純粋な腕前でボスを一方的に嬲り殺しに出来るようになったのだ。


 これが獣型ボスや妖怪などの現実にいないタイプのボスを相手にした時どうなるかだが、メグルの順応性やこれからの伸び代を加味して考えると十分対抗できるだろう。イーバはそう考えた。


 良く頑張ったな、改めて弟子に労いの言葉をかけようとしたその時だった。

 イーバの広い視界に、樹上にいる何かがチラリと写った。


 イーバが動く。

 あれの狙いはメグルだ。

 彼はそう確信していた。

 弟子を庇うように立ち、飛びかかってきた何かと真っ向から対峙する。

 いつの間にやら、その手には錫杖が握られ、何かから飛んできた物を弾く。投げナイフだ。

 ナイフを払いのけたと同時に、迫ってきていた何かが持つ短刀を打ち払う。

 何かは叩きつけられる錫杖の勢いに逆らわず、大きく後ろへと跳んでふわりと優雅に着地した。


「ご機嫌よう、先生(せんせぇ)。」


 襲いかかって来たのは女だった。

 緩やかなウェーブのかかった亜麻色の髪に、目尻の垂れた優しげな瞳、そしてニタニタと笑う口角が大きくつり上がった口。

 その口から発せられたねっとりとした情念を感じさせる挨拶は、目を見開いて呆然としていたメグルの背筋に怖気を走らせた。


(……なんか。なんかヤバい!)


 白衣を纏ったその女はとても嬉しげで、まるで恋する乙女のように頬を染めてイーバに熱い視線を送っていた。その様子と今の襲撃とがメグルの中で結び付かない。

 混乱しているメグルの気付けするかのように、イーバの錫杖がシャン、と鳴らされた。

 そして彼が口を開く。


「その呼び方は止めなさいと言ったのだがなぁ。のう、己斬喜祈鬼姫(ムツキ)よ。」

「そうでしたかしら、ご免なさい。いくら先生の仰ったことでも、こればかりは変えられないのです。」


 イーバの背中に隠れたメグルにメッセージが届く。

 ムツキと呼ばれた女は嬉しそうに話し続けた。


「スキル頼りの愚図とあの変態がいない今、先生とゆっくりお話しする機会が巡ってきたと思って、(わたくし)大急ぎで来ましたの。

そうしたら先生は何やら羽虫に構ってらして、思わず叩き潰そうかと思いましたけど、見事に防がれてしまいましたわ。

さすがですわ、先生。私よりも遅くて力も無い筈なのに涼しい顔で迎撃なさって。

私の先生の、そのお力の一端を目の当たりにして改めて私確信しましたの。

やはり先生は私とともにあるべきだと!」


 長広舌の間に師からのメッセージを読んだメグルは、タイミングを計っていた。


 師からは一言『逃げろ』とあった。

ご高覧くださりありがとうございます。

よろしければ、いいねや評価をしてくださると励みになります。ブクマ登録をしていただけると飛び跳ねて喜びます。


・配信チャット欄の様子

格上にソロで挑ませていたため、最初は荒れていました。イーバに対する罵倒が多く流れましたが、メグルがどんどん倒して見せると次第にチャット欄は困惑しだし、ボス戦前頃にはかなり落ち着いて見てました。その辺りになると、メグルの太刀筋や足運びに注目するようなうまい視聴者も表れ、賑わいが増しました。

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