16:大事なことを教えてくれた筈なのにそれどころじゃない(弟子談)
だって良いところを見せたいだろう?(師匠談)
「この先がボスエリアだ。」
イーバが森の奥を指し示す。
そこには木々が複雑に絡み合って形作られた門があった。門の先は黒く渦巻いていて見通すことが出来ない。
「おししょー、ボス戦ですね。」
「いや、その前にすることが1つ残っている。」
そう言ってイーバはメグルにステータス欄を開かせる。
メグルのレベルはこれまでの戦闘によって上昇し、森に入る前は3であったのに今では9となっていた。
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<名> メグル
<存在格> 9
<職業> 戦士
<副職業> ━━━━
<称号> 式神(成り立て)
<能力値>
⚫筋力値 【36】
⚫知力値 【15】
⚫耐久値 【25】
⚫精神値 【15】
⚫抵抗値 【25】
⚫行動値 【20】
⚫幸運値 【10】
⚫保有強化値 【45】
<技能>
⚫【剣技:6】 ⚫【】
⚫【火行術:3】 ⚫【】
⚫【筋力値強化:6】 ⚫【】
⚫【気配察知:4】 ⚫【】
⚫【鑑定:2】 ⚫【】
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「結構強くなりましたね~。」
「…………うむ。では、能力値に保有強化値を割り振るのだ。」
「……はい?」
「強化値を割り振るのだ。そうしないといつまでも能力値は上がらない。」
「えぇっ!?なんで教えてくれなかったんですか!」
「必要になったから教えただろう。現にそこらの敵は倒せていた。」
ぐぬぬ、とメグルは歯噛みする。確かに勝てたがこれをもっと早く教えてくれていれば、楽に勝てていたはずなのだ。
むぅ、と頬を膨らませるメグルを見てイーバは苦笑した。
「序盤はプレイヤーとしての腕前を鍛えるために、敢えて強化値の割り振りをしないことがままあるのだ。
とは言え、メグルちゃんにそれは必要なかっただろうからワシのミスだな。許しておくれ。」
謝罪もされ、理由も説明されてはいつまでも怒ったフリなどしてられない。仕方なく、メグルは師の不手際を許してあげることにした。
イーバはそんなメグルの心中を見抜いた上で、困ったように目を細めた。
「じゃあ割り振りをするとして!どれに振ったら良いですか?」
「好きにして良いんだが、そうさなぁ。メグルちゃんはやはり筋力値と行動値を優先すると良いんでないかな。」
なるほど。と頷きメグルが自身のステータスを操作し出す。
数分の後、出来ました!と嬉しげな声をあげた。
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<名> メグル
<存在格> 9
<職業> 戦士
<副職業> ━━━━
<称号> 式神(成り立て)
<能力値>
⚫筋力値 【46】
⚫知力値 【20】
⚫耐久値 【30】
⚫精神値 【20】
⚫抵抗値 【25】
⚫行動値 【35】
⚫幸運値 【10】
⚫保有強化値 【0】
<技能>
⚫【剣技:6】 ⚫【】
⚫【火行術:3】 ⚫【】
⚫【筋力値強化:6】 ⚫【】
⚫【気配察知:4】 ⚫【】
⚫【鑑定:2】 ⚫【】
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「バランス良く上げたのだな。」
「はい!筋力値と行動値を優先しつつ、全体の底上げをしました。」
「良いと思うぞ。一芸特化は、通用しない時弱いからな。」
「おししょーがそれ言うんすか……。」
メグルはイーバを見て、師が憮然としたものを感じていることを悟った。
そして気付く。
鹿男の表情が徐々に読み取れるようになってきたことに。
(おししょー意外と表情豊かなんすよね。鹿なのに。)
思わず優しい目でイーバを見てしまう。
イーバはイーバでメグルがどんな風に見ているのか気付いたために、釈然としないものを感じていたが、しかし文句をつけるようなことでもないので黙り込む他なかった。
そんなイーバにメグルが質問をする。
「おししょー。ずっと気になってたんですけど、このゲーム体力とかってどうなってるですか?」
「ああ、いつ聞いてくるのかと思ったぞ。
体力はなぁ……。あるけどないんだ。」
「ん?謎かけですか?」
「いや、運営のこだわりで表示されないんだ。だが、確かにHPは存在している。そういう面倒臭い状態なんだ。」
運営曰く、「普段の生活で生命力だとか残りHPだとかを、考えながら行動なんてしていないでしょう。だから、数値で把握なんて出来ません。死ぬ時は死ぬのです。
そもそも冒険しようと言うのに保険が欲しいんですか?」と。
プレイヤーは激怒した。
必ずやかの暴虐無知な運営に一泡吹かせんと心に決めた。
プレイヤーにはHPの実数が分からぬ。それでもおおよその目安を付けられるように、団結し実験し計測し考察した。
運営はそのプレイヤーたちの努力を見ながら、さすがに全く確認できないのはゲームとしてまずいかと考えを改め、HPの確認ができるスキルをアップデートで追加した。
それが【鑑定】であり、今では初心者には必須とされている。
考察・検証班は泣いた。
しかし、その努力は無駄ではなく、彼らはいくつかのマスクデータの存在を明らかにし、HPを求める計算の一部を導きだした。
イーバによって語られたゲーム初期の逸話を聞いて、メグルは目頭を押さえた。
なんだろう。
もしかして、運営はアホなのだろうか。
こだわりがあるにしても、妥協とかあるいは伝え方とか、考えることが出来なかったのか。
そう思ったことをイーバに伝えると、彼はその鹿の頭を横にゆっくりと振り、肩を竦めた。
メグルはどうしようもない遣る瀬なさを感じた。
「そういう仕様なのだと割り切って行こう。
これからボスに挑むわけだが、ボスは『小鬼番長』と言う。大きな小鬼だ。」
「矛盾してません?」
「文句は運営に言うことだ。
『小鬼番長』は金気を宿しておって、金棒を振り回してくる。人型で取り巻きも居らんから、メグルちゃんとしては戦いやすい部類じゃろうな。」
「はい!」
「それで意気込んでいるところ悪いが、最初にワシが戦ってみせる。意識しておくと良いテクニックを見せるぞ。」
「分かりました!」
元気良く返事をするメグルの肩を軽く叩いて、イーバはボスゲートをくぐる。
メグルも後を追いかけてボスエリアに飛び込んだ。その顔はわずかにだがしまりがなくなっていた。
♦️
「ボスにも種類がある。『小鬼番長』のようなゲートをくぐるものが一般的だな。」
ゲートをくぐった先は広場になっていた。円形の空き地で、ここだけ木も切り株も1つもなかった。足元の草も短く整えられ、メグルに練習場という印象を与えた。
レクチャーが続く。
「『小鬼番長』は近接型のボスだ。しかし、遠距離用の攻撃も持ち合わせている。エリア侵入後に15秒間接近せずにいると、金棒で衝撃波を放ってくる。」
ほら来た。そう言うとイーバ目掛けて白くキラキラとしたエフェクトが飛んできた。
メグルは思わず横っ飛びで逃げようとした。しかし、鹿男に首根っこを抑えられていて逃げられない。
「【金気は水気を生ず】。」
イーバがそう唱えると、迫り来るエフェクトが霧散する。
代わりと言ってはなんだが、彼の体を薄黒いオーラが包む。
「【水気は木気を生ず】。」
黒いオーラが緑に変わる。変わると同時に大きく膨らんだ。
メグルはその場にへたり込んで、師の操る術をただ見上げていた。
「【木気は雷気に転ず】。【木行術:雷轟】発動。」
緑のオーラがバチバチと音を立てた。
直後。
視界を白く塗り潰す爆発的な閃光と、わずかに遅れて耳をつんざく炸裂音が辺りを満たした。
クラクラする頭を振りながら、メグルは目をパチパチさせた。視覚がまだ戻らない。世界が白飛びしたままだ。その時、いち早く戻ってきた聴覚が師の言葉を捉える。
「金気が水気を生み、水気がさらに木気を生む。これぞ、五行相生。
また金気は木気に勝つ。これが、五行相剋。
木気を転じて雷気となす。気を重ねること、それが比和。
そして、圧倒的な気の量の差で押し潰す。これが、五行相侮。
見ていたかな、メグルちゃん。」
「眩しくてなんも分かんなかったすね。」
メグルの視界は未だ白く塗り潰されたままだ。
それに気付いたイーバは乾いた笑いを浮かべる他なかった。
式神としての存在格の差。イーバの頭から完全に抜け落ちていた。
広場に、鹿男の虚しい笑い声が響いた。
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・メグルの視界はその後3分くらいで元に戻りました。ちなみに状態異常【閃光】というものになってました。治るのに時間がかかったのは威力を上げすぎたイーバのせいです。
・五行相生と五行相剋はタイプ相性的なあれそれです。
五行相侮は、相剋で負ける側の勢いが強すぎて(あるいは勝つ側が弱すぎて)番狂わせが起きるイメージです。これが発生すると、ダメージの減衰が無効化されます。防御貫通的な感じです。
もう1つ、五行相乗というのが五行思想に存在しますが、こちらはゲーム内に実装されていません。
・イーバはさらっとやりましたが、敵の攻撃で相生を起こして自分の攻撃を強化するなんて、当然ですが高等技術ですし、能力差がないと出来ません。
つまり、見えていてもメグルにとってはあまり参考になりませんでした。空回りしちゃったんですね。




