15:師と弟子の距離
皆さんもヴァンデラーになりませんか?
「お、おししょー……。ちょっと休憩を……。」
イーバは、肩で息をする弟子の様子を見る。今にもその場にへたり込みそうだ。
時間を確認すれば戦闘開始から20分ほど経っただろうか。
補助があったとは言え、格上相手にひたすら連戦したのは堪えたのだろう。
「うむ。ここいらで一旦休憩しよう。」
メグルがほっと息をつく。
ここまでの戦果は、追加で小鬼を3体と森林小狼を4体を倒していた。
20分で7体と聞くと、なにやら効率的ではないように思えるが、実際のところこれはかなり良いペースであった。
索敵こそイーバがこなしていたものの、格上を相手にほとんど1人で戦ってのこれである。
『Aim the ever after』は"モンスターとの戦いをリアルに行うこと"を主軸に据えており、その再現に心血を注いでいる。
それ故に、モンスターとエンカウントするには探して回らなければならないし、戦闘では瞬間瞬間の判断を迫られるしで、精神的に疲労が溜まりやすい。
(集中力の持続がキモだな。現状は期待以上と言って良いが、ここからどれだけ伸びるのか……。)
右の視界に座り込んだ弟子を納めながら、左の視界で配信のコメント欄を眺める。
そう、配信は続いている。
メグルのチャンネルの登録者数はこれまでと比べ物にならないくらいの伸びを見せ、配信のチャット欄も賑わっていた。
イーバはモデレーターとして、時折チャット欄に湧く不適切な輩を排除しながら戦闘を見守っていたのだ。
(1回でも掲示板で告知したからか。)
メグルの配信はまるで知られていなかった。
ならば、知らせれば良い。
(この分だと配信後に専用アカウントを作らせて、感想や質問回答を呟かせればもっと伸びるな。)
もはやマネージャーに近い思考をしながら、セクハラコメントを排除する。
定期的にチャット欄を監視していることと、不適切なコメントを繰り返す者は通報することを周知しながらイーバはこの先の修行の予定を立てる。
視聴者たちの多くは、鹿頭の男がしているマルチタスクに気付くと気持ち悪がった。
イーバのフレンドたちも、配信画面の端で見切れながら術式の行使と配信チャットを同時にこなす姿にはさすがに引いていた。
「うむ。では休憩がてら質問タイムと行こうか。メグルちゃん、ワシがチャット欄から拾ってきた質問に答えておくれ。」
「……え!?視聴者さん居るんですか!?」
「そうだ。実は初めから視聴者は居った。段々と増えて今では300人に届かないくらいだな。」
「さっ……!?」
「……まあ、そうなるだろうと思って黙っておったし、配信画面を覗くことを禁じていたわけだが…………。こりゃ、復帰まで少しかかりそうじゃな。」
メグルの脳は処理落ちしていた。
これまで最大で3人だった視聴者が、今300人弱も居るということを受け入れられていなかった。
間違いなく、彼女の人生で最高に注目されていた。
(どどど、どうしたらいいの?カメラに笑いかける?ムリムリムリ、引きつっちゃうよ!手を振る?ピース?ダサくない?アタシ初期装備のままじゃん!カッコ悪くない?配信者的にこの格好てまずくない!?)
ついでに過去最高に混乱もしていた。
無理もない話だ。
いきなりお前のゲーム300人近く見てるよ、と言われて平常心で居続けられる人間がどれほど居ることか。ましてや、メグルは配信初心者、ただの一般人と変わりない。いずれ有名になれればとは思っていても、それは遠い夢のようなものだと考えていた。
そんな彼女にしてみれば何も覚悟が固まらないままに、高校の同級生全員の前に放り出されて一発芸をしろと言われるよりも酷い。
「そう、固くならんで良い。もう視聴者はさっきまでのメグルちゃんを見ておるからな。今さら取り繕う必要はない。」
そう言われて「はいそうですね」と緊張がほどけるのであれば世話はない。
メグルは未だ混乱の最中だ。
「……つるちゃん。」
「……何?」
問い返すしょっつるは仏頂面だ。
将来的に自身を追い抜かすであろう少女が、レベルを上げスキルの組み合わせを試し着実に腕を磨いているのだ。
凄いと褒める気持ちと嫉妬がしょっつるの中でせめぎ合っていた。
「修行つけるのはワシだけで出来るから、明日の準備しておいで。クエスト、暴れるんじゃろう?」
提案の形をとった実質的な命令であった。
それに対してしょっつるは何も言わない。イーバに内心を見抜かれることは彼女にとってそれほど珍しいことでは無かったし、心のどこかでこの場を離れる理由を欲してもいたからだ。
「……そうね。後はお願い。」
お願いもなにも1つも役に立ってない自分が何を言っているんだと、しょっつるは自嘲の笑みを浮かべる。
イーバは当然それも見ていたが、声はかけなかった。
ただ、大きく頷いた。
しょっつるが踵を返し離れていくのを見送りながら、メグルはどうしたら良いのか悩んでいた。
視聴者のことなど頭の隅へと追いやって、しょっつるのことを考えていた。
メグルとて、馬鹿ではない。しょっつるが自分を見る時に、なにか痛みを隠しているような気配を感じていた。
「あ、アタシのせいでしょうか……。」
口に出した途端、メグルは後悔した。
そんな言い方をすれば、イーバからすれば否定する他ない。さらに今は配信中だ。これでは言質をとるための、卑怯な物言いではないか。
すぐさま取り消そうとした。
しかし、それより早くイーバが口を開く。
「そうだな。メグルちゃんは悪くないと言ってあげたいが、君のせいな部分はある。しかし、それは君自身ではどうにもならない部分の話だ。あまり気にしすぎない方が良い。
……それ以上に悪いのは彼女自身と、それから私だな……。」
何かプライベートな部分に触れてしまったのだと、メグルは直感した。
「ごめんなさい。変なことを言いました。」
「いいよ、メグルちゃん。
それよりも質問タイムをしていこう。」
イーバが場の空気を変えるように、軽く手を打ち鳴らす。
その音に思わずメグルの背筋が伸びた。
「では質問。『何か武術の経験者ですか?』」
「はいっ!そうです!えっと……。」
さらに答えようとしたところをイーバに遮られる。
「あまり細かく答えなくて良い。それは君の個人情報で、秘密で、武器であって、魅力になる。」
「な、なるほど。」
アピールは必要なのに、明かす情報は絞らないといけない。メグルにとって、それはとても難しく感じた。
「さて、どんどん質問していくぞ。答えられない時はノーコメントと言えば良いからな。
『いくつですか?』」
「えっと、まだ十代です!」
「そうだ。そんな感じで良い。
次、『どうして刀を使っているんですか?』」
「かっこいいからです!実は弓の方が得意なんですけど、なんかサムライっぽくて良くないですか?!」
「『座右の銘は?』」
「え?え~っと、『石の上にも三年』?
おししょーはどうですか?」
「む?こちらに振るか、なかなか配信者らしいじゃないか。ワシは、『楽しむことこそ人生だ』。」
「……誰の言葉ですか?」
「ふははっ!ワシのだよ。」
イーバは悪戯っぽく笑う。
メグルはそれが眩しく見えた。
「さてと、だいぶ休憩したな。次の質問で終わりとしよう。
『好きな配信者はいますか?』」
「アタシあんまり詳しくないんです。叔父さんがよく見てるのを一緒に見てたんですけど……。
あ、でも印象に残ってる人たちが居て、6人組のリアルとバーチャルを行き来するアイドルなんですけど。おししょーは分かりますか?」
「突然のクイズだな。彼女らは配信はあまりしてないというか、動画が主だな。アルバムをよく聞いてるぞ。」
「ガッツリファンなんすね。」
少し扱いが軽くなったような感触に、イーバは目をぱちくりしたが、放っておくことにした。
遠慮されるよりはよほど良い。
メグルに立ち上がるよう促す。
「では、休憩したところでボス戦に挑もう。」
「大丈夫なんですか?」
「負けはせんだろう。勝てるかはメグルちゃんの頑張り次第だな。」
カラカラと笑うイーバに、他人事だと思って勝手なこと言って、と面白くなかったメグルは思わず蹴りを入れる。
それは脛の辺りを軽く爪先で小突くようなものだったが、教えを乞う弟子にあるまじき行いにメグルは血の気が引くのを感じた。
つい、やってしまったのだ。
そしてメグルはその『つい』が、人間関係を崩壊させることを知っていた。
慌てて謝ろうとするが、咄嗟に言葉が出ない。
しまった、と思えば思うほど口の中が渇き貼り付いたように口が動かなかった。
「……ふふ、ふはっ。ふはははは!」
イーバが、笑い出す。
森中に響き渡るような大音量で笑う。
そのあまりの音の大きさに、メグルは皮膚がビリビリと痺れるような感覚すら感じた。
一頻り笑って、落ち着いたのか。
穏やかな笑みを浮かべてイーバはメグルを見る。メグルは居心地が悪そうにモジモジとしていた。
「ようやく少しは壁がとれたかな。」
「え?」
「今回は謝らなくて良い。弟子のちょっとした悪戯を、笑って流すのも師の度量だからな。」
さあ、先へ進もう。とイーバに促され森の奥へと向かいながらメグルは思った。
この人はきっと裏切らない。と。
V.W.Pも好きです。
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