13:拾った子猫が虎だった気分
過疎ゲーの全く動かないチャット欄を眺める時間ほど虚無なものはないと思います。
一緒にゲーム出来る相手って大事ですよね……。
「さてと、ではまず素の状態でのメグルちゃんがどこまで戦えるのかを見させてもらおうか。」
帝都から西に進んだ平野の一角、そこで立ち止まったイーバが話し出す。
『美花星メグルチャンネル』の配信は続いていた。
「視聴者諸君も気になることだろう。ワシも同じだ。であるならばすべきことは1つ。実戦だ!」
「おししょー、なんだかテンション高いですね。」
「アイツはこっちが普段の姿よ。今まではメグルちゃんに配慮して丁寧に振る舞ってたの。」
メグルとしょっつるの言葉を流し、彼は弟子に告げる。
「さあ、剣をとれ。まずは小鬼だ。」
そう言った瞬間、近くの草むらでガサリと音がした。
メグルがそちらを見ると、何かが隠れている。影が見える。気配がする。
チラリと隣を見ると、先ほどまで一緒にいたしょっつるは既にイーバとともに離れたところへ移動していた。
ガサガサと一際大きな音がした。
勢いよく視線を戻せば、草むらからのそのそと小鬼が出てくるところであった。
メグルは大きく息を飲んだ。
(こいつと戦うの……!?)
メグルとて既にモンスターとの戦闘は経験済みだ。帝都の周辺で大鼠や一角兎、そして小鬼も討伐した。レベルが2のメグルでも容易く倒せる程度の敵であった。
目の前の小鬼は、小柄なメグルと比べても一回りどころか二回りほども小さく、そして痩せていた。体は筋張っていて、肋が浮いている。
力の無さそうな見た目に反して、目だけはギラギラと輝きを放っていて、なんと言うべきか。生への執念のようなものをメグルに感じさせた。
その目の光に、メグルは気圧された。
メグルの知る小鬼とは格が違っていた。
腰が引けたメグルへと向けて、小鬼は一歩踏み出す。
メグルが動かないと見るや、さらに一歩。また一歩と徐々に距離を詰める。
そして。
十分に近づいたと小鬼は判断したのだろう。メグルの持つ刀がギリギリ届かないほどの間合いをとって、小鬼は立ち止まり体を前後に揺らす。
威嚇するように、あるいは嘲笑うように牙を剥き出しにする小鬼に対して、メグルは明らかに怯えていた。
柄を握る手は震え、膝が笑い、顔は青ざめていた。どこから見ても無力な少女であった。
小鬼はそれを見て、さらに体を大きく揺らす。
脅かしながらタイミングを計っているのだ。
何の?
当然、飛びかかるタイミングをだ。
その時はすぐにやって来た。
小鬼は一際大きく体を揺らすと、勢いよくメグル目掛けて飛びかかった。
そして、真横へと吹き飛んだ。
「これはなかなか……。」
「やるじゃんあの子。」
メグルが小鬼の動きに先んじて抜刀し、その居合の一撃は小鬼のこめかみを捉えていた。
衝撃と遅れてきた痛みにのたうち回る小鬼を、メグルは冷徹に見下ろす。
怯えていた少女の姿は、どこにもなかった。
額を押さえてフラフラと立ち上がる小鬼に、今度はメグルから襲いかかる。
草が生い茂り、決して良いとは言えない足場を滑るように駆ける。
間合いを猛然と詰めて、メグルが小鬼に斬りつけた。
「……ギィッ!」
脇腹を裂かれ、小鬼が苦鳴をあげる。
しかしメグルは淀みなく、そして容赦なく攻撃を重ねていく。
膝や肩の関節を壊す。
目や鼻といった感覚器官を抉る。
首や腹を執拗に斬りつける。
それほど時間はかからずに、小鬼は膝から崩れ落ちた。
もう立ってはいられないのだ。
膝の腱は断たれ、脛は砕かれていた。太ももにもザックリと大きな傷が見られる。腕は上がらず、目も見えていない。
『Aim the ever after』の偏執的なまでの再現度により、小鬼はかくも無惨な目に遭っていた。
ボタボタと全身から血を流し、力なくその場に蹲る小鬼を相手に、しかしメグルは油断しない。
安易に仕留めに行かずその背に回るべく、小鬼を中心に音を立てずに円を描いて移動する。
結果として、それは正解であった。
突如ガバリと顔を上げた小鬼の、その額に生えた小さな角から火球が放たれる。
真っ直ぐ正面へと打ち出された火球は、草を焦がしながら10mほど飛翔し、呆気なく弾けて消えた。
「ギィ?」
手応えの無さが不思議だったのだろう。
間の抜けた声で小鬼が鳴く。
最後の一手まで出し尽くした後の明らかな隙。
メグルの狙い通りであった。
戸惑う小鬼を、背後から串刺しにする。
いきなり胸から飛び出した白刃に、理解が追いついていないような表情を浮かべた後、小鬼はHPが0になり事切れた。
死体が薄緑のポリゴンになって爆散した。
♦️
「おししょー!しょっつるさん!やりましたよ!」
「うぅむ。わんだほー。」
「ふぁんたすてぃっく。」
「……あれぇ?」
メグルの戦闘は、2人の予想を遥かに超えていた。
前提として。
メグルが帝都周辺で戦った小鬼と、今ここで殺して見せた小鬼は別物と言って良い。
膂力も知能も術を使うという点でも、そもそも存在の格からして上なのだ。帝都の小鬼からしても、メグルからしても。
イーバとしては、危うくなれば手を出すつもりでいた。
出来ても多少の抵抗で、メグルは追い詰められるものと踏んでいた。むしろ、追い詰められてから彼女がどう出るか、それを見ようとしていた。
だがどうだ。彼女は敵を圧倒した。
レベルが5つも上の相手を一蹴して見せた。
(こいつは思った以上にとんでもないぞ……。)
イーバは、メグルのポテンシャルに震えた。それは喜びだった。埋もれいくところであった逸材への称賛でもあった。
口では称賛してみせたものの、しょっつるの内心は複雑だった。
格上の敵を圧倒してみせたことは、素直にすごいと思える。大半のプレイヤーには出来ないだろうそれは、しょっつるを喜ばせた。
問題はその方法だ。残虐ファイトと呼ぶべき容赦のない戦い方はそのままで良い。下手に矯正すれば彼女の強みを損なうだろう。
しょっつるを落ち込ませたのはたった1つ。
メグルが、この戦闘で一切スキルを使用していなかったということだ。
ただ己れの技術でもって格上を捩じ伏せて見せたメグルに、しょっつるはわずかにだが確実に恐怖していた。
この初心者の少女が、スキルを駆使する戦い方を学び十分なレベルを得た時に、太刀打ち出来ずに負かされる自分を幻視したからだ。
(スキル頼みのままじゃ分が悪いわね。道場とか通った方がいいかしら……。)
「いや、済まないな。メグルちゃん。
少し驚いてしまったのだ。これほど動けるのならば、そうだな……。その強みを活かしていく方向でゲームを進めよう。」
「……ん?どういうことですか?」
「メグルちゃんの戦闘技術に関してワシから言えることはほぼない。何かしらの流派だかなんだかは知らぬが、君自身の確かな研鑽とその腕前は今見させてもらった。大したものだ。」
「はい!幼稚園の頃から頑張ってきました!」
メグルは満面の笑みを見せる。
「それは良いことだ。
だが、今の戦闘は完璧ではない。百点満点とは言えない。君は未だ完成へと至っていないのだ。」
「???さっぱり分からないです。」
「あれでは足りぬと言うことだ。」
「……もっと修行をしろってことですか?」
「違う。視点を足すのだ。
メグルちゃん、君はゲームをしているのだ。実戦ではない。あくまで遊び、現実ではない。君にはその認識が足りていない。」
2人のことを一歩引いた位置で、しょっつるが苦虫を噛み潰したような表情で見ていた。
「つまりだ。現実の君が磨いた腕前だけが、ゲームの君の武器ではない。ということだ。」
「そっか!スキル!」
「そうだ。持てる手札は全て扱ってこそだ。ただ持ってるだけではお守りにもならぬ。」
「なるほど、おししょー!これからはスキルも使っていけってことですね!」
よーし頑張るぞ!とメグルは気合いを入れる。
《済まんな、つるちゃん。あまり面白くないかもしれないが。》
《気にしないで。弱い私が悪いんだから。》
イーバは視界の端で、しょっつるの表情の変化を捉えていた。メグルの才能に嫉妬していることに気づいていた。
それでも、メグルの成長を優先したことを謝ったのだ。
「……よし、ではメグルちゃん!
ステップ1はコンプリートだ。これより、ステップ2と3を飛ばして4へと入るぞ!」
「うぇ!? いきなり4ですか?」
「大丈夫よ。その場のノリで言ってるだけだから。」
「いんや、本気だぞ。ちょっと飛ばし気味で修行をつける。
《レジェンダリークエスト》は明日開始だ。スタートに間に合わせるのは無理だろうが、ちょっとは参加して活躍できるようにしてやろう。」
「マジですか!」
「大マジだ。」
そうと決まれば急ぐぞ、とメグルを引き連れイーバは駆け出す。
目指す先は平野の終わり。西の森だ。
森へと走る2人をしょっつるは呆れた目で眺め、首をやれやれと振った後、勢いよくスタートを切る。
「あんたたちより私の方が速いのよ!
置いていくわよ!」
「つるちゃん!? 流石に加減しなきゃダメだって!」
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・修行プラン
1 格上の小鬼に追い詰められる。(戦闘の恐怖感を叩き込む。)
2 少しランクを落とした相手に勝つ。(1の反省を踏まえて1人で勝つ。)
3 1の小鬼にリベンジ。(成功体験によりモチベを維持。恐怖感を乗り越える。)
4 連続での戦闘や対多数の戦闘。(イーバの補助ありで経験を積む。)
5 対ボス戦。(補助あり。)
6 4と5を繰り返し、徐々に補助を減らす。
7 レジェンダリークエストに殴り込みをかけよう。




