11:多数決の間違った使い方
平仮名にすると急にアホっぽくなる言葉って結構ありますよね。
「あの。本当に大丈夫なんですか……?」
「大丈夫よ。私が保証するわ。」
「いや、えっと……。」
今しがた、目の前で人を(それも親しい相手を)ボコボコにしていた本人に保証されたところで何を安心できると言うのだろうか。
メグルは戸惑いつつも口を閉ざした。
余計なことは言わないに限る。
「いやまったく、容赦がないものだな。
それでは、つるちゃん。メグルちゃんは合格ということで良いな?」
つい先程までボクシングジムのサンドバッグだってここまで殴られないだろう、という勢いでボコボコにされていたイーバが何事もなかったように話し出す。天地が逆転していた頭もぐるりと回して元の位置に戻っている。
あまりに平然とした、当たり前であるかのような彼の態度にメグルは驚きを隠せない。
(うえぇ、なにこの人……。)
内心、気味悪がってすらいた。
あんなに暴力を振るわれて平気でいられることが、メグルにとってひどく恐ろしく見えた。
戸惑う彼女を余所に、しょっつるが答える。
「ま、良いんじゃない。」
「ふむ。では、ここからどうするか。だが……。」
「とりあえずステータス確認しないことには何にも言えないでしょ。」
「戦う様子を見るというのもあるが?」
「それにしたって後で結局ステータス見ることになるんだから、時間の無駄よ。今ここで確認する方が早いわ。」
「……確かにその通りだ。」
何を話しているのかメグルには分からなかったが、おそらく自分のことを話していることだけは分かった。
当人を蚊帳の外に置いて、何かが決められていく。
「武器屋の前で見た限り、剣士のようであったな。」
「……でも、私は剣士の立ち回り知らないわよ。」
「うぅむ。与兵衛が居ればあやつが最適なのだが……。」
「ムリでしょ。あいつ人見知りだし、初対面の女の子に戦い方教えるどころか、まず一緒に話も出来ないわよ。言うなら掲示板弁慶ね。」
「……ひどい言い草だが、否定できんな。となれば、やはりつるちゃんが……。」
「いや、私じゃダメよ。突っ込んでスキル使ってぶちのめすことしか教えられないもの。」
「あ、あの!何のお話をされてるんですか?」
たまらず、メグルは2人の会話に割って入る。
2人の話の行き先は見えてきた。だが、その始点である動機が分からなかった。それが、メグルを大いに戸惑わせた。
「アタシのことを話してるみたいですけど、どうしてそんな話をされているのか見えてこないんですけど……。」
メグルの言葉に面食らったように黙り込む2人。その顔(片方は鹿だが)には、しまったという色がありありと浮かんでいた。
イーバとしょっつるが互いに顔を見合わせる。
「……うむ。すまなかった。こちらで勝手に盛り上がってしまっていた。」
神妙に頭を下げるイーバ。
続けてしょっつるも、「先にあなたの意見を聞くべきだったわ。」と反省の意を示す。
自分よりも年上であろう2人に頭を下げられたことで、今度は逆にメグルが困ってしまう。
「いや、そんな気にしないでください。」
「……そう、ありがとうね。」
頭を上げ優しく微笑むしょっつるに、メグルはほっと安堵する。
年上の人に頭を下げられたりしたら気まずいもの……。彼女はそう内心でこぼす。
謝罪から彼女の安堵まで織込み済みで、イーバたちが勝手に喋っていたということにメグルは気づけなかった。
《詐欺に引っ掛かりそうね、この子。》
《優しい、いや人を疑わないのだろう。》
《最初は警戒していたみたいだけど?》
《そうか?私から見るとずっと緩かったぞ。》
イーバとしょっつるは高速でチャットをやり取りする。お互いに抱いた人物評を擦り合わせる。
2人の中で総評として、ちょっと計画性が無いヤバめだけど優しい子、という位置にメグルは落ち着いた。
「……さて、こちらの説明が足りてなくて申し訳なかった。ワシらとしては、メグルちゃんの成長の手伝いをしたいと考えているのだ。」
「え?どうしてですか?」
「そうさなぁ……。
まず、初心者を大事にせねばいずれゲームは廃れ行くもの。なれば、先行プレイヤーであるワシらとしても何か手を講じるべきである。という建前が1つじゃな。」
一息入れて、緑茶を啜るイーバをメグルは見つめる。
建前であっても、それはメグルの良識から見ても正しいことである。わずかに口を開けて彼女は感心していた。
「それから、メグルちゃんが面白い子であるからだな。ワシらとしてもゲームのプレイヤーとして楽しみたいのだ、この世界を。その妨げになるのであれば手助けなどしようと思えぬ。メグルちゃんはそうではないと感じたから、というのが2つ目じゃな。」
意訳すれば暇潰しの邪魔になるなら要らない、ということだが当然、そこはオブラートに包む。
「最後に、メグルちゃんが良い子であるからじゃな。ワシらとて人の心はある。このまま放っておくのはちと忍びない。」
イーバは、自分があまり褒められた人間ではないということを自覚している。そんな人間でも少しは情と言うものがあるのだ。
そして、今回たまたま知り合った少女があまりに無防備に見えた。故に情がわいてしまったのだ。
しょっつるはそれを横目に見て、イーバがかなりメグルを気にかけていることに気づいていた。
珍しいことだこと。しょっつるは内心驚いていた。
隣に座る鹿頭は、近しい友人であっても罠の餌に利用するような男だ。それがここまで気に入るとは……。
ニンマリ、としょっつるの唇が笑みの形を作る。
「メグルちゃん。あなたが良ければ、師弟システムを使おうと思うの。」
イーバに相談することなく、しょっつるが話の舵を切る。
目を見開く鹿を放って、メグルにシステムの解説をしていく。
「先行プレイヤーの弟子になると、経験値やスキルの熟練値にボーナスが得られるの。加えて、一緒に行動することで取得可能スキルにも補正が入るわ。どう?悪くないと思うけど。」
「それって師匠になるプレイヤーにメリットあるんですか?」
自分のことだけでなく、相手のメリットを考えられる。やはり、この子は賢い子だとしょっつるは感心する。そんな様子は噯にも出さないが。
「もちろんあるわよ。まず、師になると弟子の成長に合わせて結構な額の金銭が得られるわ。出所は陰陽寮、つまり運営ね。
それから、師匠プレイヤーはNPCショップで割引が利くのよ。それも1割引き。しかも他のサービスと併用可能なのは大きいわ。」
太っ腹よね~。としょっつるは笑う。
実際、多くの弟子をとってカジノで豪遊する資金を調達しているプレイヤーもいたくらいだ。あんまりやりすぎて、その男はカジノから出禁を食らっていたが。
「その師匠には、しょっつるさんが?」
「ん~、まあ私でも良いんだけど。メグルちゃん的にはこっちの鹿男の方が良いんじゃない?」
「!?」
イーバがガタリと椅子を鳴らす。
驚きすぎだ、と後頭部を叩きながらしょっつるはメグルに選択を迫る。
「メグルちゃんの戦闘スタイル的に私はあんまり力になれなさそうなんだよね。その点、こっちの鹿は元剣士だし説明したがりだから丁寧に教えてくれるよ。」
「お前、勝手にきめ、ぐふっ……!」
抗議しようとする鹿の脇腹に親指をめり込ませて黙らせる。
メグルは、ほんの少し悩むような仕草を見せたがすぐに言った。
「イーバさん!よろしくお願いします!」
「うん、よし!決まりね!」
こういう時は押すに限る。場の雰囲気で一気に話を進め、これで終わりだと打ち切る。それで決まりだ。
もうイーバに逆転の目はない。
しょっつるの瞳には面白がるような光が浮かんでいた。
「……ああ、そうだな。……よろしく頼む。」
鹿の頭だというのに、表情豊かなことだ。
明らかな困り顔で、それでもイーバは受け入れた。
メニュー画面を開き、師弟登録を済ませたところでメグルが口を開く。
「……あ、これからは先生とお呼びした方がいいですか?」
イーバの表情に隠しきれない苦渋が滲む。
しょっつるはそれを見逃さなかった。無理を通した負い目もある。助け舟を出すことにした。
「メグルちゃん。そんな普通の呼び方じゃダメよ。配信者として個性を出さなきゃ。
……そうね、『お師匠』とかどう?話し方ももっとざっくばらんで良いわ。」
「良いんですか?」
しょっつるはイーバに目配せする。
「……うむ。それで良い。それで行こう。」
「分かりました。おししょー!よろしくお願いします!」
しょっつるはなんだかアホっぽいな、と感じたが黙っておいた。
突然、イーバが席を立つ。
「済まんがちょっと用がある。支払いはこれでしておいてくれ。
メグルちゃん、後でメッセージを送る。明日も配信するんだろう?」
「はい!します!了解です。」
「では、しょっつる頼んだ。」
しょっつるに小銭袋を押しつけて、イーバは足早に店から出ていく。その明らかに多めに入れられて重たい小銭袋を手に持って、しょっつるは密かにため息を吐く。
同時にフレンドチャットが届く。
《強引に師匠にされたことは腹立たしいが、助け舟には礼を言う。》
《まあ、私も強引だったのは謝るわ。》
♦️
『Aim the ever after 』からログアウトし、むくりと起き上がる。
イーバ、いや岩井洋一はふらふらと立ち上がると覚束ない足取りで冷蔵庫に向かった。
冷やしてあったコーヒーで喉を潤し、気持ちを落ち着かせる。その服は、激しい運動をしたかのように汗で濡れていた。
いつもなら深夜まで続けるゲームだが、今日はもう手を着ける気になれなかった。
(まさか、たった一言でこんなになるとはね。)
震える手を見て洋一は己れを笑った。
コップを流しに放置して、洋一はリビングのソファに座り込む。
背もたれに寄りかかり天井を仰ぎ見る。
嬉しかった。苦しかった。嫌だった。悲しかった。懐かしかった。落ち込んだ。奮い立った。
様々な感情が同時に沸き上がり、洋一の中で暴れまわっていた。
それでも。
「それでも、引き受けたからにはきちんと楽しませてあげないとな……。」
しばらくした後、洋一はソファから立ち上がるとしっかりした足取りで、パソコンの置いてあるデスクへと向かった。
ステータスを作っていて書き進められなかったのにその肝心のステータスまで辿り着けない不具合が。いや、私の未熟ですね。次回はステータス回です。
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・師弟システムについて
師匠になれるのはレベル30以上のプレイヤーです。弟子になるのは師匠よりレベルさえ低ければいいです。
バージョン3開始と同時に、後発との差を埋めるために実装されました。
初期はまだ練りが甘く、弟子をとった時点でお金が貰える仕様でした。多数の弟子を同時にとってボーナスで荒稼ぎする者や、弟子をグループ内で交換し合ってボーナスを大量に受け取る者など悪用する者が続発したため何度もアップデートを要した問題児です。
直近の修正内容は、師匠と弟子に交代でなることを一定回数繰り返すことで経験値ボーナスを受け続けられるというバグに対して、師匠と弟子になれる回数にそれぞれ制限がかけられました。




