Ⅶ BULLET
「朱莉さん!」
血相を変えたマーサが、朱莉の下に駆け寄ってくる。
「見張りから翼竜が接近しているとの報告が! お願いします手を貸してください!」
やっぱりか……朱莉は自分の勘の良さを恨んだ。
「言っとくけどな……」
「分かっています、その分報酬は上乗せします!」
そう言われてしまうと、朱莉に断る理由は無くなってしまう。
「了解だ、依頼を受けよう」
「ありがとうございます! ではコチラへ!」
気が乗らない。異世界人相手と違い、魔物の相手と言うのは駆け引きが少なく、火力差で勝負が決まる事が多い為、朱莉としては今一ヤル気が起きない相手だ。
しかし、これも貴重な経験値を得る為だと自分を説得し、朱莉は駆け出すマーサの後を追った。
マーサは屋敷の裏手に回ると、そのまま裏口から外へ出る。
そこには白馬に乗ったマクシードが待っていた。
金髪美少年のマクシードと白馬と言う組み合わせが、朱莉の脳裏に御伽噺の王子様をイメージさせる。
「朱莉さん、現場まではマクシードがお連れします」
マーサに指示されたのだろうが、マクシードはどう見ても不満気だ。
「お姉様! こんな奴の力を借りずとも、僕が……」
「相手は空を舞う翼竜です、剣士のアナタとの朱莉さん、どちらの相性が良いか。それくらい分かっているでしょう」
マーサが冷静に論破する。
マクシードは反論する事が出来ず、手綱を握りしめながら悔しがった。
「さ、朱莉さん」
マーサの補助を受け、朱莉はマクシードの後ろに跨ると、その腰に腕を回した。
「確認された翼竜は20体。結界を抜ける際に半減すると思いますが、それでも十分脅威と言える数です」
マーサは悲壮感漂う表情で、朱莉に向かい頭を下げる。
「申し訳ございません、本当は私もご一緒したいのですが……」
「お姉様が危険に晒される必要はございません、このマクシードにお任せください!」
「そうそう、マーサは報酬の件だけ気にしてれば良い……って、そんな事より」
朱莉はそう言いながら、マクシードの後頭部をペチンと叩いた。
「な、何をする!」
「早く行け、間に合わなくなるぞ」
「言われなくても分かっている!」
マクシードが鐙で白馬の腹を叩くと、白馬は高らかに嘶き、裏門を飛び出した。
向かう先は町の北東。正門に近い、住宅街からはやや離れたエリアだ。
白馬はマクシードの手綱から指示を受け、一直線に現場に向かう。
「到着まで、どれくらい掛かる?」
「15分もあれば着く……それよりも貴様……」
マクシードが何やらゴニョゴニョと呟いているが、良く聞こえない。
「何だよ、言いたい事があるならハッキリ言え」
「もう少し……離れろ」
「……は?」
「もう少し離れろと言ってるんだ! くっつき過ぎだ!」
明らかに狼狽するマクシードに、朱莉が何かを察する。
「ま~た変な妄想してんのか、このエロガキは」
「僕は妄想などしていない! 無礼な事を言うな!」
「はいはい、申し訳ございませんね~」
そう言いながら朱莉は腕に力を込め、マクシードの背中に胸を押し付ける。
衣服越しに、柔らかな感触がマクシードに伝わった。
「き、きさまは~~~!」
マクシードは背中の感触を意識しないよう、懸命に馬を走らせる事だけに集中する。
やがて朱莉達の耳に獣の咆哮が届くようになった。
「アレだ!」
マクシードが叫ぶ。その視線の先には、空中を舞う巨大な生物が町に接近しようしている様子が見えた。
「アレが翼竜か」
それは朱莉がイメージしていた姿とは違った。
その姿はファンタジー宜しく、翼の生えたドラゴン……ではなく、古代の地球に生息していた大型生物。くちばし状の口に、コウモリの羽の様な腕を持つ爬虫類。まさしく嘗て地球上に存在した、翼竜に近い姿だった。
全長10mを軽く超えるであろう翼竜達は、何度も町に織りて来ようとするが、その度に光の網に弾かれている。
恐らくはマーサの言っていた結界だろう。
結界を体当たりで破壊しようとする翼竜達。途中で力尽きる個体が居る中、衝撃で僅かに出来た結界の隙間を抜けてくる個体も居た。
既に5体ほどの翼竜が結界を抜け、警備と思われる兵士と戦闘が始まっている。
朱莉の予想通り、やはり町には魔法による結界が張られていた。
しかし、それも完璧な物ではなく、物量で押せば突破できる物の様だ。
明確な攻略法のある結界は、いずれ突破される。
この町が地球軍に制圧される日も、そう遠くないかも知れない。朱莉は何となくそう感じた。
「オイ! どこまで近付けば良いんだ! 貴様の射程は貴様にしか分からんのだぞ!」
マクシードが叫び、朱莉が戦場を見渡す。
翼竜は空中から急降下して、警備兵を狙っている。
警備兵は約20人。中には魔法使いも居る様だ、炎や雷が上空へ向けて打ち上がっている。
だがそれも、翼竜を倒すと言うよりは、住宅街に向かわせない為に牽制している様に見えた。
直接的な物理攻撃でなければ、有効なダメージは与えられないかも知れない。
「わぁあああああ!」
戦場から絶叫が届く。
空を見上げれば、翼竜がカギ爪の付いた後ろ脚で警備兵の一人を掴み、空高く舞い上がっていた。
高さにして50mはくだらないだろう。
翼竜は一鳴きすると、後ろ脚で掴んでいた警備兵を空中で離した。
「きゃあああああ!」
誰かの悲鳴が轟く。
空中に投げ出された警備兵は重力に逆らう事が出来ず、そのまま地面に叩きつけられた。