Ⅵ BULLET
窓際に置かれたデスクに道具を広げ、朱莉は分解した愛銃のクリーニングを行っていた。
「うんうん、ライフリングの摩耗はまだ大丈夫だな」
朱莉が銃身を覗き込み、独り言つ。
自分自身に関しては大雑把な朱莉だが、商売道具に関してはマメで妥協は無い。
嗅ぎ慣れた鉄と油の匂いに安心感を覚えながら、愛銃を丁寧に磨いて行った。
「うし、完了」
朱莉は銃弾を装填せずにシリンダーを回し、撃鉄を起こす。
「完っ璧」
作業を終えた朱莉が気分転換に窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできた。
「こんな緩~い時間も久しぶりだな……」
頬を撫でる様に吹き抜ける風。朱莉は目を閉じて、その心地良さを堪能する。
その時、階下からカンカンと乾いた音が鳴り響いた。
若干放心状態だった朱莉が、絶え間なく続くその音に意識を呼び戻される。
「何だよ、人が気持ち良くなってる時に……」
朱莉が階下を覗き込む。すると、庭先でマクシードが執事らしき男と木剣を打ち合わせている姿が見えた。
修行中だろうか、マクシードは身軽さを活かした軽快な動きで相手を翻弄している。
動きに無駄はあるが、それ故に動きを読まれにくいのだろう。マクシードは自分より遥かに長身な男を圧倒していた。
「デカい口を叩くだけの事はあるか」
朱莉は何かを思いついたか、ポンと手を叩くと、手入れが終わったばかりの愛銃に弾を装填し、部屋を出た。
庭先では、未だにマクシードの稽古が続いている。
マクシードは相手の剣を見事に躱し、その首元に突きを見舞った。
「ま、参りました!」
執事風の男が降参すると、マクシードは突きが当たる寸前で木剣を止めた。
「流石マクシード様、感服いたしました」
「世辞は良い」
執事の称賛にも、マクシードは憮然とした表情を見せる。
「僕は稽古を続ける、お前は下がって良いぞ。ご苦労だった」
「はい、失礼致します」
執事が下がると、マクシードは無言で木剣を振り始めた。
脳裏には、昨晩起こった広間での1シーンが浮かんでいる。
朱莉に首を掴まれたシーンだ。
マクシードは油断していなかった、それなのに躱す所か反応すら出来なかった。
「はぁっ!」
マクシードは脳裏に浮かんだ映像を振り払うかのように、ガムシャラに剣を振る。
そんな筈はない。幼い頃から厳しい修行を重ねてきた自分が、あんな無礼者に……地球人に負ける筈がない。
しかし、何度木剣を振っても映像の中の朱莉に当たる気がしない。
「くそっ!」
「随分と熱心だな」
突然背後から声が聞こえ、マクシードの心臓が跳ね上がる。
振り向けば、腕を組んだ朱莉が壁に寄り掛かりながら立っていた。
気は抜いていなかった。それなのに気配も、足音すらも聞こえなかった。
マクシードの脳裏に、再び昨晩の記憶が蘇る。
「しかし、折角の素振りも雑に振ってちゃ意味ないぜ」
「貴様に何が分かる……」
何故だろう。マクシードは、朱莉と言葉を交わす度に苛立っていた。
昨日の事だけではない、マクシードの胸中にある何かが、朱莉の存在を否定したがっていた。
「貴様に……剣士でもない貴様に何が分かる!」
「極めれば全てに通ずる……ってな。アタシは剣士じゃないが、お前の剣が荒れてんのは分かるさ」
マクシードが怒りで我を忘れぬ様に、必死に奥歯を噛みしめて耐える。
「貴様には関係ないだろう……」
「おやおや、折角アドバイスしてやってるってのに、心の狭い奴だな」
耐えきれぬ感情が、マクシードの脳内で何かを弾けさせる。
「ならば試してみるか……僕の剣を……その身で!」
マクシードが憤怒の表情で、木剣の切っ先を朱莉に向けた。
しめしめ。朱莉は心の中で舌を出す。
「そうだな、折角だから稽古でもつけてやるよ」
朱莉は、ホルスターからリボルバーを抜く。
「銃を使うつもりか! 卑怯者め!」
「当たり前だ。さっき言っただろ、アタシは剣士じゃないって。それとも何だ? お前は殺し合いをする戦場でも、敵の武器にケチをつけるのか? よくそんな甘い考えで生きてこれたな」
マクシードの目が更に吊り上がる。
朱莉は、そろそろマクシードの金髪が逆立ちそうに思えてきた。
「安心しろ、ゴム弾だ。当たっても死ぬ事は無いだろ、当たり所が良ければな」
朱莉がニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。
「後悔するなよ……」
マクシードが剣を水平に構え、腰を落とした。
(突っ込んでくる気マンマンだな)
朱莉は片手で銃を構え、マクシードの正中線に照準を合わせる。そしてマクシードの一挙手一投足を見逃さぬよう、集中力を高めていった。
朱莉は何も無駄にマクシードを煽った訳ではない。
朱莉にとって異世界人の戦闘力は、未だに未知の部分が多い。特に魔法を筆頭とした特殊能力への対応は、まだまだ未熟だ。経験を積む必要がある。
マクシードの剣に光る物を見た朱莉は、その経験を積む絶好の相手だと感じた。
更に相手が全力であればある程、より実戦に近い経験値が得られる。
理性を失わないギリギリまで怒らせる事、それが朱莉の狙いだった。
そしてマクシードは、まさに朱莉の狙い通り、怒りで上昇する体温とは逆に、極めて冷静に朱莉との間合いを計っていた。
今の間合いは銃の距離。しかし、そんな常識が当てにならない事を朱莉は知っている。
「行くぞ!」
律儀に宣言したマクシードが、体勢を殆ど変えないまま一瞬で間合いを詰めた。
それは瞬き程の刹那の間。マクシードは瞬間移動と思える程の速度で接近し、構えた剣を逆袈裟に斬り上げた。
当たる。マクシードがそう確信する程、完璧なタイミングだった。
しかしマクシードの剣は、朱莉を捉える直前で跳ね上がる様に軌道を変えた。
何時の間にか抜いていた、朱莉のサバイバルナイフに弾かれたのだ。
朱莉はリボルバーの銃口をマクシードに向け……る事無く、そのグリップをマクシードの脳天に振り下ろした。
「いぃっ!!!」
ゴンッ! と言う鈍い音が響き渡り、マクシードを頭を抑えたまま蹲る。
「甘いなぁ~ホント甘すぎる」
「き、きさまぁ~~~」
マクシードが涙目で朱莉を見上げる。
「ん? 何だ? まさかズルいとか言わないよな?」
「ぐっ!?」
朱莉の挑発的なセリフに、マクシードはグウの音も出ない。
「も、もう一度! もう一度勝負だ!」
「おう良いぜ、かかってこ」
その時、町中に響く程の大音量で鐘の音が鳴り響いた。
鐘の音の発信源は、町の四方に建てられた物見やぐらから。激しく打ち鳴らされる鐘の音は、明らかに異常事態を表している。
「くそっ……オイ貴様! 続きは後だ! 逃げるなよ!」
マクシードはそう吐き捨て、屋敷の裏に向かって駆け出した。
何だか面倒くさい事が起こったようだ。朱莉は大人しく部屋へ戻る事にした。
大人しく昼寝でもしていよう。コレほど優雅な生活は滅多に出来ないのだから。
しかし朱莉のそんな儚い思いは、部屋の前で出会ったマーサに打ち砕かれた。