Ⅴ BULLET
朱莉がオークレイ男爵邸に招かれた翌日。
「ふぅあ~~~~~……良く寝た」
久々に柔らかなベットで睡眠をとった朱莉が、大きな欠伸と共に体を起こす。
既に昼前。朱莉は窓から差し込む光に目を細めた。
「一応警戒してたが、必要なかったかな」
ココは言わば敵地。
地球人を恨む異世界人の、また高額のギャラを請求している相手の住居。
闇討ちも有り得ると警戒はしていたが、無駄だったようだ。
「オークレイ家は貴族様らしいプライドをお持ちなようだ」
討ち取るのならば正々堂々決闘で。過去に朱莉も、そんな異世界人と命のやり取りをした事がある。
何とも非効率だとは思う。しかし戦場に命を預ける者として、朱莉にも理解できる部分はあった。
「そろそろ昼メシかな」
朱莉が腕時計を確認しながらベットから降りると、計ったかのように部屋の扉がノックされた。
「お客様、お着替えをお持ちしました」
「あ~こりゃどうも」
朱莉が枕元の愛銃を後ろ手に構え、歩み寄った扉をユックリと開ける。
「お早うございます、お着替えの方は……」
着替えを手にしたメイドが驚き、顔を赤らめる
扉を開けて現れた朱莉が、一糸纏わぬ全裸だったからだ。
「し、失礼致しました!」
「いやいやお構いなく、あっ着替えってそれ?」
「は、はい! お客様からお預かりした衣類は洗濯中ですので、代わりの物をお持ちしました!」
「そりゃどうも」
朱莉は空いた手で着替えを受け取る。
「それと、30分後には昼食をご用意いたしますので、宜しければ朱莉様も食堂にと、マーサ様からのご伝言です」
「はいはい、後で行くって言っておいて」
「畏まりました……」
それだけ言うと、メイドは最後まで朱莉と目を合わせる事無く去って行った。
「なかなか可愛かったな……報酬が足りなかったら、あの娘に夜の相手でもして貰うか」
朱莉は不穏なセリフを呟きながらベットに戻り、受け取った着替えを広げる。
「これは……ベストかな?」
着替えに用意されたのは、白いブラウスと黒いベスト、そして黒いロングパンツだった。一応、女性用に仕立ててはあるらしいが、朱莉が着ると中性的になりそうだ。
「確かにスカート以外が良いとリクエストはしたけど、何時もより動きにくそうだなぁ」
朱莉は愚痴りながら衣服を手に取り、隅々まで確認する。
「一応罠の類は無し……と」
更に手にしたブラウスやベストを、折り曲げたり引っ張ったりしてみる。
見た目に反してかなりの伸縮性があり、生地も丈夫そうに感じた。恐らく、使われている生地も地球にない素材なのだろう。
「フリーザ様の戦闘服みたいなモンかな」
異世界人には理解不能な例えを呟き、朱莉は装備品と共に用意された一式を着込んでいった。
足元がミリタリーブーツの為、ややアンバランスではあるが致し方ない。
やがて着替えを終え腕時計を確認すると、丁度良い頃合いになっている。
朱莉は、愛銃の弾倉を確認してから部屋を出た。
朱莉に用意された部屋は2階、屋敷中央の大階段を下りると、控えていたメイドに案内され食堂へ通される
「お早うございます、朱莉さん」
食堂に到着した途端、マーサが朱莉に声を掛ける。
「お早うさん、ってもう昼だけどな」
オークレイ家の食堂は、貴族の屋敷としては質素に見える。しかし掃除等は隅々まで行き届いているようで、清潔感は抜群。ある意味で、生活感が感じられない程だった。
純白のテーブルクロスが敷かれた食卓には、既にマーサ、ガルズ、マクシードが席に着いている。
当然マーサ以外の挨拶は無く、マクシード等は恨みがましい目で朱莉を睨んでいた。
「地球人には、朝起きると言う習慣が無いらしいな」
「いやいや、お宅のシーツが上等過ぎてね。真っ裸で肌触りを堪能してたら、気持ち良過ぎて寝過ごしちまったよ」
朱莉の返しに想像力が働いたのか、マクシードが一瞬で顔を真っ赤にする。
「ふ、不埒者め! 貴様には淑女の嗜みと言う物がないのか!」
「おっ何だエロガキ、何を想像してんだ?」
「エッ!? な、何も想像などしてない! 勝手な事を申すな!」
「実物が見たけりゃ今夜部屋に来いよ。勿論、金は取るがな」
「き、貴様!」
からかう朱莉にマクシードが喰ってかかろうとしたその時、ガルズがドンっとテーブルに拳を振り下ろす。
「マクシード、その辺にしておきなさい」
「は、申し訳ございません父上……」
「朱莉殿も、ココは食事を楽しむ場だ。場違いな会話は控えて貰おう」
「へいへい、失礼しました」
反省する素振りも無く、朱莉はマーサの隣に座る。
「朱莉さん、あまり弟をからかわないでください」
「悪いな、売られたケンカは買う主義でね」
悪びれる様子もない朱莉に、マーサはやれやれと肩を落とした。
暫くすると、朱莉達の前に次々と料理が運ばれる。
素朴な素材を用いているが、どれもこれも技巧を凝らした調理がなされ、見た目も味も三ツ星レストラン級。
朱莉は最低限のテーブルマナーを守りつつ、フルコースに舌鼓を打った。
「ふぅ~……食った食った、流石貴族様は良いモノ食ってんな」
デザートを食べ終えた朱莉が、満足そうにお腹をさする。
「朱莉さんのお口に合ったようで何よりです。それで、報酬の件ですが……」
マーサが手にしたティーカップをソーサーに置き、朱莉に向き直る。
「そちらの貨幣価値で100万円分の金貨をご用意しました。残りは貴金属でお支払いする予定ですが、用意するまでもう少しお時間を頂けますか?」
「構わねぇよ、今は他に受けてる依頼も無いし」
「ありがとうございます」
「いやいや、こんな上手い飯が食えるなら願ったり叶ったりさ」
「ふふ、今夜のディナーも腕を振るうようシェフに伝えておきます。ところで朱莉さん、午後のご予定は?」
「特にないな、部屋で銃のメンテでもしておくつもりだ」
「では、必要な物があればメイドにお申し付けください。私も自室におりますので、何かございましたら」
「ああ、頼りにさせて貰うよ」
食後の紅茶を一気に飲み干し、朱莉は食堂を後にした。