Ⅻ BULLET
見誤った。キオウは口内に広がる血を吐き捨て、構えを取る。
キオウにも決して余裕は無い。
今夜は風が強く、人の声も銃声も住宅街へ届く前に掻き消されてしまう。朱莉が万が一住宅街へ向かおうものなら、避難していない住民に被害が及ぶ可能性もあるのだ。
この場で仕留めなければならない。
そして先程受けた左腕の傷。
弾が貫通している為、動かす事は出来るが確実に剣速は落ちる。当てるにも一工夫必要だろう。
「全く面倒な地球人だ」
「そりゃ、お互い様だろう」
二人は会話をしながら呼吸を整える。互いに余裕は無い、だからこそ次の攻防が勝負の分かれ目になる。二人は理解していた。
「だが翼竜戦を見て思った。貴様が兵に志願すれば、ワシも少しは楽が出来そうだとな」
「……冗談だろ?」
二人は見つめ合い、共に笑った。
恐らく、二人にしか分からない感情だろう。命の駆け引きを行いながら、不思議と充実している。
それは、二人が共に戦場でしか生きられない存在だからなのかも知れない。
「……誰に頼まれた?」
「言うと思うか?」
「それもそうだ……な!」
言うが早いか、呼吸を整え終えたキオウが右腕を払う。
「っ!?」
何かが高速で朱莉に向かってきた。
月明かりを僅かに反射したそれを、朱莉はナイフで叩き落とす。
それがスローイングナイフだと確認出来た時、既にキオウは朱莉に向かって飛び込んでいた。
相手が接近戦をこなせても関係ない、キオウが勝ちを得るには飛び込むしかなかった。
そして今度のキオウは、一直線に朱莉へ飛び込んでいく。
躱す気すら感じられない、まさしく特攻。
故に生まれた一瞬の躊躇。
朱莉はキオウの胸部に向かい、2度トリガーを引いた。
キオウはそれを読んでいたかのように、長剣を胸の前に抱えていた。
朱莉の弾丸が、鋼の長剣に弾かれる。
キオウは知っていた。朱莉に胸部を狙う傾向がある事を。そして己の剣なら朱莉の銃弾を弾く事が出来ると。
そしてキオウには覚悟が有った。即死でさえなければ、例え相打ちでも朱莉を斬る覚悟が。
「チィッ! ダッセェ!!」
相手の思惑にハマったと知り、朱莉が舌打ちをする。
普段の朱莉なら、弾を散らしている筈だった。
しかし、弾数に限りがある中で迎えた絶好のチャンス。更にスローイングナイフの対処で思考時間を削られた事で、朱莉は最もベターな選択肢を選ばされた。それゆえに、キオウの狙いにハマってしまった。
残り1発。
「くそが!」
朱莉が再び照準を合わせようとする。だが、そこは既にキオウの間合い。
キオウが素早く剣を振ると、切っ先がリボルバーの銃身を捉える。
「はあぁ!」
長剣を銃身が激突し、キオウは切っ先を上空へ振り上げた。
金属のこすれ合う硬質な異音が響き、発砲音と共にリボルバーが朱莉の手から弾かれる。
朱莉の愛銃が、高々と空に舞い上がった。
「ジジイ!」
朱莉が逆の手でサバイバルナイフを振り下ろす。
キオウは銃弾を受けた左腕を気合で操り、ナイフを掌で受け止めた。
鋭利な刃がキオウの掌を貫通する。キオウは、そのままナイフと一緒に朱莉の手を力強く掴んだ。
町に入る際に確認している。最早、朱莉に武器は無い。
例え反撃が来ても徒手空拳の攻撃なら即死は無い、その間に殺せる。
「最後だ!」
キオウが長剣を高々と振り上げた。
同時に、朱莉は右手をキオウに向けた。
その手には、キオウには見覚えのない銀色の鋼の塊。
リボルバーよりも小型な、掌よりも小さな拳銃。
例えば、そう、ブーツの中にでも隠せそうな位に小さな小銃だった。
「手の内を全部晒す訳ねぇだろ」
「おぉおおおおお!!!」
キオウが長剣を振り下ろす前に、朱莉がトリガーを引く。
爆竹を思わせる乾いた破裂音が響き、キオウが体を仰け反らせた。
「正々堂々じゃなくて悪かったな」
朱莉がナイフを掴んだキオウの手を振り払うと、キオウの体は風になびく草原の上に崩れ落ちた。