Ⅺ BULLET
今夜は風が強い。一人正門の詰め所に残った老兵キオウは、報告書を書きながら窓の外を見た。
月明かりに照らされた草木が、風に吹かれて激しく揺れている。屋内でも風の音はハッキリと聞こえ、住民が寝付けやしないんじゃないかと少しだけ心配になった。
コレほど騒がしい夜は久しぶりだ。キオウは、何気なく長年勤めてきた兵士としての人生を振り返った。
自分が門を護る様になってから、どれほどの月日が経っただろう。
迫りくる魔物や他国の兵を相手に戦い、小柄な体に無数の傷跡を刻みつけながら、この町を護って来た。
町ごと地球に転移して以降は特に激しく、年齢もあって体にガタが来ている事実は否めない。
しかし、まだ引退する訳にはいかない。少なくとも、自分の代わりとなる者が現れない限り。この町を、オークレイ家を護るのは自分なのだ。
嘗てはオークレイ家に仕えていた事もあった。キオウにとって現領主は息子、マーサやマクシードは孫の様な存在。
マーサには高い知性がある、いずれ政治面で手腕を発揮する事だろう。マクシードは剣。やがて自分を超え、町を護る要になってくれるはずだ。
二人が一人前になるまで、自分が護らなければ……。
「……ん?」
その時、少しだけ風の音が変わった気がした。
キオウは相棒である長剣を腰から下げ、詰め所から外へ出た。
吹きすさぶ風の音や、草木が擦れ合う音の中に、確かにそれは聞こえた。いや、感じた。
キオウは剣を抜き、まだ微かに残る町明かり向かって構えた。
「ホント、バケモンだな」
闇の中から、その声は聞こえた。
キオウが目を凝らすと、月明かりの下に人影が浮かび上がる。それは、キオウにも見覚えのあるシルエットだった。
「この距離で気付かれたのは初めてだ」
「何をしに来た、狂犬……」
現れたのはマーサが連れてきた地球人。朱莉だった。
朱莉は月明かりをバックに、キオウへと歩み寄ってくる。
「何しにって、仕事さ」
「ほう、こんな夜中に熱心じゃな」
朱莉が足を止める、キオウまでの距離は約20m。
「……ああ、全く面倒な話だ」
朱莉がファストドロウを思わせる速度でリボルバーを抜き、キオウに向けてトリガーを引いた。
発砲音と同時にキオウが横に飛び、時速1500kmを超える銃弾を躱す。
更にキオウは大地を蹴り、朱莉に向かって突進した。
その速度は、人間の運動能力を遥かに超えている。またその動きは、朱莉が庭先で対峙したマクシードの動きに似ていた。
当然だ、朱莉が知るべくもないが、マクシードに剣を教えたのはキオウなのだから。
「ふんっ!」
瞬く間に間合いを詰めたキオウが長剣を真横に薙ぐと、朱莉は左手に握っていたサバイバルナイフでキオウの剣を受けた。
「くっそ!」
朱莉は左手に激しい痺れを感じる。動きはマクシードに似ているが、スピードもパワーも桁違いだ。
朱莉は体勢を崩しかけながら、右手の銃口をキオウに向ける。
しかしキオウは更に踏み込み、銃口を掻い潜ると、朱莉の腹部に肘を打ち込んだ。
「ぐぅっ!」
息が止まる程の衝撃。朱莉は自ら後方に飛び、何とか威力を和らげる。
朱莉が更に下がり、再び両者の間に距離が生まれた。その距離は先程とほぼ同じ。二人は互いに武器を構えたまま睨み合う。
強風が二人の間を吹き抜けていった。
「どうした、撃たんのか?」
「このヤロウ……」
もうこの距離では当たらない。それは両者ともに分かっている。朱莉としては無駄な弾は撃てない、なぜなら……。
「知っておるぞ、その銃は一度に6発の弾しか込められん。そしてワシは、弾込めの隙を見逃さん」
「全部分かってんのに、わざわざ聞くんじゃねぇよ」
強敵である事は朱莉にも分かっていた。朱莉は瞬時に銃のリロードが可能だが、その一瞬の隙が、キオウ相手には命取りになる。
残り5発。無駄には出来ない。
「分かっておる事は、もう一つあるぞ」
キオウが腰を僅かに沈み込ませると、神速の如きスピードで朱莉に迫る。
しかもキオウは不規則に左右へとステップを踏み、朱莉に照準を合わせさせない。
「ホントに猛獣だな!」
キオウは瞬く間に朱莉の懐に飛び込んだ。
「もう一つの事実、貴様は接近戦でワシには勝てん」
再びキオウが長剣を薙ぐ。
朱莉はナイフで防ぐが、そのまま体ごと後方へ弾き飛ばされる。
チャンスだ。キオウは右腕に力を込めると、朱莉に向かい鋭い突きを見舞った。
たたらを踏んでバランスを崩している朱莉。当たる、キオウは確信した。
しかし、朱莉は軟体動物の様に全身をくねらせ、キオウの一撃をするりと躱す。
「なに!」
一瞬虚を突かれ動きの止まるキオウに、朱莉は2発の銃弾を撃ち込んだ。
キオウは咄嗟に剣のブレード(刀身)を盾代わりに構える。幅広い西洋剣のブレードが1発は弾き返すが、もう1発は左腕を貫通した。
「ちっ!」
キオウは痛みを振り払い、朱莉との距離を詰める。
片腕が使えなくとも接近戦なら。キオウは踏み込みながら剣を構えた。
しかしキオウの予測したシチュエーションとは異なり、朱莉が自ら踏み込んできた。
「なんとっ!?」
鋭く繰り出されたナイフの一撃に、今度はキオウが受け手に回る。
さらに朱莉は右足を振り上げ、キオウの顔面に回し蹴りを叩きつけた。
「ぐぉお!」
細身の体格に似合わぬ、体重の乗った重い一撃。
その衝撃を受け、先程とは逆にキオウが下がった。
三度距離が出来、朱莉が銃口をキオウに向ける。
「誰が接近戦じゃ勝てないって?」