Ⅰ BULLET
銃ってかっこいいですよね。
昔から「銃vs○○」は様々な物語で登場する訳ですが、個人的に大好きなシチュエーションです。
好きだから書いた、そんな感じでございます。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
町の中央にそびえる、うらぶれた巨大な廃ビル。
かつて世のセレブ達が己の富を誇示し、我が世の春を謳歌していたであろう大広間も、今は害虫と害獣の大型シェアハウス。
薄明りの中、朽ち果てたテーブルの隙間から黒い物体が姿を見せる。
彼女はその物体を拳で叩き殺し、同じ手で携帯食料を口に運ぶ。
黒髪のショートボブ、ヘソの出た黒いクロップドTシャツに迷彩柄のロングパンツ、足元はミリタリーブーツという出で立ち。
およそセレブとは縁遠いであろう妙齢の彼女は、口にした干し肉を吐き出し、盛大な舌打ちを鳴らした。
「腐ってやがる……燻製ってのは保存食じゃねぇのかよ」
彼女は残った干し肉を投げ捨て、仰向けに倒れ込んだ。
「ガセだったか……しっかし、マジで腹減ったなぁ……」
彼女の名は朱莉。
とある筋から金になりそうな情報を得て、廃ビルに張り込んでから随分経つ。
手持ちの食糧は底をつき、もう数日は食事をしていない。最低限の飲料水は確保しているが、エネルギーの接種が不足すれば動きにも支障が出る。
「都会のネズミは美味くねぇし……って、贅沢も言ってられなくなってきたな」
喰える物は喰える時に食う。彼女のポリシーだが、好き嫌いが無い訳ではない。
ここ数日は、現場での食料探しも暗礁に乗り上げている。そろそろ覚悟を決めるべきか。
そんな事を考えていると……。
「……ん?」
階下から物音が聞こえた。人の声も。
朱莉は反射的に耳を床につけ、音を探る。
数は四人。明らかに争っている様子が感じ取れた。
「四人中、女が一人……か」
反射的に立ち上がり、階下へつながる階段を目指す。
「本命じゃねぇが、飛び込み依頼ゲットの予感……」
床に散らばった家具の残骸やガラスの破片を器用に避けながら、朱莉は階段を駆け下りる。
目を見張る速度でありながら足音は殆ど聞こえない。それは朱莉にとって、仕事をこなす為の必須の技術だった。
「いやぁあ! やめてぇー!!!」
階下に辿り着いた瞬間、女性の金切り声が聞こえる。
予想通り、一人の女性に対して三人の男性が覆いかぶさるように取り囲んでいた。
女性は長い金髪を振り乱しながら抵抗している。ワンピースのスカートがたくし上げられ、眩しい程に白く艶美な太腿をさらけ出していた。
対する男達は揃って大柄で、一人でも十分であろう体格差がありながら、三人がかりで女性を押え込んでいる。
「はははっ! こんな逃げ場の無い場所に来て何言ってんだ!」
「全くだ! お前も楽しみたかったんだろ!」
男達の下卑た笑いが響き渡る。
「じゃあ、これは和姦なのか?」
「ワカン? 何だよそれ?」
「合意の上かって事だよ」
「あーそうだよ! 合意の上合意の上!」
「ちがっ……違います! 嫌っ! 助けて! 誰か助けて!!」
「はっ! こんな所、誰も来やしない……」
会話の違和感に気付いた男達が、揃って同じ方向を見る。
生き物の気配すらなかったはずの場所に、黒髪の女性が立っていた。
「何だ、テメェは……」
男の一人が警戒心を露わに、朱莉を睨みつける。
しかしその警戒心は、すぐに邪まな感情で打ち消された。
身なりは決して上等と言えないが、その野性的ながらも整った顔と薄手のクロップドTシャツにより強調された胸部は、男の色情を刺激するに十分だった。
「ねぇちゃんも仲間になりたいのか?」
男の一人が囲いを離れ、朱莉へと歩み寄る。
だが朱莉は、押さえつけられた女性だけを見つめていた。
「助けてやろうか?」
「……え?」
期待が無かった訳ではないが、余りにもストレートな言葉に、組み伏せられた女性は気の抜けた声を上げてしまう。
「現金で100万、または相応の貴金属。それで手を打ってやる」
そのセリフに、朱莉の除く全員が動きを止める。
「3秒で決めろ。はい、さーん、にー……」
「ふざけるな!」
秒読みをする朱莉に、男の一人が襲い掛かる。
朱莉はその突進を躱すと、男の片腕を掴んで捩じり上げた。
「イテェエエ!!」
「邪魔すんなよ、3秒経っちまったじゃねぇか」
朱莉がそう吐き捨てると、もう一人の男が立ち上がる。
「焦んなよ、早過ぎる男は嫌われるぜ。立つのはアッチだけにしとけ」
「テメェ……」
「だから焦んなって。その女が承諾しなけりゃ、すぐにお暇するさ」
朱莉の淡々とした口ぶりは、まるで目の前の荒事が日常であるかの様だった。
「は……払います! 払うから助けて!」
女性には、その選択肢しかなかった。
「15秒過ぎたから150万だ」
ニヤリと笑みを浮かべた朱莉が、空いた手を男の首に回す。
次の瞬間、男の首元から噴水の様に赤黒い鮮血が噴出した。
「う……がぁ……」
男は僅かな呻き声を上げた後、全身を痙攣させながら崩れ落ちた。
朱莉は男の亡骸を踏み越え、立ち上がったもう一人に男へと飛び込む。その手には、短剣と呼べる程の大型のサバイバルナイフが握られていた。
「このヤロウ!」
「野郎じゃねぇよ」
大振りで拳を振るう男に対し、朱莉は低く身をかわすと同時に、手にしたナイフを男の脇腹に突き上げる。
「はぐぁあ!!」
ナイフは肋骨の隙間を潜り、その刃先は心臓に到達した。
朱莉は素早くナイフを引き抜く。ぐちゃりと言う不快な音と共に、男のわき腹から大量の血液が流れ出し、男はユックリと倒れ込んだ。
「きゃぁあ!」
目の前の惨劇に女性が悲鳴を上げる。残された最後の男は、押さえ込んでいた女性を羽交い絞めに変えると、その首元に小型のナイフを押し当てた。
「う、動くな! 動いたら……」
男が言い終わる前に、パンッと乾いた音が響いた。
朱莉の手には黒い武骨な鉄の塊。それはリバルバーと呼ばれる回転式拳銃。
回転するシリンダー内に銃弾を装填し、連続発砲を可能にした一般にもポピュラーな拳銃だ。
銃口とシリンダーから立ち昇る硝煙が、吹き抜ける風に掻き消される。
やがて男は全身の力を抜き、そのまま背後に倒れ込んだ。その額に開いた小さな穴から、ボコボコと赤黒い血が噴き出している。
「ちっ、余計な弾使わせやがって」
朱莉は苦々しく吐き捨て、リボルバーを腰の後ろに装着したホルダーへ収納した。
「おい、ねぇちゃん。怪我は無いか?」
「……あ、はい……」
女性は怯えた表情で答える。
一瞬で三人の男達が命を奪われ、自分が助けられたという事実。
女性は安堵感よりも、より大きな驚きと僅かな畏怖を感じていた。
「そんじゃ報酬を……つっても流石に200万の手持ちは無いだろうし、家まで送ってやるよ」
「え? 確か100……いえ150万円だって……」
「弾を使った分の必要経費だな、上積み分は分割でも良いぞ」
朱莉がニッコリと微笑む。
「さ、手を貸してやるよ。安心しろ、コレはサービスだから」
差し出された手を取りながら、金髪の女性は不安そうに眉をひそめた。