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4.神楽坂昇太の本質

 暗い部屋で二人、沈黙を貫く。

 人が変わってしまったような彼の態度に、私は驚きを隠せずにいた。

 今まで見ていた明るい笑顔なんかじゃない。醜く歪んだ狂気の顔。

 私は恐怖に身を震わせ、ただじっと神楽坂を見ている。

 彼はふんと鼻を鳴らして、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。


「なんだよ、その面。そんなに意外だったか?」


 当たり前だ。こんな神楽坂の顔、私は知らない。

 きっと私だけじゃない。彼と仲の良かったクラスメイトも、もしかすると恋人だった鈴沢でさえも知らないかもしれない。


 だけど、はっきりとわかる。これが彼の本性だ。

 神楽坂昇太は、優しくて明るい男の子なんかじゃない。

 常に周囲に敵意を抱き、殺意を膨らませ、それらを押し殺して生きてきたんだ。

 これが彼の本質。優しい外皮の内側にとんだ魔物が棲み着いていたものだ。


「無視してねえで答えろよ。陰キャは会話もできねえのか?」


 先程までとは打って変わって、人格を否定するような刺々しい態度。

 私は恐怖に苛まれつつ、なんとか声を絞り出した。


「そ、それがあんたの本心?」

「ああ。俺はどいつもこいつも大嫌いだった」


 彼はそれまで溜め込んできた思いの丈をぶちまけるように、どす黒い感情を吐き出した。


「俺にできることが他のやつにはできない。どいつもこいつも俺の思い通りでつまらねえ。幸哉は必死に勉強してたが、俺は一日もあればあいつが覚えたことは全部覚えられた。笹倉はバスケ部でスタメン取るために努力してたが、どれほど頑張っても俺より弱かった。真依子は人と上手く話すために流行り物を調べたり本を読み込んでいたが、俺は何もしなくても人と上手く付き合えた。悠は淑やかで男を知らない女だったが、俺が手回しするだけで簡単に落ちた」


 いとも簡単に友人や恋人を罵倒する神楽坂は、それまでの彼とは似ても似つかない。

 そんな言葉が神楽坂の口から出てくるなんて思わなかった。彼がそんなことを考えながらあんな笑顔を振りまいていたことがおぞましい。

 私は肯定も否定もできず、彼の話を聞いていることしかできなかった。


「あいつらだけじゃねえ。どいつもこいつもくだらねえ。バカばっかだ。ほんと、呆れるほどムカつくぜ。だが……」


 彼は急に私との距離を詰めた。

 その分だけ、手の感触を頼りに後ずさる。狭いベッドの上では、すぐに壁に背が当たる。

 それでも彼は止まることなくベッドの上に乗り込んで、吐息がかかりそうなほど顔を近付けた。


「お前だけは違う。お前は、俺にないものを持っている」


 ただでさえ彼の変貌ぶりに頭が追いつかないのに、突然詰め寄られてそんなことを言われても飲み込めない。喉やら頭やらに異物が詰まりすぎて吐きそうだ。


「わ、わけわかんない」

「お前だけは俺の思い通りにならねえ。俺が干渉しても自分の意志をはっきりと残してやがる。だから、お前にだけは俺も本音で話してやることにした」

「ず、随分上から目線ね」

「お前には言われたくねえな」


 彼はそう言ってケタケタと笑った。

 ほんの少しだけ以前の神楽坂に見えて安堵してしまう。

 そこまで言って満足したのか、彼は私から離れてベッドの縁に腰をかけた。ここに座れと言わんばかりにすぐ隣を指で叩く。

 私は距離を置いて、彼の指示通りに座った。


「改めて話してやるからしっかり聞け」


 恐怖に支配された私は、否定という選択肢を失ってこくこくと頷いた。

 横目でそれを確認した彼は、ぽつりぽつりと話し始めた。


「俺が人を嫌いになったのは、もう遠い昔のことだ。俺は昔から何でもできた。運動、勉強、コミュニケーション。やろうと思えば何でもこなせる。誰よりも上手くやれる。昔はそれでよかった。優越感があったし、頼られることが嬉しくもあった」


 そんな彼は、中学生の頃から変わってしまった。

 自分にできることが他の人にはできない。その現実が彼を苦しめた。

 頼りは縋りに変わり、彼が人のために動くのが当たり前。彼は彼で、関係を壊さないように期待に応え続けるしかなかった。


 だけど、中学生にもなれば余計な感情が芽生えくる。

 何でもできて、誰にでも頼られる彼は、嫉妬の対象になった。

 特に、女子にモテることで男子からは距離を置かれ始めた。時にはいじめに近いことまで。


 それでも彼は心が強過ぎた。ううん、そのキャラクターを守ることに固執していたんだ。

 いじめてきた相手すら許し、自身のテリトリーに招き入れてしまう。その優しさとコミュニケーション能力で、簡単に打ち解けてしまう。

 自分の本心を押し殺して。嫌なことを全部我慢して。

 彼に敵対する人はいなくなったけど、その分だけ彼は苦しみを一人で抱えることになった。

 同級生だけじゃない。親の期待。先生の信頼。年端もいかない少年がそれら全てを一人で背負って生きてきた。


 だけど、一端の中学生がそんな生活を耐え続けられるはずもない。

 彼の心はいつの間にか壊れてしまった。

 本性を隠し続けることが当たり前になっていた。作り上げたキャラクターに飲み込まれてしまった。

 そうして出来上がったのが、あの神楽坂昇太だ。

 本性を隠し続けた神楽坂は、いつの間にか本性を見失っていた。



「とまあ、そんなところだ」


 一頻り話し終えた神楽坂は、立ち上がって背中を伸ばした。

 どこか満足したような仕草。彼はきっと、この悩みを吐き出す場所を探していた。

 それが今、ようやく達成された。そんな様子だ。


 彼はそれで満足したのかもしれないけど、私にはまだ引っかかることがあった。


「その……結局あんたが何をしたいのかわからないんだけど」


 神楽坂の本心はわかった。酷く苦しみながらも一人で足掻いていたことは痛いほど伝わった。

 でも彼は言っていた。幼馴染や友達、恋人でさえも殺したいと思っていた、と。


「それがわからねえ。俺は、確かにあいつらが嫌いだった。ウザかった。ずっとイライラしてた。だが、それがいつ殺意に変わったのかがわからねえ」


 そう言って振り返った彼は、また仮面を被っていた。

 先程までの話がなかったかのように、にこりと優しい笑顔を向けていた。


「真依子は俺を支えようと、ずっと傍にいてくれた。幸哉と笹倉はいじめにいち早く気付き、それを止めようとしてくれた。悠は心の底から俺を愛し、どんな俺でも受け入れようとしてくれた」

「良いやつらじゃん」

「そうだな。だからわからねえ。俺はどうしてあいつらを殺そうとしていたのか。どうして俺が殺されたのか。その理由が知りたい」

「知ってどうするの?」

「さあな。その時考えるさ」


 彼は私と向き合うように屈んだ。


「それで、手伝うのか? 手伝わないのか?」

「断ったら……どうなるの?」

「別にどうもしねえよ。出来ねえしな」


 それもそう、か。

 自分で解決できるなら、わざわざ私に本心をさらけ出す必要がない。

 幽霊のことはよくわからないけど、直接的に手を下すようなことはできないのだろう。

 だったら断っても──


「まあ、方法が見つかれば、その限りじゃないけどな」


 私の油断を囲い潰すように彼は口角を上げる。

 ここまで聞いておいて、今まで通り過ごせると思うな。そう言っているように見えた。


「今度は脅し?」

「そうだな。俺は聖人じゃねえ。お前を殺すことに躊躇いなんかねえよ」

「あんた、最低だね」

「言ってろ。それで、返答は?」

「……断らせる気なんてないくせに」

「わかってんじゃねえか」


 ここで断ったとしても、彼は私が首を縦に振るまで付きまとうだろう。

 彼にはそれしかないから。頼れるのは私だけ。だからこうして本音で全てを話してくれた、話すしかなかったんだ。


 ただ、不思議と私も断る気にはなれなかった。

 彼は、どこか私に似ている気がした。

 ずっと誰かに好かれ頼られていた彼と、ずっとひとりぼっちだった私。傍から見れば似ても似つかない。

 だけど、私たちは似ている。私がそう思っただけかもしれないけど。


「いいよ、手伝う」

「だろうな」

「でも、二つだけ約束して。私はあんたの復讐には付き合わない。あくまで、あんたの記憶を取り戻すだけ。あんたを殺した犯人を見つけるまでの手伝いだから」

「……もう一つは?」

「あんたの願いを叶えたら、今度は私の願いを叶えて」

「天谷の願い?」


 彼は首を傾げたが、私はまだ話すつもりはない。


「それはいずれ、ね」

「約束を守る保証はねえよ」

「わかってる。でも、約束するって言って」


 口約束なんて果たされる保証はない。そんなことは知っている。

 それでも、彼は一度言ったことは貫き通す。私の知っている彼ならそうする。

 その確信があったから、私は彼からその一言を引き出そうとした。


 彼もわかっているはずだ。

 だから、一瞬きゅっと口を噤んだ。

 だけど、すぐに諦めたようにその口を緩める。


「わかった。それでいい」


 ぶっきらぼうながらも確かにそう答えたことに満足し、私は握手を求めて手を差し出す。


「何のつもりだ?」

「約束の印。これで私たちは協力関係だから、せめてもの挨拶をね」

「あのなぁ……。俺は人に触れねえんだよ。わかってんだろ」

「まあ、真似事でもいいから」


 私が笑って見せると、神楽坂は不服そうではありながら、私の手を握るようにそっと右手を合わせた。

 その手が交わることはないけれど、そこには確かに温もりのようなものを感じた。

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