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3.死者より殺意をこめて

 いつからこうなったんだっけ。

 頭を強く打ったせいか、生前のことはよく思い出せない。

 幼馴染の真依子。中学から一緒だった幸哉と笹倉。高校に入って付き合い始めた悠。

 思い出は確かに存在しているのに、その原因だけが思い出せない。

 理由のない殺意だけがしっかりと心に刻まれたまま、行く宛てもなく宙ぶらりんになっている。

 

 交通事故に見せかけて殺された俺は、真っ先に情報を集めた。

 死んだ後、人はどうなるのか。未練とは何を指しているのか。俺にとっての未練とは何なのか。死んだ体で何が出来るのか。

 死んだ後、俺に残された猶予はどれ程なのか。

 未練とは、恨みや憎しみも含まれるものなのか。

 俺にとっての未練とは、この殺意を満たすことなのか。

 俺はこの死んだ体で、あいつらに復讐ができるのか。

 それらの疑問を解決する術を探し続けた。


 時には嘘をついて。時には見ず知らずのおっさんを脅して。

 目的のためには手段は選ばない。既に死んでいる俺にとって、罪なんてちんけなもんはなんら問題にならない。

 酷な話だよな。善良な一般市民は未練を晴らさなければ成仏できない。逃げ道なんてない。

 だから、死んでもなお、咎人の芽が出ていた俺に死よりも残酷な目に遭わされる。

 恨むなら、俺が善良な人間として生きてきたことを、そんな俺の本質を見抜けずに善良だと判断した神を恨むんだな。


 情報を集めた俺は、早速この殺意を晴らす方法を探した。

 生者と会話をして、生前のように肩を叩いて、俺をあいつらに認識させるために動いた。

 だけど、それらは全て失敗に終わった。死んだ人間は生者には触れられない。それどころか、生者の世界に存在する物体にも触れられない。

 ポルターガイストなんてデタラメだったんだな。まあ、念能力なんてファンタジーな力が使えるなら話は別だけど。少なくとも俺には、その才能はなかった。


 直接的な殺害を諦めた俺は、この殺意の出処を探すことにした。

 クラスメイト全員の顔を見て、何か思い出せないかと模索した。思い出せる限りの思い出を語ってみた。

 そこでわかったんだが、どうやら俺は、自分が思っているよりも良い人が染み付いているらしい。

 恨みつらみをぶつけてやるはずが、ただの思い出話になっちまった。そんなどうでもいいこと、語るつもりはなかったのに。


 だけど、収穫もあった。

 クラスメイト一人ひとりに話しかけている時、明らかに挙動がおかしいやつがいた。

 天谷紫音。俺の斜め後ろの女子生徒だ。

 そいつは俺の動きを目で追って、俺に見られるとすぐに目を逸らした。

 その可能性にはすぐに至った。こいつは、俺の姿が見えているんじゃないか?と。


 その可能性は確信に変わった。悠に話しかけた時だ。

 悠にどうして俺を殺したのかと問うた時、そいつは明らかに動揺していた。

 俺から姿が見えないからと安心していたんだろうが、ガタガタと机が鳴り、布が擦れる音が頻繁に聞こえた。見るまでもなく狼狽えてたな、あれは。

 演技が下手すぎて笑っちまったよ。


 放課後、俺は校門で天谷を待ち構えた。

 俺がそこに立っているのを目の当たりにした時のあいつの顔が見たかった。ちょっとした悪ふざけだ。

 そしたらあいつ、まな板の上の鮮魚かってくらい視線をバタバタと動かして、俺を避けるように逃げやがった。

 すぐにとどめを刺すのは惜しいと思って、俺も気付かないふりを貫いてやった。せっかく挨拶してやったのに無視されたのはムカついたけどな。


 そして俺は、ネタばらしをすることにした。

 一番安心している状況で現れりゃ卒倒する姿が見れると思った。

 まあ、帰るや否や、ベッドに倒れてそのまま寝ちまったけどな。


 天谷が寝ている間の数時間、俺は天谷の部屋を物色した。

 これから俺の手足となって働くやつのことを深く知っておくに越したことはない。

 正直、天谷のことはよく知らない。たまに話しかけたなって程度だ。顔もスタイルも良いんだが、一人を好むような陰キャはあんま好きじゃなかったから、ワンチャン惚れればラッキーって程度にしか思ってなかった。刑務所かよってくらいセキュリティが厳重で、全くその片鱗もなかったけど。


 部屋も陰キャのそれだった。娯楽もなにもない。そもそもものが少ない。ミニマリストってやつだ。

 俺を信頼させられるような情報のひとつも見つからず、部屋の物色はすぐに飽きた。


 暇つぶしがてら、天谷を観察してみた。

 やっぱ顔もスタイルも抜群に良い。可愛い系の悠とは別ベクトルで美人。スタイルは悠よりもよかった。

 体の関係だけならアリだったな。なんてありえないことを妄想しながら、天谷が俺に協力する方法を考えた。


 だけど、頭の悪い俺には思いつかなかった。良いやつだとしっかり認識させる。誠実で優しいやつだと思い込ませる。俺に出来るのはそれだけだった。


 部屋の隅でぼーっと時間を潰していると、天谷が目を覚ました。

 起きている気配はあるが、動かない。うなされていたし、何か良くない夢でも見たんだろう。幽霊が見えるようになったきっかけか。人と関わらなくなった原因か。大方その辺のつまらない夢だろう。


 このまま黙って観察していようと思った矢先、天谷が俺の名前を呟いた。

 ここだ、と思った。


「呼んだか?」


 その後は傑作だったな。

 天谷は臆病な猫みてえに飛び跳ねて、部屋の隅まで逃げて行った。ビクビクと体を強ばらせ、必死に俺を探していた。

 想定とは違ったが、これはこれで面白いネタばらしになった。

 にしてもあの怯えよう、幽霊が見えるくせに幽霊が怖いのか? 変なやつだ。見えてるなら生者も死者も同じだろうに。むしろ、実害があるだけ生者の方が余程怖い。


 さて、と。

 俺は部屋の中央まで移動した。この体の扱いにも慣れたもんだ。最初のうちはなんかこう、ふわふわと浮遊感が体を包み込んでる気がして落ち着かなかったんだよな。

 でも今じゃある程度自由に動かせる。まあ、そうなったところで何が出来るってわけじゃないけど。


「いやー、突然押しかけて悪かった。随分うなされてたけど、悪い夢でも見たか?」


 俺はいつもの調子で明るく振舞った。

 ビビってんなら余計な刺激は与えない方がいい。敵意はない、害はないとアピールするだけでいい。あとは心配する素振りでもしてやれば、人間なんて簡単に心を許す。

 生前もそうやって生きていた。俺には人の心を開くセンスがあった。勉強はできても、人を見る目はないバカばっかで心底うんざりしたもんだ。

 天谷はその場から動かず、俺をキッと睨みつけていた。


「な、なんであんたがここに……」


 無視かよ、ムカつくな。

 質問してんのはこっちだろ。質問に質問で返すんじゃねえよ。会話すらできねえのかよ、この女は。

 ……まあいい。それだけ余裕がないってことだろう。

 考える隙を与えるのも面倒だ。さっさと丸め込んで、上手いこと誘導してやろう。


「ちょっと話があってな。幽霊って結構便利なんだよなぁ。鍵かかってても普通に窓から入れたし。あ、寝てる間に変なことはしてないからな?」

「そういう問題じゃ……」


 適当な会話をしながら、天谷の警戒を解こうと試みる。

 手馴れた作り笑顔を浮かべ、冗談っぽく振る舞う。


「やっぱ見えてるんだな」

「……見えてない」

「嘘つけ!」


 ああ、やっぱ退屈だな。

 こういう、意味のない会話は生前から大嫌いだった。

 昨日何をしたとか、テレビ番組の内容がどうだったとか、宿題をやったやってないとか、死ぬほどどうでもよくて退屈だった。

 死んでもそんなつまらないことをしなきゃならないのは億劫だ。さっさと本題に入りたい。


 そうは思っても、染み付いた癖が消えることはない。人の目を見るだけで自然と笑顔になる。思考を介さずとも言葉が口から出てくる。

 それが酷く不愉快だった。


「どうして気付いたの?」


 天谷は改まってそんなことを尋ねた。

 バカにしてんのか。あれでバレないと思う方がどうかしてる。


「どうしてって、バレバレだったぜ? 今日の天谷の挙動、明らかにおかしかったし」

「……そんなに酷かった?」

「そりゃもう。元々人を避けてるような雰囲気はあったけど、あれは度を越してたな。挙動不審って言うか、もはや不審者? なんならちょっと泣いてたし」

「わかった、もういい」


 くそ、なんなんだこいつ。面倒臭い女だな。

 自分から聞いておいて話を切るなよ。普段から人と話さねえから常識ってもんも身に付いちゃいない。これだから陰キャはイライラするんだ。


「それで、何の用?」


 天谷は恥ずかしさからか、話を切り替える。

 ようやくだ。これ以上相手をしているとこいつまで殺してしまうところだった。


 俺は深刻な表情を作って見せた。本気で悩んでいるとアピールするためだ。


「教室での話、聞いてたよな?」


 本題を切り出してくれたとはいえ、俺に対する警戒を解いたようには見えない。

 少し遠回しに切り崩しつつ、手伝うしかない状況まで運んでやる。


「聞いてた」

「だったら話は早いな」


 俺は一息置いて、懇願するように弱った声を作る。


「俺の手伝いをしてほしい」

「嫌」


 は? 誰にそんな口効いてんだクソ女。

 思わず口から出そうになったその言葉をなんとか飲み込む。まさかこんなにも早く断るとは思わなかった。しかも即答。

 陰キャってのはもっとこう、長いものに巻かれるっていうか、権力には屈するっていうか、陽キャには逆らえないもんだと思っていた。


「頼む。天谷にしか頼めないんだ」


 ボロッカスに吐き出したい鬱憤を抑え込み、必死に頭を下げる。ここは我慢だ。

 どうせ、俺一人じゃ何も出来ない。ムカつくが、俺はこいつに頼るしかない。

 下手に出るしかない現状にさらに苛立ちが募る。


「理由、教えてよ。それで、気が変わるかも」


 ぶん殴ってやりたい。何で上から目線なんだよ、クソが。

 教室での話聞いてたなら理由もわかってんだろ。それ以上に何が知りたいってんだ。意味わかんねえ。


「俺は、悠に殺されたと思ってるんだ」

「それは知ってる。聞いてたし」

「だけど、別に悠を恨むつもりはない。俺が何か悪いことをしたなら仕方ないことだと思うし、悠が元々俺を殺したいと思ってたとしても、俺はそれを受け入れるつもりだ」

「それもまあ……わかってる。それで、神楽坂は何がしたいの? 私に何を手伝ってほしいの?」


 ああもう、まどろっこしい。

 全部ぶっちゃけるか? いや、それでこいつが手伝うとは到底思えない。

 俺はあくまで、優しくて他人想いな神楽坂昇太を演じなきゃならない。

 その上で、俺が殺された原因を突き止め、あいつらを殺すよう仕向けなきゃならねえ。

 クソ、面倒臭え。


「俺は知りたいんだ。本当に悠が俺を殺したのか。そうだったとしたら、どうして俺を殺したのか」

「やっぱりわからない。理由を知ったところで、神楽坂の気持ちは変わらないんでしょ? 鈴沢が本当にあんたを殺したってわかったとしてもただ辛いだけじゃん」


 ああ言えばこう言う。何を言っても理由をつけて断ろうとする。

 意志だけははっきりと持ったクソ陰キャが。見てくれだけ陽キャっぽく見せてるコミュ障がよ。

 何がこいつにそこまでの確固たる意志を保たせるんだ。ただ幽霊が見えるだけだろ。どうせ使い道のない力なら、俺のために使ってもいいだろうがよ。

 

 俺は大きく息を吸い込んで、めいっぱい吐き出した。

 ああ、もういいや。

 何言ってもこいつが首を縦に振るビジョンが見えねえ。癪だが、俺じゃあこいつを上手く説得できねえ。

 俺は、諦めることにした。



 天谷紫音と出会ったのは高校に入ってからだ。そして、その第一印象は最悪だった。

 あの頃には既に派手な見た目で一目を置かれる存在だった。

 だけど、実際に話した天谷は、ただの陰キャ女で、友達のいない悲しいやつだった。


 見た目だけは良いのに、それをドブに捨てるような生活を送ってる天谷にイライラした。

 わざわざ人が寄り付かないようにギャルっぽいメイクまでして、涼しい顔して一人を謳歌してやがる。

 人と関わらないことをかっこいいと思っている勘違い女かと思ったが、それも違う。

 天谷は本心から一人で過ごすことを望んでいた。人と関わらない生活を求めていた。

 俺が話しかけても歯牙にもかけない。普通の女なら俺を好きになるであろう言動を与えてやっても全く靡かない。

 思い通りにならなくてイライラした。


 こいつはどうして俺の思い通りにならないんだ。どうしてそこまで人を信用しないんだ。どうして人と関わらなくて平気なんだ。

 どうして、誰にでも好かれる俺の方がこんなに辛い思いをしているんだ?


 初めて天谷と話したあの日から、ずっとそんな苛立ちが頭の中にこびりついて離れなかった。

 俺には友達がいて、高校では彼女もできて、俺の周りにはいつも誰かがいた。

 対して天谷はいつも一人だ。俺が話しかけなきゃ誰も相手にしない。用事があって話しかけられても、素っ気なく返すだけで会話のひとつもない。

 誰がどう見ても俺の方が羨望される。俺の方が幸せに見える。俺の方が優れてる。


 それなのに、俺には天谷の方が自由で、自分というアイデンティティを保てているように見えた。

 そうだ、これは嫉妬だ。俺にないものを天谷は持っている。だから見ていてイライラしたんだ。

 俺がずっと欲しかった、自身の本性を、本来の自分をさらけ出して生きる生き様。自分という存在を保ち続ける強い意志。

 確かにそれを持っていた天谷が羨ましくて仕方なかった。



 そして、今もこうして、天谷は自分という存在を確かに持ち続けていた。

 俺がどれほど優しくしても相手にしない。俺が恥を捨ててまで頼んでも自分の気持ちを優先する。

 一人になることを恐れない。情なんてくだらないものに流されない。

 天谷紫音という人格を天谷紫音として確かに存在させ続けているこいつに、俺は心のどこかで劣等感を抱いているんだ。


 その事実を実感して、俺は諦めた。

 もういい。俺はどうせ、死んだ存在だ。天谷以外の人間に俺を認知することはできない。

 だったら、今までの俺でいる必要はない。

 こんなキャラ、さっさと捨ててしまえばいい。


「……俺は知りたいんだよ」

「だからそれは」

「なんで俺が死んだのか知りたいんだよ」

「知ってるって。あんたがさっき言っ」

「なんであいつらじゃねえのか知りたいんだよ」


 作り笑顔も優しい声色ももう必要ない。

 ここには俺と天谷しかいない。

 今の俺になら、自分をさらけ出せるはずだ。

 もう嫉妬する必要もない。劣等感を抱くこともない。


 腹を割って話そうぜ、天谷。

 俺はもう自分を隠すことを諦めた。

 吹っ切れた俺は、思いの丈をぶちまけた。


「俺があいつらを殺すつもりだったのに。どうしてこうなったんだろうな? 俺はなんで殺したいほどあいつらを恨んでたんだろうな? なんで俺が殺されたんだ? 俺は、その理由が知りたい」

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