表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

0.死者より愛をこめて

 物語には起承転結が存在する。

 物事の始まりがあって、次第に盛り上がり、大きな転換点を越え、やがて終焉を迎える。


 どんな物語でもその基盤は変わらない。


 恋愛小説。コメディ映画。サスペンスドラマ。そこに物語があれば、多少のズレは生じても、その普遍的なセオリーは全てに共通する。


 それは人生だって同じだ。

 この世に生を受けて、周囲の環境に順応しながら成長し、幾つかの転換点を経て、最終的には死を迎える。

 人一人の人生は、その一つひとつが物語だ。

 読み応えの違いはあれど、誰だって物語の主人公になれる。そういうものだと俺は思っている。


 俺の人生もそうだ。

 決して長編とは呼べないが、確かに俺の物語は完遂された。

 そう。今の俺は、起承転結で言うところの『結』に該当する。

 俺の人生は結ばれたのだ。たった十七年という短い物語に幕を下ろしたんだよ。



 呆気ない最期だった。何の面白味もない結末だった。

 いつも通り登校している途中で不慮の事故に遭って、そのままお陀仏。体は結構鍛えていたんだが、人間がトラックに勝てるはずもなかった。


 信号待ちの途中でふらりと重心が傾いたかと思えば、鼓膜を破らんばかりに響くクラクションが聞こえた。次の瞬間には体に強い衝撃が走っていた。逃げる暇も恐怖する余裕もなかったな。


 人って死んだらどうなるか知ってるか?

 肉体と魂が分離されて、自我を持った魂だけが彷徨い続けるんだ。

 偶然近くにいたおっさんに聞いたところによると、成仏できるまではずっとこのままらしい。要は、未練を晴らして満足しなきゃ天国にも地獄にも行けないってことだ。


 あー、いや。未練を晴らさなくとも地獄へは行けるらしい。罪を犯していたら死んですぐに地獄へ連れて行かれるそうだ。俺には関係のない話だけど。


 酷な話だよな。善良な一市民は、食事も排泄も睡眠も必要のない体で、昼夜問わず暇を持て余してふわふわと空を飛んでることしか出来ないんだから。


 かく言う俺は一体何をしているのかと言うと、死ぬ前と変わらず学校で授業を受けていた。

 別にふざけてるわけじゃない。これも未練を晴らす方法を探る一環なんだ。


 俺が死んだのは三日前。俺が最初に行ったのは情報収集だった。

 死んだ後、人はどうなるのか。未練とは何を指しているのか。俺にとっての未練とは何なのか。死んだ体で何が出来るのか。


 見つけた幽霊に片っ端から声をかけ、できる限りのことを試した。先のおっさんに出会ったのもその時だ。

 皮肉にも時間は無限に存在する。睡眠も食事も必要なく疲れ知らずのこの体のおかげで、無重力のような浮遊感にも慣れてきたし、死後の世界についてもそれなりに詳しくなった。


 そこからは俺の未練探しだ。

 残念ながら、俺には未練と呼べるほど生前の世界に執着がない。

 さっさと天国に送ってほしいものだが、神様とやらに未練を晴らしたと認められない限りはその望みは叶わない。

 つまり、三日経っても何の変化もない俺には、自覚していない未練があるってことだ。


 だから俺は、必死に未練を探した。

 俺が死んで悲しんでいた両親に感謝を伝えてみたり、生前付き合っていた彼女と一緒に過ごしてみたり、学校をサボって遊びに出かけてみたり、女子更衣室を覗いてみたり。最後のは関係ないだろって? 男のロマンだろ、試したくもなるさ。

 とまあ、色んなことをやってみたんだよ。だけど、どれも俺の未練としては不十分だったらしい。


 やがて宛をなくした俺は、こうして普通の生活を送るって手段を試してるんだ。


 献花が置かれた机に向き合い、先生の話をなんとはなしに聞いている。

 退屈な時間だ。勉強は元よりそこまで好きじゃなかった。その上、勉強することに意味はないとわかっているのに興味を持つ方が難しい。


 俺もこんなことに意味はないと気付いている。それどころか、本当の未練について予想はついているんだ。


 だけど、どうにも核心に迫れない。

 俺がそう思い込んでいるだけなのかもしれない。俺の予想が正しかったとして、どうしたら未練が晴れたと認定されるのかもわからない。


 いや、それはただの言い訳だ。

 俺は怖いんだ。その予想が的中してしまうことが。

 幽霊になっても恐怖心ってのは消えないらしい。今じゃ俺の方が怖がられる側なんだけどな。


 俺は授業を放棄して、教室を徘徊した。

 クラスメイト一人ひとりの顔を見て、生前のことを思い出していく。


 佐条(さじょう)幸哉(ゆきや)。クラス委員で、俺たち二年三組を引っ張るリーダー的存在。

 真面目なやつで、それでもユーモアがあって、男女問わず人気がある。俺もよく勉強を教えて貰った。


 笹倉(ささくら)慎太郎(しんたろう)。俺の親友で、このクラスのおチャラけ担当だったな。行事の準備をサボっては幸哉に怒られていた。俺もよく一緒に巻き込まれてたっけ。

 それでも皆がお前を避けたりしなかったのは、本当は人が見ていないところで、書類整理や片付けなんかを頑張ってるって知ってるからなんだぜ。


 益田(ますだ)真依子(まいこ)。昔からの腐れ縁で、なんだかんだ高校まで一緒だったな。幼馴染って呼べる存在なのかもな。

 なんだよ、その顔。目元が真っ赤じゃないか。俺のためにたくさん泣いてくれたんだな。ありがとう、真依子。


 別れを告げるように、全員との思い出を掘り起こす。言葉を残す暇もなく、別れはとっくに終わってるんだけどな。なんとなく、そうしたい気分になったんだ。


 そして、俺は最後の一人の前で足を止めた。

 俺の隣の席。心ここに在らずと言わんばかりに窓の外に目を向けている少女がいる。


 相変わらず綺麗な顔だ。大人ぶってお洒落してるけど、どこか幼くて可愛らしい。

 その少女こそ、俺の最愛の彼女だ。だった、と言うべきか。


鈴沢(すずさわ)(はる)


 この一年で何度も呼んだその名前を口にする。


「辛そうな顔しやがって。悠には笑顔が似合うって言っただろ」


 そう言って笑ってみせるが、この声が悠に届くことはない。

 まあ、こんなことになって笑えって言う方が無理だよな。今まで通り楽しそうに過ごしてたらその方が傷付くかもしれない。


「俺さ、生まれて初めて付き合ったのが悠だったんだ。遊んでそうなんて言われるけど、これでも一途で真っ直ぐなんだぜ? 本気で悠のことが好きだったし、あのまま一生悠と幸せになれるって思ってたんだ」


 悠が反応を示す素振りはない。

 当然、悠だけでなく他の誰もが露骨な反応を示す素振りはない。

 だからこそこうして、今まで恥ずかしくて言えなかった告白をしてるんだけど。


「悠もそうだったらいいなって……いや、俺と同じ気持ちになってくれるように頑張ろうって思ったんだ」


 高校生になってすぐ、俺は同じクラスの悠に一目惚れした。

 それまでも可愛いなって思う子はいたけど、それが恋だと認識したのはその時が初めてだった。


 俺は悠と仲良くなるために、理由をつけては悠に話しかけた。

 あの頃は意識してもらうために必死だった。中学から一緒だった幸哉と笹倉にも相談して、二人で話せるように手配してみたり、同じ保健委員になったり。夏休みには真依子にも頼み込んで男女のグループで出かけたこともあった。


 今思えば少しばかりストーカーまがいな気もするけど、それだけ俺も本気だったんだ。

 だから、文化祭の時に悠の方から告白してくれた時は、天にも登るような気分だった。


 悠との思い出が次から次へとフラッシュバックしていく。その分だけ後悔と恐怖も募る。


 俺は、悠と目線を合わせるように屈み込んだ。俺に気付かない悠は、陽の光が差し込む窓の外に目を向けたまま。この視線が交わることはもう二度とない。


 でも、それでいい。面と向かってはっきりとこんなことが言える気がしなかった。

 大きく息を吸い込んで、不安や恐怖、猜疑心を息に乗せて吐いた。



「なあ、悠。お前、俺を殺したよな?」



 俺の声が彼女に届くことはない。

 俺の言葉が届くことは、もうない。


「俺、悠に何か悪いことしたかな? 俺、悠に恨みを買うようなことしたか?」


 届かないとわかっていても、真実を知る方が怖いと知っていても、一度発した言葉はもう止められなかった。


「道路に足を踏み出す瞬間、俺の背中には確かに押し出されるような感覚があった。あの時一緒に居たのは、俺と悠。それに真依子、幸哉、笹倉の五人だったよな。そして、あの時俺の後ろに居たのは……」


 バランスを崩して道路に踏み出した瞬間、俺は彼らに手を伸ばした。

 生存本能に近いものだったと思う。反射的に助けを求めようともがいたんだ。


 そんな俺の視界に飛び込んできたのは、突然のことに目を見開いていた笹倉。咄嗟に俺を助けようと動き出した幸哉。口元を覆って固まっていた真依子。

 そして、俺の真後ろで空っぽの表情を浮かべていた悠。


 俺が死んだのは偶然じゃない。あれは、ただの事故じゃなかった。

 俺は誰かに殺されたんだ。俺はあの場にいた誰かに突き飛ばされたんだ。


 確信はない。ただ、俺の記憶が、悠が犯人だと囁き続ける。

 死んでもあの時の悠の表情が忘れられない。

 ハイライトが消えた瞳。驚きも焦りも見えない表情。あの時の悠の顔が頭に焼き付いて離れなかった。


「なあ。悠が辛そうな顔をしているのはどうしてだ? 単に俺が死んだからか? それとも、俺を殺したことを悔やんでいるからか?」


 そう問うてみても答えが返ってくることはない。

 俺はもう死んでいて、俺の声はもう彼女には届かないのだから。



 死んだ人間は、未練を晴らさなければこの世を離れられない。

 俺にとっての未練とは何だ? どうしたら俺は成仏出来る?

 ずっとそのことばかり考えていた。

 両親に感謝を伝えても、恋人と寄り添っても、友人たちに別れを告げても、それは晴れることがなかった。俺の心には何かが引っかかったままだった。


 そして、俺は気付いたんだ。可能性をできる限り潰して、ひとつの答えにたどり着いた。

 いや、背けていた現実と向き合う決心が着いたと言うべきか。


 俺を殺した犯人を探し、その動機を知りたい。

 それが俺の未練だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ