南国出張の話
樹歴871年
「暫く留守にする」
荷物を纏める手を止めることなく、ウイユは研究員たちに一言告げた。
「出張ですか?珍しいですね」
「学長に同行を許された。今回は長くなる」
「そうですか。良かったですね」
やはり動きを止めることなく留守中の引き継ぎを済ませ揚々と研究室を後にするウイユを、研究員たちは生温く見送った。
「ランパスに?」
「ああ。まあ付き合いでね。僕が行く必要がある」
ルエイエはあまり気乗りしていないようで、短く息を吐いた。
「それで、誰かについてきて貰いたいんだが…」
そう言って、講師陣を見回す。皆困ったような表情で、自ら同伴を申し出る者はいない。
「ナナプトナフト先生、どうかな?」
「絶対に嫌だ」
実に端的に拒絶されてしまったが、流石に仕方がないと諦める。なにせ行き先はネツァク域だ。男性を連れていくのは気がひける。そもそもターミナルで直行出来ないため、そこそこ長期の不在となる。授業を持つ講師を連れていっては生徒たちの迷惑にもなる。
「ウイユはどうだ」
ナナプトナフトからの指名に、一同はそっとウイユに目だけを向けた。
「うむ。学長がお困りならば」
ウイユは現在研究室をメインにしており、定期的な授業は持っていない。
「……いいのかい?」
「なに。お役に立てるのならば喜んで参りましょう」
こうして、ウイユのわくわく南国出張が決まったのだった。
ティフェレトターミナルを出た後、竜車を用いて一気にランパスへ向かう。車内にはルエイエ、フィア、ウイユ。そして、とても居心地が悪そうにしている新任講師。
「カルタは研究室の監督を任せておりますので」
「そうだね。とはいえ、どういう人選だい?」
死んだ目をして斜め下を眺め続けている彼は、学生と講師の間の立場だ。故にルエイエは講師としての同行を求めなかった。ウイユは学生として助手に選んだようだが、ウイユと彼では学ぶジャンルが違いすぎる。
「いやなに。先日ひょんなことから彼との関係を知りまして。交流など深めようかと」
「ああなるほど」
「……」
フィアは「関係って?」と訊きたかったが、あまりにも目に光のない彼…ケイナの様子に言葉を飲み込んだ。少なくとも彼の方は親睦を望んではいなさそうだ。代わりに同情の眼差しを送るに留まった。
「おや。国としてドレスコードがあるのかい?」
「そういうわけではありませんが…」
入国手続きの場で、審査官からルエイエへ、服装について一言あった。要約すると「一見して女性と判る格好をした方が良いですよ」というものだ。その忠告は優しさなのだろう。
「ふぅむ…僕は女性に見えないだろうか」
「そんなことないですけど、判り辛いのは確かですね」
手を広げてみせるルエイエにケイナは遠慮がちに答えた。
「学長は学長なのですから、そのままでも良いでしょう」
ウイユは不満気だ。
「どんな格好なら良いんだい?」
尋ねられた審査官は「そもそも今の格好がダメということはありませんが」と前置きして、『腹回りが開けた服』を提案した。臍あたりの体つきは性別によって異なるため、判断材料として適切なのだそうだ。
「ルエイエ先生の軽装は新鮮ですね」
フィアの言葉にルエイエが衣装の手配を頼もうと決めたところで、
「なりません」
キッパリとウイユが止めに入った。
「身分証明にチョーカーをいただいております。それが見えるような服装なら良いのでしょう。不必要な露出はお控え下さいますよう」
「少し残念だな」
ウイユの反対を押し切る気はないようで、ルエイエは軽く肩を竦めた。
四人にはチョーカーが渡されている。国内の人間でも一般の旅人でもなく、招かれた客人である事を示すためのものだ。ルエイエとケイナは赤色、フィアとウイユは青色で、性別の証明も兼ねている。
「フィアさんは青、なんですね」
ケイナが感想を呟くと、審査官は頷いた。
「悩みましたが、女性ではない、という事でしたので」
「なるほど」
男性を特別視しているのではなく、あくまで女性かそうでないかで分けているのだ。
そうして手続きを終え、四人はそのまま神殿に案内された。
神殿。世界最大規模の、神を祀る施設。祀られているのは火の神スクラグスだ。白を基調とした豪奢な造りの神殿は、南国植物たちに飾られ、原色の鳥たちに彩られていた。
「わあ…」
神殿内を移動する間も、フィアはキョロキョロと辺りを見渡し、度々感嘆の声を上げていた。ルエイエはそれに微笑んでいる。ケイナには少し羨ましかった。
「ようこそ、代表。長旅お疲れ様でした」
神殿内の奥、豪奢な一室で一同を迎えたのは神官長とその補佐だった。壁際には数名の武装した神官たちが控えている。
「いえ。色々とお気遣い頂きまして、快適でした」
ティフェレトターミナルからの竜車は神殿の手配だった。乗り心地も良く、安定した速度が出せるよい竜車だったし、念の為の虫除けも付いていた。
「本日はまずゆっくりと旅の疲れを癒して下さいませ。商談はまた明日。朝食後に行いましょう」
軽い挨拶を終え、宿泊用の部屋へ案内されることになった。
「ああそうだ。お部屋割は如何致しましょう?」
案内をする神官はルエイエにそう尋ねた。ケイナは「個室以外は死だ」と青褪めた。そんな様子を知ってか知らずか、ルエイエは気軽に答える。
「文化的に僕たちは個室が望ましいが、ふたつに分けるのであれば、僕はフィアと共にしよう」
「出来れば個室で!」
すかさず、控えめな声量ではあるが力強くケイナは言葉を挟んだ。案内の神官は困った様子もなく「では四部屋ご用意します」と内に指示を飛ばした。ケイナは死を免れた。
それぞれ部屋に荷を下ろし、暫し寛いでから再び集まった。それぞれの部屋から庭園へ出られるようになっており、庭園には六人掛けの円形テーブルが用意されていた。着席すると、神官たちがお茶の準備をしてくれた。
「皆、お疲れ様。明日は僕だけで向かうから、皆は観光でもしてきてくれていい」
華やかなローズティーの香りが漂う。カップに口を付けるウイユの動作がやたらと優雅なのがケイナにはムカついた。
「いえ。私も同席致しましょう」
「そうかい?心強いよ」
フィアとケイナは二人揃って「えっ」という顔をした。ほぼ初対面のふたりで観光してこいと言われても困ってしまう。
「観光は、ほら、皆で行きましょうよ」
そう切り出したケイナにフィアも乗っかる。
「そう!そうですよ。おとなしく待ってますから」
ケイナはひとりでもフラフラ出来るが、フィアは青チョーカーだ。ひとりでは出歩けない。それに思い至り、ケイナが苦い顔になる。初対面で二人きりが嫌だからといって、フィアにずっと此処に居ろというのも気の毒だ。乗ってきたということはそれでもいいのかも知れないが、気付いていないだけの可能性も高い。
ケイナの様子を察したルエイエは、フィアにそれを説明した。「あっ…」と口を開いたフィアはやはり気付いていなかったようだ。
「…まあ、ふたりで適当にブラブラしてますよ。それより、今回『商談』なんスか」
「おまえは学長相手に丁寧語も喋れないのか」
優雅に茶を啜るウイユに詰られイヤな顔をするケイナだったが、真っ当なお叱りであるのも理解している。
「スンマセンね」
「いやいや構わないよ。ケイナ先生はボクの弟弟子にあたるのだからね」
ケイナは音を立てずに息を詰めた。フィアが「えっ!」とケイナに注目する。ダクダクと流れる汗が目に見えるようだ。今口を開けば「勘弁してくれ」しか出て来ない。動揺を飲み込むようにカップに手を伸ばす。
「そう言われればそうとも言えますな」
「えーと…」
フィアは思案する。ルエイエの師というならば、その両親だろう。とは言えルルイエを師とは呼ばないだろうから、消去法でエリスの事だと思われる。ではこの人は、ウイユの甥でエリスの弟子ということだ。そんな人がよく今まで塔で目立たずやってこれたものだ。
見詰めるフィアに、ケイナは人差指を自らの口に当てて見せた。
「本当に、他言無用でお願いします。…本当に」
フィアは思わず何度も肯きを返した。解る。よく解る。偉大な師を隠したい気持ちはフィアにも覚えがある。
「先の質問に答えるが、うん。今回は『商談』だ。どうやらこの国は魔術の導入を検討しているらしくてね。学校と呼べる程じゃないが、教育の場を設けたいらしい。最初の内は協会から講師を派遣することになる」
「ほう」
「なるほど?」
野良の魔術師を用いず、協会に協力を要請したなら国として本気なのだろう。
「此方は見返りに、オヘレルを要求する」
オヘレルならば今でも多く輸入している。需要もあり輸入量も年々増えているが…見返りとして妥当なものなのか、フィアは首を傾げた。しかし、ウイユは「なるほど」と頷き、ケイナは思案した様子だった。
「それはつまり…塔で育成を?」
「そうだね。何度か交渉しているが、苗を貰えたことはないんだ。農業区は何年も前からオヘレルの栽培を望んでいてね。環境設定にも力を入れているんだ。実際、ルガッガの栽培には粗方成功している」
標高も高く寒冷なワーナーでは栽培など出来まい、と高を括って輸出されたルガッガの苗だった。その栽培に成功されたものだから、オヘレルの苗は警戒して輸出が禁じられてしまった。
「しかも栽培の難しいものだと聞いているから、育て方のコツなんかも知りたいだろう?」
特産技術の交換、という態で話を進めたいわけだ。
「教えてくれるでしょうか」
「なに、やり方ひとつ、交渉次第さ」
つまりはまあ、交渉に失敗すれば派遣講師にスパイの仕事が増えるだけ、ということなのだろう。とケイナは目を閉じた。
◆◆◆
夕飯には、煮込んだ豆や焼いた鳥、蒸したヌァバや揚げた魚、たくさんの生果などが並んだ。篝火を焚いた河辺で、夜鳥の声や虫の音も賑やかだった。
神官たちの同席はなく、彼らはホテルの従業員のように客を饗した。
「まるでリゾートですね」
気分良く饗され、フィアは自分が青チョーカーな事も忘れそうになる。国賓に近い扱いを受けており、こうして赤チョーカーと食卓を囲めるのも特別な配慮なのだろう。
翌朝、ルエイエとウイユは『商談』に向かった。
フィアとケイナは手を振ってふたりを送り出し、どちらからともなく顔を見合わせた。
「…どうしましょうか」
「神殿見学でも、します?」
神殿は白い石で出来た柱に支えられているが、屋根や仕切りは木製が多かった。柱に使われている石は柔らかく、繊細な彫刻が施されている。屋根は受けた雨が上手く流れるように作られている。植物が多く植えられていて、蔦性のものは敢えて建物に絡ませてある。全体を通して、雨が多く強風などは少ない環境なのだろうと窺えた。
そんな事を考えながら見て回っていたケイナに、フィアは「キレイですね!」と笑い掛けた。
「ケイナさんは、鬼神に会ったことってあります?」
「いや、ないっスね」
ここは火を司る鬼神の神殿だ。そんな質問が出ても不思議はない。「火」と聞いて、魔術師としてはつい熱の精霊を思い浮かべてしまうが、スクラグスが司るのは熱そのものではなく、結果としての「火」、燃焼反応のみだ。
「フィアさんは…」
聞き返しかけたケイナは、フィアの顔を見て言葉を切る。暫し逡巡し、仕切り直した。
「フィアさんは、ラベゼリンと会ったことありますよね?」
「えっ」
「当たり?」
「当たりです。どうして解ったんですか?」
偶々憶えていたからである。かつて思い出作りに学友たちと訪れたラベゼリン神殿で、フィアを見たことを。
はぐらかしても良かったが、もったいぶることでもないなと思い直しネタばらしをする。
フィアもそれには憶えがあった。花撒きでラベゼリンの加護を得ていた人がいた。
「あー、『前向きに強欲なバカ』…ぁっ、これは私が言ったんじゃなくて、ラベゼリンが!」
ケイナは思わず噴き出してしまった。表現が的確過ぎる。流石鬼神だ。
昼になり、神官たちがふたりを呼びに来た。案内された食卓には、既にルエイエとウイユ、そして神官長が着いていた。
「昼食をご一緒にとお誘いいただいてね」
「コクマからのお客様は珍しいですから。あなた達からもお話を聞かせて下さいな」
神官長がいる手前、商談の結果を尋ね辛い。ケイナは神官長に目礼して席に着き、フィアも恐る恐るそれに倣った。
お話を、などと言われても、片や一国域を代表する権力者、片や一般生徒&講師である。対等に話が出来るのは塔代表たるルエイエのみだ。残りの三人は振られれば答えるが、積極的な会話は行わない。
「そう固くならずとも」
少し残念そうにした神官長は、「そういえば」と掌を広げた。
「以前にご依頼した事、憶えておられますか?」
「ええ勿論。航路上の玄獣討伐のご依頼でした」
ルエイエは間髪入れずにそれに答えた。フィアは初めて聞く話だ。ケイナとウイユは「そんな事もあったかもしれないがよく覚えていない」といった様子で頷いている。
「あの時ご助力下さった先生方は、お話上手でいらっしゃいました」
「そうでしたか。失礼がなかったのならよいのですが」
「いや比べられても」と脳内で悪態を吐きながら、当時誰が向かったのだったかとケイナはあるかどうかも怪しい記憶を検索する。ヒットなし。やはり元々入っていなかったかも知れない。
味も解らないような食事を終えて、一息吐いた後。フィアはルエイエに問い掛けた。
「以前にも依頼を受けていたんですね」
「ああ。そういえばあの時もオヘレルの輸入に関わる件だったね」
「誰が行ったんスか?」
「あの時は船旅だったから。まだ授業を持っていない二人に頼んだんだ」
「ああ、思い出した。今の呪学講師と医学講師でしたな」
聞きたくもない名前が浮かんで、ケイナはすぐさま話題を変えた。
「商談はどうでした」
「うん。まあまあだね。向こうも流石に出し惜しむ」
交渉の結果、苗は売ってもらえることになった。
塔での栽培規模を説明し、商売敵にはなり得ないと納得してもらい、かつ留学優待を付けた上で漸く取引は成立した。ランパスは技術交換に応じたのである。
「講師を招き入れる以上、端から応じておいた方が得だと考えたのでしょう。その分吹っ掛けられておりますからな」
「そうだねぇ。まあ此方としては損はないよ」
最後に契約書という難関があったが、無事乗り越えた。ネツァクで使われている文字は装飾過多でかなり読み辛い。有名な話なので備えてはいた。ここまで詰めておいて契約書が読めませんでは話にならない。
「さてそれでだ」
ルエイエはケイナに向き直った。ケイナは嫌な予感に身構える。
「体験授業をすることになってね。これをケイナ先生に頼みたいんだが」
「…ぇ…」
思わずウイユに目をやったケイナだが、ウイユはびくともしない。
「私では専門的過ぎて体験向きではないだろう」
「専門性を落とせよ」と思いはするが口には出せない。フィアは完全に他人事な態度で聞いている。
「頼めるかな?」
拒否権は無いように思う。最後の抵抗で返事を遅らせていると、ウイユにポンと肩を叩かれた。
「初授業で不安なのだな。私が助手に付く。安心しなさい」
一人の方が、幾らもマシである。




