懇親会の話
樹歴873年
「お疲れ様でしたー!」
「乾杯~!」
其々にグラスを傾ける。
塔の講師陣は二~三ヶ月に一度の割合で定時連絡会への参加が義務付けられているが、年末のそれは懇親会の色合いが特に強い。
「あれ?ガイちゃん今年は参加?ケテル行かないの?」
「煌王の誕生祭には出席予定ですよ」
「なんだ。髪伸びるまで止めとくのかと思った」
ガイが出立をずらしてまで態々参加した理由はパーブルも解っている。
「可愛がってんなぁ」
「そういうわけでは。ただ初めての参加者が居る場合には毎回参加してますよ」
「そういやそうか」
ファズに連れられ挨拶をして回っている新任講師を遠目に眺める。パーブルが医術を教えた事はないが、煩い生徒だったと記憶している。狭く深く学ぶ者が多い中、彼は広く浅く様々な授業を受けていた事も。
「まー知ってる生徒が講師になるのは感慨深いね」
「…そうですね」
ガイは、自分の時も恩師はこんな気持ちだっただろうかと想いを馳せる。思い出の中の柔らかな笑みは肯いているように感じた。
「知らない先生が意外といました」
「ああ、まあ、授業を取ってなければそうだろう。君は知ってる方だと思うよ」
一頻り挨拶をして回ってみてケイナは少し驚いた。ファズが言う通り、ケイナは講師の顔は結構知っていると思っていた。知らない先生は新任くらいかと思いきや、大ベテランの知らない講師がいるとは思わなかった。
「クーシェ先生……いや記憶にないなぁ」
塔の不思議に数えられるその講師を、元新聞部長が知らない筈がない。加えて玄獣学講師だ。ルカから話をされた事がないとは思わない。しかし、全く記憶にない。それを、ファズも不思議に思わない。
「えー、まぁ。はい。お付き合いありがとうございました」
「ああ。後は所謂『飲み会』だから、気楽に過ごすと良い」
ファズに礼を言って一度別れる。挨拶をして気になった相手と言えば、凡そ同期にあたる新任医学講師である。
「ご一緒しても?」
ドリンク片手に近付けば、彼は目を丸くして承諾してくれた。
「ああ、ケイナ先生。何かご用でも?」
「いえこれと言って。失礼ながら一番講師歴の浅さが近いので仲良く出来たらな、と」
「そうですか。とは言え塔の住人としては貴方の方が先輩だ。助けを求めたい事は多いですよ」
「ああそうだ、パーブ先生から聞きました。魔術適性がとても低いとか?」
「ええそうなんです。来たばかりの頃は術具も使えない有り様で」
「それは苦労されたでしょう。今は?」
「術具の使用はなんとか。魔術はからっきしですが」
どうやら良い商売相手になりそうだ。
「魔術的不感症はこれから増えてくるよぉ」
「ゎ、…ぇっと、クーシェ先生」
フェディットの後ろからぬっと生えてきたクーシェは煩わし気にケイナを見た。品定めは先程の挨拶時に終えている。特性は希少だが、興味がない。ケイナはクーシェのお眼鏡には適わなかった。
「もうボロボロの下敷きじゃあそんなに長くは保たないからねぇ」
「はあ… ?」
ケイナとしても、どうやらクーシェは近寄るべきではない人物だと判断した。折角の懇親会だが、これが隣に居座る以上、今は同期との交流は難しそうだ。適当に挨拶をして、早々に退散を決める。
こうなると、身の置き場に困ってしまう。ファズとは別れたばかりで出戻りも厳しいし、パーブルとは飲んでみたいが近付きたくない相手も側に居る。学長相手じゃ畏れ多すぎるしそもそも周りに人が多い。取り巻きの中にはウイユも居るしなるべく近寄りたくはない。
必死に会場を見回していると、壁際でひとりグラスを傾ける人物を発見した。知った顔だ。親しくもなかったし向こうが覚えているかは解らないが、こうなっては仕方がない。そろそろと近付き、一緒に飲んでいるようにも見える微妙な位置に陣取った。これはなかなか悪くないのではなかろうか。そう人心地着いていたのだが、予想外に話し掛けられた。
「講師就任、改めておめでとう。…良かったのか?」
「ありがとうございます。元からそういう約束だったので」
ケイナは内心驚いた。良かったのかなどと尋ねるということは、きっとケイナのことを覚えていてくれたのだろう。折角なので、何か話題を…と考えるが、脳は空回りするばかりだ。それでも漸く閃いた話題といえば。
(ハトとは、どうなっているんだろうか)
しかし返答を聞くのも恐く、決して口に出来そうにはない。
結局会話の糸口は見付からず。ケイナの講師としての初懇親会は、オブシディマスと並んで飲食するだけで終わったのだった。




