根の道の話
樹歴872年
「ルート?」
「そうルート」
セフィロートの各地は幾つかの地下道で繋がっている。明らかに人工的な地下通路ではあるが、出入口は見付け辛く利用はされていない。旅人が迷い込む程度だ。特に便利な抜け道というわけでもなく、何の為に造られたのかもよく解っていない。そこに好んで潜り込むのは素材狙いの冒険者かルート研究者くらいだ。
そしてケイナに声を掛けてきた彼は前者である。
「ノルドさん、ルート探索好きなんですね…」
「素材の山が眠る地下道。浪漫だよね」
解らなくはない。ただケイナはそれに触れたいと思う人間ではない。
「なんで私に声掛けたんスか?」
「流石に学生さんは連れて行けないし、先生たちは忙しいでしょ?ケイナくんなら興味も時間もあるかなぁって」
なるほど。一応肩書きは講師だがまだ授業を持っていないケイナは適材だ。しかしケイナはルートに興味がない。興味がない事に時間を費やすのは好まない。折角の誘いだが断ろうと口を開きかけた時。
「トビオカ先生、偶に着いてきてくれてたから」
「……トビーが?」
意外だ。トビオカは器用でなんでもこなすが、息抜きにしてもあまり意味のない事はしない。彼がルートに潜ったのなら、欲しい素材か研究に役立つ何かが在ったのだ。
「うん。だから環境の子はルートにも興味あるかと思ったんだけど…」
ルートに興味はない。だが、トビオカが何をしに行っていたのかには興味がある。
「ノルドさん。多分私足手纏いになりますけど、大丈夫スか」
「大丈夫じゃないかな?トビオカ先生も後ろから着いてくるだけだったし」
どんな装備で挑むべきなのか。動きやすく露出の少ない服が良いだろう。つまり格好はいつも通りでいい。それに非常食と採集セットと携帯錬金術具を詰めた荷物。リュック式が良いだろう。自分の体力を鑑みて小さめのものを選ぶ。大きいものは何処か気恥ずかしいのもある。そうやって色々考えながら準備してみると、凡そフィールドワークの時と変わらない結果になった。
「なんだ慣れた格好じゃん」
あとは経験者に言われた通りランプやロープも用意する。初めてのルート探索は少し緊張するが、相棒はノルドだ。危機管理は十全だろう。
「ノルドさーん。こんなもんでいっスかぁ?」
「ああ、うん。僕が色々持ってくから、はぐれないでくれれば」
ノルドは大荷物だった。長剣まで佩いている。
「…剣?」
「それなりに使えるんだ。玄獣とか出るし一応ね」
塔で長剣はあまり見ない。オブシディマスの杖剣が精々だ。ノルドに剣の心得があるというのには驚いた。物腰柔らかな好青年には中々似合わない。
「重そう…」
「それなりにね。安心して。落ちこぼれではあったけど、これでも一応旧体制の魔術師だからね!」
それはそうだ。重ねて驚いた。体力も筋力も鍛えられているのだ。
「そうでしたね…完全に失念してた」
そうしてふたりは、塔下に程近いルートへと出立した。
自称落ちこぼれは、堅実な経路選択で着実に足を進めていく。今のところ剣もロープも使わずにすんでいる。
岩と土、樹の根が露出した長い洞窟のような空間。それが幾重にも分岐している。崖のようになっている箇所や、苔むして滑りやすい場所もある。
「……水の流れる音?」
他の冒険者とも出会うことなく、音の少ない洞窟内で、その些細な音はケイナの耳にも届いた。
「ああ、本当だね。目的地に近付いてる」
「目的地…あったんスね」
「絶景だよ。楽しみにしてて」
「これは……なかなか」
言葉を失くすケイナに、ノルドは楽しそうに息を洩らした。
遥か上方から陽が差し込んでいる。その僅かな光を浴びて、この空間の植物は緑色に茂っている。そして、地からは滾々と水が湧き出している。
トビオカがついてきていた理由が解った気がした。ここの植生を観察に来ていたのだろう。
「僕もここで採集したいから、君も好きにしていて」
ケイナは頷いて荷を降ろした。
「ノルドさんは何を採りに?」
「色々。苔とか、石とか、フンとか」
「フン…」
「そう。いい材料になるんだ」
フフと笑うノルドは既に採集を始めている。湧水の側の苔を剥ぎ取って瓶に詰めていた。ケイナも湧水を瓶に取り、次いで苔の種類を確認する。非常に珍しいものだった。しかも質がいい。主に薬の材料とされるが、ノルドが欲しがるのだから術具作成にも使えるのだろう。
各々夢中になって採集をして、気付けば差し込む光も弱まっていた。
「そろそろ戻ろうか」
「あー、はい」
荷も重たくなってしまった。これを担いで引き返すのか、と冷静になった途端げんなりしてしまう。とはいえ、簡易キットで満足出来なかった分もある。手放す気にはならなかった。
「あ、こっちだよ」
「え?」
引き返そうとした足を止めてノルドを振り返る。
「この先から出ると停留所が近いんだ。塔行きの便もあるから、帰りは馬車を使おう」
なるほど。道理でノルドは遠慮なく荷を増やしているわけだ。
「…とはいえ」
とは言えだ。『この先』は、来た道を引き返すよりは短いが、近いわけではない。ケイナは覚悟し直して先を行くノルドの後に続いた。
「絶対筋肉痛くるわコレ」
ぼやきながら帰りの馬車に揺られるケイナは、次回の為に荷運びの手段を考えていた。




