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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
81/92

根の道の話

樹歴872年

「ルート?」

「そうルート」

セフィロートの各地は幾つかの地下道ルートで繋がっている。明らかに人工的な地下通路ではあるが、出入口は見付け辛く利用はされていない。旅人が迷い込む程度だ。特に便利な抜け道というわけでもなく、何の為に造られたのかもよく解っていない。そこに好んで潜り込むのは素材狙いの冒険者かルート研究者くらいだ。

そしてケイナに声を掛けてきた彼は前者である。

「ノルドさん、ルート探索好きなんですね…」

素材たからの山が眠る地下道。浪漫だよね」

解らなくはない。ただケイナはそれに触れたいと思う人間ではない。

「なんで私に声掛けたんスか?」

「流石に学生さんは連れて行けないし、先生たちは忙しいでしょ?ケイナくんなら興味も時間もあるかなぁって」

なるほど。一応肩書きは講師だがまだ授業を持っていないケイナは適材だ。しかしケイナはルートに興味がない。興味がない事に時間を費やすのは好まない。折角の誘いだが断ろうと口を開きかけた時。

「トビオカ先生、偶に着いてきてくれてたから」

「……トビーが?」

意外だ。トビオカは器用でなんでもこなすが、息抜きにしてもあまり意味のない事はしない。彼がルートに潜ったのなら、欲しい素材か研究に役立つ何かが在ったのだ。

「うん。だから環境の子はルートにも興味あるかと思ったんだけど…」

ルートに興味はない。だが、トビオカが何をしに行っていたのかには興味がある。

「ノルドさん。多分私足手纏いになりますけど、大丈夫スか」

「大丈夫じゃないかな?トビオカ先生も後ろから着いてくるだけだったし」



どんな装備で挑むべきなのか。動きやすく露出の少ない服が良いだろう。つまり格好はいつも通りでいい。それに非常食と採集セットと携帯錬金術具を詰めた荷物。リュック式が良いだろう。自分の体力を鑑みて小さめのものを選ぶ。大きいものは何処か気恥ずかしいのもある。そうやって色々考えながら準備してみると、凡そフィールドワークの時と変わらない結果になった。

「なんだ慣れた格好じゃん」

あとは経験者ノルドに言われた通りランプやロープも用意する。初めてのルート探索は少し緊張するが、相棒はノルドだ。危機管理は十全だろう。


「ノルドさーん。こんなもんでいっスかぁ?」

「ああ、うん。僕が色々持ってくから、はぐれないでくれれば」

ノルドは大荷物だった。長剣まで佩いている。

「…剣?」

「それなりに使えるんだ。玄獣とか出るし一応ね」

塔で長剣はあまり見ない。オブシディマスの杖剣が精々だ。ノルドに剣の心得があるというのには驚いた。物腰柔らかな好青年には中々似合わない。

「重そう…」

「それなりにね。安心して。落ちこぼれではあったけど、これでも一応旧体制の魔術師だからね!」

それはそうだ。重ねて驚いた。体力も筋力も鍛えられているのだ。

「そうでしたね…完全に失念してた」

そうしてふたりは、塔下に程近いルートへと出立した。


自称落ちこぼれは、堅実な経路選択で着実に足を進めていく。今のところ剣もロープも使わずにすんでいる。

岩と土、樹の根が露出した長い洞窟のような空間。それが幾重にも分岐している。崖のようになっている箇所や、苔むして滑りやすい場所もある。

「……水の流れる音?」

他の冒険者とも出会うことなく、音の少ない洞窟内で、その些細な音はケイナの耳にも届いた。

「ああ、本当だね。目的地に近付いてる」

「目的地…あったんスね」

「絶景だよ。楽しみにしてて」


「これは……なかなか」

言葉を失くすケイナに、ノルドは楽しそうに息を洩らした。

遥か上方から陽が差し込んでいる。その僅かな光を浴びて、この空間の植物は緑色に茂っている。そして、地からは滾々と水が湧き出している。

トビオカがついてきていた理由が解った気がした。ここの植生を観察に来ていたのだろう。

「僕もここで採集したいから、君も好きにしていて」

ケイナは頷いて荷を降ろした。

「ノルドさんは何を採りに?」

「色々。苔とか、石とか、フンとか」

「フン…」

「そう。いい材料になるんだ」

フフと笑うノルドは既に採集を始めている。湧水の側の苔を剥ぎ取って瓶に詰めていた。ケイナも湧水を瓶に取り、次いで苔の種類を確認する。非常に珍しいものだった。しかも質がいい。主に薬の材料とされるが、ノルドが欲しがるのだから術具作成にも使えるのだろう。


各々夢中になって採集をして、気付けば差し込む光も弱まっていた。

「そろそろ戻ろうか」

「あー、はい」

荷も重たくなってしまった。これを担いで引き返すのか、と冷静になった途端げんなりしてしまう。とはいえ、簡易キットで満足出来なかった分もある。手放す気にはならなかった。

「あ、こっちだよ」

「え?」

引き返そうとした足を止めてノルドを振り返る。

「この先から出ると停留所が近いんだ。塔行きの便もあるから、帰りは馬車を使おう」

なるほど。道理でノルドは遠慮なく荷を増やしているわけだ。

「…とはいえ」

とは言えだ。『この先』は、来た道を引き返すよりは短いが、近いわけではない。ケイナは覚悟し直して先を行くノルドの後に続いた。


「絶対筋肉痛くるわコレ」

ぼやきながら帰りの馬車に揺られるケイナは、次回の為に荷運びの手段を考えていた。

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