魔物憑きの話 3
「怪しいと言えばハトなんだけどな〜」
強くハグして感謝したのも束の間。ルカはそう言って口を尖らせた。
「ハトが黒幕なのはいつものことというか…」
「眠鬼が憑かれたりしないだろ。知らんけど」
庇っているのかいないのか微妙な感想を零すソーマとケイナ。
「あぁでも、ピノは白だな。『精霊の響嵐』の話出したのピノなんだろ」
「あー、なるほど確かに」
推理を進める中、半眼のエトラが口を開く。
「…シレッと白確定みたいな顔してるけど、アンタも大概怪しいのよケイナ」
「マジで?」
自分を指して目を開く。気付けばピノも少し距離を取っている。
「ハトとふたりで外出てたよね。それで無事戻ってきた。…結託?」
「じゃあふたりとも違うってことじゃないかな!」
エトラは割って入ったソーマにも指を突き付ける。
「庇い返したい気持ちも解るけど、アンタのも狂言だった可能性だってあるんだからね」
「疑心暗鬼に囚われて雁字搦めだな。白確さんに従おう」
ケイナは軽く両手を上げてネレーナに指示を仰いだ。
「えーっと」
どうしたものかと頬を掻くネレーナの側で、ユークが腰を落とした。
「これ」
「あ」
倒れたまま放置されていたユグシルだ。
「皆でソファに運びましょう」
◆◆◆
疑心。保身。悪天候。
場はすっかり膠着状態だ。
「おなかすいてきた〜」
ソファの背にしなだれ掛かってルカが嘆く。ピノも首を反らせて天を仰いだ。
「持ってきたお菓子全部食べちゃったもんなぁ」
携行食という名目の菓子類は屋敷に着く前に既に食べ切っていた。
「今何時くらいでしょうね~」
悪天候は空色による時間の把握を許さない。体感随分長く閉じ込められている気はする。
「あたしの体内時計によると19時前くらい〜」
「ルカの腹時計は正確そうね」
「アタシ明日聴きたい講義あったのに…」
「!」
エトラの発言にユークは衝撃を受けた様子で立ち上がった。そしてゴソゴソと荷をまとめだす。
「…ユーク?」
「ちょ…」
まさか、と思いつつもソーマはそんなわけがないと思い直す。だがユークの動きは明らかにその意志を感じさせた。
「帰る」
その意志を口にした途端、仲間たちは口々に彼を引き留めた。
「ストップストップ!ユーク!ホーム!いや、ステイ!!」
「だめだめだめ!対抗手段が出てっちゃだめ!」
「バカね。嵐まだ止んでな──」
開かれた扉から暴風雨が雪崩込む。
「…………」
暖炉を一とした部屋中の火が消えた。
「きゃ!?」
「だれ──」
「ネレーナ!?」
不意に襲った暗闇と暴風雨の中、悲鳴と人が倒れる音が微かに届く。
「こうなったら魔術使っても──」
誰かの切迫した声。ケイナは出来る限りの大声で指示を叫ぶ。
「扉閉めて暖炉に火!」
ソーマが慌てて扉を閉め、ハトがのんびりと暖炉に火を付け直した。ジワジワと明かりが戻って来る。
「皆、無事──」
暴風との力比べに何とか勝利したソーマは、振り向いた顔を真っ青に変えた。
「大丈夫!?」
「えぇと──うん」
尻餅をついた形で呆然と返事をしたのはネレーナだ。その背後に、床に伏したまま動かない人影が三つ。ハトが暖炉から蝋燭に火を移し室内を灯していく。倒れていたのは、ピノ、ルカ、エトラだ。
「私『後ろから』襲われました。それに、唄も聞こえたの。だから…」
ネレーナは立ち上がり、地に伏す一人を強く見遣った。
「起きて、ルカ」
暫しの後、ルカはもそりと身を起こした。
「ちぇー、つまんないの」
その顔は邪悪に笑んでいた。
◆◆◆
「待て待て待て待てなんで判った時点で不意を突いてやっちまわなかった!」
「体術でルカに適う気がしない…」
ケイナは慌てふためき、ソーマは絶望の色を浮かべている。魔術に頼らない物理的な戦闘力はルカが一番高い。ユグシルが味方として健在であったとしても敵わないだろう。立ち上がったルカは既にファイティングポーズを取っている。不意打ちも適わない今、勝てる気がしない。
「ハトはそっち?」
ユークはハトに問い掛ける。ハトはルカの後ろで体育座りで観戦の構えを見せている。
「多対一は卑怯だわ。それにどうせ──」
「?」
「…なんでもない」
膝を抱え直したハトはもう話す気はなさそうだ。
「ユークくん。杖貸してください」
ネレーナはルカを見据えたままユークに向かって手を差し出した。
「私がやります」
ルカに次ぐ物理戦闘力を誇るネレーナは、受け取った杖で力強く素振りして見せた。
◆◆◆
屋敷の探索をしたり、こんな時でも平然としていたり。確かに一見、その振る舞いはルカらしかった。だが違和感があった。ネレーナの知るルカは、その行動の根底に「前に進もう」という意思がある。彼女なりに問題の解決を目指して動くのだ。
──『食べ物とかないかしら?』
『トイレあったわよ〜』
今回のルカは寧ろ屋敷に長く留まろうと誘導しているように見えた。それがネレーナの抱いた違和感だ。
呼吸を乱し肩で息をするネレーナは、杖を握り締めたままズルリと崩れ落ちた。地に膝をつき、遂に杖を手放す。目の前のルカは、意識を失い倒れ伏していた。
ルカとの闘いはネレーナの勝利で幕を閉じた。観客にしかなれなかった者たちは勝者を労うべく、一歩進み出ようとし、
「おつかれさま。ほら丁度、助けが来たわ」
「大丈夫か!?」
ハトの声と、開かれた扉に動作を止めた。
ネレーナは力を振り絞って立ち上がると、
「うわあぁああぁんせんせぇ~~~!!」
その胸に飛び込んだ。
嵐の中駆け付けてくれたのは、三人の講師だった。
◆◆◆
戦闘で高揚していたのだろう。次第に気恥かしさが増し、ネレーナはそっと身を離した。落ち着いたのを確認してアルバは荷を開いた。
「勝手ながら君の楽器を持ってきた。疲れているところ申し訳ないが、演奏を頼めるかな?」
「はいっ」
渡された自分の楽器を抱き締めた後、ネレーナはすぐに演奏を始めた。陽気なリズムが流れ始める。
「まったく。この状況ですぐに使い魔を放てたことには感心するがね」
呆れ顔のガイの肩から掌サイズのもにょら──ハトの使い魔が顔を出し、主の元へと帰還した。
「誰に報告するかまでは指示してないわ。もにょらが先生を選んだのね」
ハイキング中異変を察したハトが大急ぎで飛ばしたものだ。本格的に嵐に飲まれる前に、と省エネサイズで飛ばした使い魔は、救難信号を送る先にガイを選んだらしい。ハトとしてもユニかガイの元へ行くだろうと読んでいたので妥当なところだ。
「杖は魔祓い師の処でちゃんと洗浄した方がいい。応急処置はしたが精獣は戻さないように気を付けなさい」
ユークは深々とファズに頭を下げた。その頭の上で、ピュアも真似して頭を垂らしている。
「…あの…皆は…」
ユークへの説明が一段落着いたのを見て、ソーマがファズに問い掛ける。やれやれといった態で応じるファズからは深刻さは感じられない。
「そこまで時間も経っていないようだし、問題なく元に戻るよ。そこは安心しなさい。もうじき起きてくるだろう」
「良かった…!」
安堵の息を吐くソーマに頷きで同意して、ケイナはファズに目を戻した。
「ところで先生たちどうやって此処まで?」
「飛竜で。皆が起きる頃には嵐も治まるだろう」
嵐は極々局所的に起きていたもののようだと聞かされたが、それにしたって暴風雨の森を進まなければならなかった筈だ。講師陣にそれ程の乱れを感じないケイナは訝しげに首を捻るばかりだった。
「ハトくん」
「くるっぽー」
楽しげな音楽と未だ騒がしい風雨の音に紛れるように、ガイはハトに囁やきかける。
「踏んだのは君か?」
「私じゃない」
魔物は本当に居た。『なりかけ』などではない。魔物には強いも弱いもないのだ。なりかけなんてものはそもそものところ存在しない。また、在ったのはこの屋敷でもない。森の中で出遭っていた。そしてそれを起動させたのはハトではない。レアを引く者は決まっている。
「でも、魔物の『夢』にどれだけ干渉出来るのかは興味があった」
「夢、ね」
呆れたような感心したような。判別のつかない溜め息を吐いて、ガイはハトから離れた。
「あぁ、それと君。学友たちの魔物に関する知識を修正しておきたまえよ」
──面倒臭いわ。どうせもう出逢わないのに。
ハトは口の中でそう呟いた。




