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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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魔物憑きの話 2

「やっぱりね。何か居ると思ってた。魔物だったのね」

納得をみせるハト。ケイナは驚愕と疑念を露わにした。

「魔物!?…って、魔物!?」

「何ですか?それ」

魔物とは、現象である。不安を増長させたり、一時的に実現させたりする。

「あー。現実に起きたらイヤだな〜っていう無意識の不安を拾い上げて見せてくるっていうアレね」

教科書通りに諳んじるソーマに、ルカが補足した。

「へえ。ルカちゃんが知ってんの意外」

感嘆するケイナ。ユグシルは遠慮がちに口を挟んだ。

「ソーマの方が意外かな」

魔物は、魔術師にとって一般的な知識ではない。オカルトの類いだ。胡乱な知識はルカの方が得易そうな印象だ。言われてみれば確かに、とケイナも肯定に至った。

「レア」

ユークも魔物に関する情報を提示したのだろう。端的な発言にエトラは呆れ返る。

「あんたこんなのまでレア引かなくてもいいのよ」

皆の様子を見ていたハトは、考えるようにして言った。

「そこまで強いのじゃなくて、なりかけの」

ソーマが怪訝そうな表情でハトを見る。ハトは何食わぬ顔を返すのみだ。

「何にせよ、信憑性ありそうってことか〜」

唸るピノ。

「杖は?誰か持ってきてる?」

キョロキョロと首を巡らせ、ユグシルは皆に確認する。ユークが無言で片手を挙げ、暖炉前に掛けられた上着を指した。ポケットから蕾石部分が覗いていた。

「ユークか…それはなんというか…」

「アホらし。コイツが危ないのは今に始まった事じゃないじゃない」

苦い顔をするユグシルと今更だと吐き捨てるエトラ。ふと、ソーマが口を開いた。

「魔物に憑かれると…どうなるの?」

其々が顔を上げ、お互いを見合う。出逢うことも稀な、不安を見せつけてくる現象。魔物に関するそれ以上の情報を誰も持たない。

「人を襲う」

答えたのはユーク。

「人を襲って魂を抜く。魂が抜かれたら…まぁ、その内死ぬんだと思う」

暴風雨の叩きつける音が、やけに響いた。


◆◆◆


沈黙が落ちたその後。其々に座り込んだり白湯を飲んだりして時を過ごしていた。暗黙の了解で、誰も玄関ホールから出て行く者はいない。広そうな館だが、探索する気にはなれなかった。一人を除いては。

「この廊下の先に使えるトイレあったわよ〜」

「あー。それは助かりますね、と」

「紙は無いけどね!奥に台所もあったけど、やっぱり食料はなさそう」

ルカは暇に任せて館の探索を行っていた。

その報告を受け賑わう傍らで俯いていたソーマは、

「ねえソーマ」

「わ!?」

掛けられた声に飛び上がるほど驚いた。目を向ければ、背後からハトがじっとソーマを見上げていた。「なんだハトか…。何?」

「ソーマも杖を持っているのに、どうして黙っていたの?」

「え…」

ハトは真っ直ぐにソーマに視線を向けている。視線を外し再び俯いたソーマは、

「…持ってないよ」

震える声を絞り出した。


◆◆◆


「ちょっと!ソーマが杖持ってたって!」

「隠してたってこと?」

騒ぎ立てられ、ソーマは「いや…その…えっと…」と要領を得ない音を繰り返すことしか出来なかった。

「ソーマが憑かれてるの?」

「違っ…」

勢い良く、反射的に否定の言葉を言い掛けて、踏み止まる。

「…う、と、思う けど… わ、解ら、ない」

「はあ!?」

「憑かれると自覚ってあるのかな…!?もしかすると僕なのかも……!」

混乱の様相で一気に吐き出すと、ハトは得心いった顔で頷いた。

「ああなるほど。確かにそれは解らないわね」

「 っ」

真っ青になって頭を抱えるソーマを皆が不安気に見守る中、ケイナは仁王立ちで口を開いた。

「私はソーマは違うと思うぞ」

「え?」

「まあ『誰が怪しいか』ってのは一先ず置いといて、だ」

「え?」

疑いを晴らして貰えるのかと期待したソーマは話題をズラされ面食らう。オドオドとケイナに視線を向ければ、ケイナは構うことなく皆に向かって小首を傾げた。

「祓う方法ってあるのかな?」

少し考え、ピノが手を挙げた。

「魔物だったら、魔祓い師?」

「今居ないもんに頼ってられるか。この場で出来る手段を考えるの」

憑かれているのが誰であれ、それをどうにかする手段を確保しておかねば犯人探しも意味がない。

「封術」

ユークがポツリと呟いた。エトラは呆れと苛立ちが混ざった声で反論した。

「魔術は今使えないでしょ」

「今日は楽器も持ってきてないですし…」

ネレーナの演奏があれば嵐の中でも魔術が使えるのは証明済だ。とはいえ、無いものはどうしようもない。打楽器の代わりくらいは用意できるかも知れないが、それで精霊を喜ばせられるかというと難しい。

ユークは無言で自らの杖を掲げて見せた。

「それなら確かに…」

そこまで言って、ケイナは「なるほど」と目を細めた。ハトは少しつまらなさそうな顔をして、ユークを見上げた。

「いいの?杖が穢れるわ」

「嫌だ。けど、これしか手がない」

「オーケー、洗浄費は割勘だ」

三人で話を進ませていく。置いてけぼりを喰らったルカは慌てて追い縋る。

「待って待って!どういうこと?」

「ん?うん。こういう──ことだ!」

ケイナの声を合図に、ユークが杖を短刀のようにして突き刺した。

「なん…で……」

突かれた腹を抱え込み蹲るユグシルから、ぞわりと這い出した陰がユークの杖に──その蕾石に吸い込まれていく。

「そも」

ケイナがユグシルに指を突きつけ力強く断じる。

「こんな状況で先輩がパニック起こさないのはおかしい!!」

「そんな……論拠…」

ガクリ、とユグシルは意識を手放した。


◆◆◆


「蕾石に…」

皆で蕾石を覗き込む。元々琥珀色だった蕾石は今は真っ黒に変色していた。よくよく見れば、その黒色は蠢いているように感じられる。

「そっか。『器』か」

蕾石杖や神官を『カラブ』と呼ぶことがあるが、その原意は『器』である。鬼神や精獣を『入れておけるもの』という意味だ。形のないエネルギー体であれば、魔物だろうと大差ない。

「と、いうことは──」

ネレーナは視線を巡らせる。

「杖持ちが怪しいっていうのは…嘘、ってこと?」

「ユークの杖が唯一の対抗手段だからってことね」

ピノとエトラの出した結論にルカは一拍遅れて手を打った。

「なるほどね!」

「てことだソーマ。憑かれた自覚ってのはあるらしいぞ」

振られたソーマは今度は自信を持って否定した。

「うん!じゃあ僕は違うよ!」

「じゃあ残りの一人は誰か、だけど」

ピノが視線を巡らせる。エトラは肩を竦めてみせた。

「ネレーナは白でしょ。自らの存在を明かす利点が魔物憑きにはないもの」

「ええと…ケイナの論拠に倣うなら疑わしきが一人…」

ネレーナの遠慮がちな発言を受け、其々の視線はひとりに集中した。

「えっ。なに?私!?」

自らを指して目を丸くしたのはルカだ。

「あー!確かに『全員殴る!』とか言い出さないね」

「えー!我慢してたのにその言い草!」

ケイナの論拠。つまりは『らしくなさ』。ネレーナから見て、この状況で最も『想定される動き』から外れているのは、ユグシルとルカだった。

不安に駆られて嘘を吐くソーマ。冷静に思考するケイナ。苛々するエトラ。我関せずなハト。様子見に徹するピノ。何を考えているか解らないユーク。彼らは実にそれらしい。ユグシルは冷静過ぎた。ケイナの言う通り、ユグシルならこんな状況ではパニック必至だった筈だ。一方、こんな状況でも屋敷を探索したり活発に活動するルカは一見それらしい。しかし、普段ルカと親しくしているネレーナには違和感があった。

「そういえばそもそも此処に案内したのルカじゃない」

「うわ〜、不利〜…」

エトラに指を突き付けられ、ルカは怯んだ。確かに、嵐の中この館を発見し皆を導いたのはルカだった。

「でも、魔物が在ったのはこの屋敷だから、憑かれたのは入ってから…?」

「うわーん!ハトーぉ!!」

思わぬ助太刀に全力でハグをする。

それを眺めながらケイナはユークに問い掛けた。

「なあ。憑いてない奴殴ったらどうなる?」

「…悶絶?」

答えてから質問の意図に思い至ったのか、傾げた頭を反対側へ倒し言い直した。

「下手すると封じた魔物がその人に流れちゃう…かも?」

「ち。リスクが高いか」

『全員殴る』はどうやら適切ではないようだ。

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