魔物憑きの話 1
マンガ『汝は魔物憑きなりや?』の文章化
樹歴865年
「ひぃ~!酷い雨!」
バン!と勢いよく開かれた扉に、数名の若者たちが雪崩れ込む。
「ルカが適当にズンズン進むからっ」
「嵐は私の所為じゃないわよぅ!」
「まぁまぁ、ハードなハイキング楽しかったですよっと」
最後の一人が扉を閉めると、漸く一息といった態で各々に風雨で乱れた体を確認した。
岩山の印象が強いコクマ域だが、森がないわけではない。但しホドのような山林というものは少なく、森は標高の低い丘や平地に広がるものだった。塔下の南西に位置する森はワーナーに於いてはそこそこ広い森で、塔で生活していると目に入る機会も多い。自然と「遊びに行ってみよう」という話にもなる。
そんな経緯で森に遊びに来ていた学生たちだったが、その最中、突然の暴風雨に見舞われたのだった。
「建物があって助かった~」
肩を落とすピノの後ろではユークが犬のように身を震わせて辺りに水滴を飛ばしている。エトラは顔を顰めて彼から距離を取っていた。
「勝手に入っちゃったけど挨拶しないと」
ソーマの言葉に肯いて、ユグシルは奥に向かって声を張り上げた。
「すいませーん!!雨宿りさせて頂きたいのですがー!」
………。
誰かが出てくる様子はない。
「誰も居ないんじゃないかしら」
ハトがポツリと呟いた。
門の無い、鍵も掛かっていなかった屋敷。灯りのついていない室内。埃の積もった家具や手摺。どうみても長らく使われた様子がない。廃墟、という見た目ではないが、空き家の可能性が高い。
「ならまあ、ラッキー!ってことで」
言い様、ルカはボフリとソファーへ腰を降ろした。
「そんな濡れたままで…」
「留守なだけかも知れないよ?」
咎めるソーマとユグシルだったが、
「んーまぁでも休ませて貰おうぜ」
脱いだ上着の所在に悩み、ソファの背にそっと掛けながらケイナが言った。それを見て、ピノとネレーナも便乗する。
「そうだね。緊急事態だから」
「そうしましょ~。早く止むといいですねっと」
続々と寛ぎだす仲間たちに息を吐きつつも、ふたりもやがて上着を脱いだ。
「…誰も居ないと思うわ」
もう一度、ハトは呟く。まるで部屋…いや、屋敷全体を相手取り探りを入れているかのように。
「………ヒトは、ね」
ピシャリと。一際激しい雷光が瞬き、雷鳴が轟いた。
◆◆◆
「あーあー!タオルか火が欲しい…!気持ち悪いし、風邪引きそう!」
苛立ちを全てぶつけるように、エトラは水を吸った上着を絞り上げる。ケイナやユグシルは上着のみならず髪も絞っている。玄関先とはいえ室内に水を撒くのは遺憾ではあるが、既に入ってくる時に降り込んでしまった雨でびしょ濡れであった為幾らか罪悪感は薄まっている。流しや風呂場を探しに行くのは躊躇いがある。既に濡れている場所を濡らす方が気軽だった。
「魔術が使えたら楽なんだけどね」
ソーマの嘆きを聞いたルカは拳を掲げ瞳を輝かせた。
「やってみる!?」
「折角の避難所が大破したら事だ。やめといて」
そんなやり取りを見て、ユークはふと思い出した。
「前にもこんなことあった」
「浮いてた島ですね~」
徐に、ケイナは喉を均し表情を作る。
「『通常嵐の時は術式が乱れやすいと、何かの授業で習わなかったかね』」
「ギャハハ似てない!!」
ケイナによるモノマネはルカに大ウケだった。本当に似ていないが、その台詞を直接聞いていないピノとユグシルにも誰の真似かは伝わったらしい。
「あー、言いそう」
「なんだろう…不思議と誰かは解る...」
そうこうしている間にハトが暖炉を見付け、火を点けた。誰よりも毛量の多いハトの髪は水を吸って本当に重たそうだ。
「あ、よし。順番に乾かそう」
使える薪や火種が在ったのは幸いだ。
ひとりで火にあたるハトの元へ、ケイナは人を集めた。
◆◆◆
窓を叩く雨風は弱まる気配もなく、寧ろ酷くなっているのではないかと思われた。
「一晩掛かるかもね」
そう言うユグシルは暖炉から少し離れた場所でゆっくりとストレッチをしている。
「勘弁して欲しいわね」
暖炉前のソファーに腰かけたエトラは心底ウンザリと頭を垂らした。
対してルカは良案閃いたとばかりに首を伸ばす。
「食べ物とかないかしら?」
「えっ。あっても流石にそれは…」
食べる気にはならない。
「ちょっと気持ち悪いな。いつのか判らんし」
するとハトはケイナを見上げた。
「得意でしょ?錬金術」
「!? ハトさん、錬金術を何だと思ってる??」
驚きの余りさん付けになった。
「!」
ハトの発言を受け、妙案を得たとばかりにユークが声を上げる。
「エトラに薬調合して貰えば…」
「却下!お腹壊す前提で食べないでよ」
それは最後の手段に取っておきたい。
ケイナはひとつ息を吐いて暖炉脇に提げられていたパンを手に取った。
「湯でも沸かそうか。ちょっと雨汲んでくるわ。見てろよハト、雨から飲水を作るのは錬金術です」
「興味ないけど」
「手伝って!!」
渋々とケイナに追従するハトを見送って、ネレーナは暴風雨が打ちつけられ続ける窓に視線を移した。一向に弱まる気配はなく、時折身を竦める程の雷鳴が轟く。光と音の時間差はほぼない。雷雲は真上に立ち込めているのだろう。
「ねぇ。『精霊の響嵐』読んだことある?」
隣で同じ様に窓を見つめているピノが、窓から目線を外さないまま問い掛けた。
「ありますよ〜」
『精霊の響嵐』は大衆向けの娯楽小説だ。大嵐の中で閉じ込められた館が舞台のパニックホラー。主人公たちは時折聞こえる『唄』に導かれて様々なピンチを乗り越え無事脱出を果たす──という内容だ。
「試してみますかっと」
立ち上がったネレーナに面々は興味津々に集まってきた。
「何々?」
「あー、嵐の日に精霊の唄が聞こえるってやつ?」
「折角の嵐だし」
「面白そう!」
「聞こえるかなぁ?」
「よーし、皆静かに!」
………………。
皆口を閉じて、扉に向かって耳を澄ませた。
叩きつける雨風の音。改めて集中してその音を聞いていると、今の状況に対する不安も呼び起こされた。周囲の木々がしなり、時折折れ、風に飛ばされていく。雷鳴は近く、落ちないとも限らない。そんな中──
「──あ…」
ネレーナの呟きに、ユグシルもハッと顔を上げた。
「「聞こえた!」」
「え、嘘、ホントに?」
ルカが困惑気味に面々を見回す。他の皆は一様に首を横に振った。
「何してんだ?」
水の入ったパンを片手に戻ってきたケイナが一同を不審げに見ていた。
「唄、聞こえました!」
「すごいじゃん!なんて?」
盛り上がっている中、ソーマはハトとケイナに状況をザッと説明した。ケイナはへぇと頷いて意識をネレーナ達に向けた。
「それが──」「ええと…」
唄が聞こえた、という興奮は鳴りを潜め、聞こえたというふたりは眉を顰めて言い淀んだ。
「魔物が憑いている、って。私たちの内二人に」
「杖を持っている者はこの場において危険人物である、と…」
内容が違った。
◆◆◆
コンコン、と戸が叩かれる。同時に呼び掛けられたその声は購買の職員のものだった。特に何かを予約していた覚えもなし、鉱石学講師は用件を予測できないままその珍しい客を迎え入れた。
「どうしました?」
「あー、事務局からの報告なんですが…遊びに出たまま戻ってない生徒たちがいるようで」
申し訳無さそうに切り出された内容に首を傾げる。鉱石学講師としてではなく、管理職として頼られたのは解った。だが、塔は学生の私生活に関与しない。門限などというものもないし、行方不明を探す事もしない。
「居場所は定かじゃないんですが、あっちの方の空が妙でして…」
「ああ、不自然な局所的嵐が観測されたと聞いています」
「ええ心配で」
勿論ノルドも心配しているのは確かだが、それ以上に心配して気が気じゃなくなっているのが事務員だ。友だちが戻ってこない上、出掛けた先に異常な嵐が発生した。嫌な予感がすると泣きつかれたノルドはこうして管理役員に相談に来た。彼の『嫌な予感』はバカに出来ないとよく知っている。
ファズは差し出されていた書類を受け取って目を通す。
「塔としては一切関知しないと言いたいところですが──」
どうやらその戻らない生徒たちのリストのようだ。ハト、ルカ、ユーク、ピノ、ネレーナ、ケイナ、エトラ、ユグシル、ソーマ。
「………」
凡そ半数、問題児の名前がある。
「ね?不安になるメンバーでしょう?」
「う〜〜〜〜ん…」
学生が出先で嵐に見舞われた程度で、人員を割くわけにはいかない。今は未だ、そう決断せざるを得ない状況だ。




