刺青の話/亡者の話
「刻紋ってなに?」
そう聞くと、マキちゃんは盛大に顔を顰めた。
「それは、魔術的に?一般的に?」
「両方…」
意味の分かれるものなのか。
「一般的には、岩とか陶器とかに模様を彫ること。神術魔術的には、刺青」
「刺青?」
「神術的なものは詳しく知らないけど。魔術的には、…そうだな、アクセサリの代わり」
アクセサリは魔術師にとってブースターだ。組み上げ済みの術式をしまっておいたり、魔力の通りを良くしたりする効果がある。
「模様を描くだけで?」
「いや。だから刺青だって。鉱石とか金属とかをインクにして刻むの」
「ひえ…」
細かくしたアクセサリを体内に埋め込むようなものだということだろう。なかなかにぞっとしない。
「実際アレルギーとか起こす人もいるし、効果も微妙過ぎるから施術する魔術師は少ない」
マニキュアや化粧にアクセサリ効果を求める人も偶に見るが、刻紋の効果もそれと一緒くらいだろう。明らかにアクセサリの方が効率が良い。
「でも例えば、外道魔術師から魔術を奪う為に施術することはある。簡単には消せないからね」
「効果は微妙なんでしょ?そんなんで奪えるの?」
「プラスの効果は得難くても、マイナスは存分に発揮される。『壊す』『邪魔する』は簡単なんだ」
錬金術士には共感深い話らしい。
「で?」
マキちゃんは探るようにこちらを見ている。
「急になんでそんな話?」
「小耳に挟んで」
「あそう。まぁ何の効果があろうがなかろうが、刺青なんてやめといた方がいい」
勿論入れる気はない。勇気もない。ただ。
「……罪人、だったのかな」
「見たの」
「え?」
思わず顔を上げる。マキちゃんと目が合った。
「あ、いや。えーと」
「忘れた方がいいよ。憶えてない方がいい」
……「何を」とは、問えなかった。
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後々聞いたところによると、塔の噂のひとつに『刻紋の亡者』というものがあるらしい。
全身にびっしりと刻紋を施した人物が、夜な夜な塔を歩き回っているのだとか。その身体に生気はなく、その空洞のような瞳で見られた者は芯から凍ってしまうという。上半身は裸であったとか、薄手のローブを纏っていたとかの目撃情報が報告されているが、いずれも裸足であったとされている。
フィアがそれを見たのは眠れぬある夏の日の夜だった。散歩がてら休憩室でお茶でも飲もうと学生寮街を抜け出した。塔内が最も寝静まる時間。三~四時の間の灯りの少ない街をブラブラと歩く。起きている者はいるだろうが、外へ出る者は滅多にいない。
ふと、唐突に尋常ならざる寒気を感じた。
夏とはいえ、塔の夜は冷える。しかしそれにしても寒すぎるし、何より温度変化が急すぎる。ローブを身体に密着させ、両腕を擦った。何か結界でも張ってあっただろうかと辺りを見渡す。すると、ひとつ人影を見付けた。階層を支える柱の陰に誰か立っている。
なるほど、人気の少ない時間帯に街で魔術の練習をしていたのだろう。街中での魔術行使は褒められたことではないが、ありそうな話だ。
そう納得して、フィアはその寒気から逃れるべく足早にその場を後にした。その時に見た人物は、全身に刺青を入れており、随分と虚ろな印象であった。
フィアがその話をカルタに聞かせると、彼は
「刻紋の……」
と呟いて暫し押し黙った。フィアが問えば、
「いや。忘れた方がいいよ」
すぐに違う話題を供されてしまった。
仕方がないのでトートマシーに今度は刻紋の意味を問えば、最終的にやはり彼については忘れた方がいいと返された。
見習いとはいえ、知ること、求めることに価値を見出だす塔の魔術師たちが「忘れろ」と口を揃える。残念ながら、こんなに興味をそそられることも他になかった。
そういったわけでフィアは学長の元を訪れた。
「先生、『刻紋の亡者』ってなんですか?」
単刀直入である。
「おや。塔の噂話のひとつだね」
そうして概要を説明してくれた。
「刻紋についてはマキから聞きました。彼のは、どちらなんでしょう」
「うん?」
学長は興味深そうに先を促した。
「彼が操っているのは冷気です。それは、静寂の精霊を操るのに特化した刻紋を自ら入れたのか。それとも魔術を封じるための静寂の紋があそこまでの冷気を発しているのか」
「……ん?」
興味深く聞いていた学長が、俄に険しい表情を見せた。
「フィア。見たのかい?」
「えーと、はい。先日寮街で」
「見られてはいないね?」
「え?どうでしょう。後ろ姿ではあったけど…」
強い調子で尋ねられ、たじろぎつつ返事をする。
「瞳は見ていないんだね?」
「あ、はい。それは」
それを聞いて学長は長く深く息を吐いた。
「良かった。だけど、やはり忘れておいた方がいいね。フィア、処置をしよう」
「先生まで!どういうことなんですか?」
「あれは『呪い』だ」
悪い蝙蝠が作り出した消えない呪い。疫に近い存在で、有翼の種の滅びを望んでいる。ひと目見えれば紋を刻まれ、ふた目見えれば魂を抜かれる。但しそのカウントはこちらの記憶に依存する。『二度目』と認識しなければ発動しない呪いなのだ。
「その仕組みは解明されてるんですね」
「なにせ作った当人がそう言ったからね」
さあ、と手を差し出す学長に、今度はフィアも拒否できない。
「そう言えばさっきの答えだが」
刻紋の機能はバフかデバフかどちらなのかという話だ。学長はフィアの額に掌を当てながら続けた。
「あれは奪った魂で刻んでいるらしいから、その数だけ呪いは強くなり、しかし活動は停滞していくんだそうだよ」
そうなんですね、と答える間もなく。フィアの意識は一度途絶えた。
「さて……」
フィアは「先生まで!」と言った。一体誰が、何故この話を…忘れた方がいいということを知っているのだろう。
学長は思案しながら、大切な教え子の頭を撫でた。




