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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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船上の話

樹歴860年~

近年塔で人気の「チョコレート」。その原料はネツァク域からの輸入品である。ネツァクはターミナルの利用を制限している為、主に海上輸送されている。

まだチョコレートが塔に出回り始めたばかりの頃。ネツァクからの輸送海路に玄獣の群れが現れたとして、魔術師協会へ貿易商から攻性術士の貸し出し要請がきた。海路を往くとなれば長期になる。そこでまだ授業を受け持っていない新任講師ふたりが出向く事になった。


「えー…っと、ガイせんせ…だっけ?」

ケセド域出身にしては珍しい白めの肌の美丈夫は、人見知りなのか何処かひきつった表情を浮かべている。

「同期ですから、どうぞ楽に接して下さって構いませんよ。パーブル先生」

偶に滲み出る軽薄な言動から、無理して猫を被ろうとしているのだと察された。

「…そう?…んじゃーそうさせてもらうわ」

多少遠慮がちではあるものの、猫皮を捨てたパーブルの表情は幾らか和らいだものに変わった。


「おかしくない~?オレら攻性術士だけど『一応』だぜ?」

「…まあ、協会所属ですから要請には従いますが。試験、みたいなものですかね」

「おかしくない~?ラブコールに応えてやったのに試験課すの」

「確認程度の意味合いでしょう。人手がないのも事実ですし」

ブーブーと文句を垂れるパーブルを引き摺って待ち合わせの港に向かう。ガイにはひとつ懸念があった。依頼主はネツァク域の商隊だという。これ迄ガイはネツァク域の人間と交流を持った事がない。

「あなた、ネツァク域に知り合いはいますか?」

「いいや。南国果実はまだ味わった事ないね」

噂だけは聞いているが、果して。この人選は正しかったか否か。行ってみねば判らない。


「あんたたちが魔術師かい?」

港に着くと、如何にも気の強そうな、体格の良い人物が待っていた。

「あたしが今回のこの商隊の取締役だ」

「うっわあ惚れ惚れする筋肉だなぁ」

堂々と口にしてしまうパーブルの後ろからガイは場を伺う。荷運びなどは終えているのだろう。慌ただしく動き回っているような者は居ないが、出航に向けて何名かは船内外の点検を行っている。武器を携行している者が多いのは、状況的に妥当だろう。

「ふぅん?へぇ。中々イイオトコじゃないか」

「 ぉ?」

商隊長はぐいっとパーブルに顔を寄せ、値踏みする。

「野良だったらあたしが飼ってやるのにさ」

「そりゃ残念、もうご主人サマはいるんでー」

「あっはっは、船旅の間は目も届かんさ。遊びたくなったらいつでもおいでよ」

豪快に笑い、バシリとパーブルの背を叩く。軽くよろめいた。ガイがやられたら吹っ飛んでいただろう。

「ほら乗った乗った!もう出港だ。説明は船室で行うよ」

「やだ、逞しい…」

内股になっているパーブルを小突いてガイはさっさと歩を進めた。


件の場所はだいぶネツァク寄りの海域にあるらしい。恐らくは、玄獣の好物を積んでいた時に偶々襲われ、以来味をしめた玄獣に狙われるようになったのだと思われる。

「因みに玄獣が狙う荷というのは?」

「メインはオヘレルみたいだね」

オヘレルはチョコレートの原料である。

「もう下ろしちまってんのに、帰りも襲われんの?」

「ああ。一度美味しい思いをしてるからな。船を襲えばエサがあると思ってんだろうさ」

いずれは学ぶかも知れないが、まだそこまでは至っていない。

「見た限り、武の心得がある方が多そうですが」

「うちは戦士の国だからな。だが、鳥型の玄獣は相手に出来ない。追っ払う程度しかな」

神聖なものという扱いらしい。自ら手を下す事は出来ないという。

「討伐依頼出してりゃ一緒な気もするけどね」

「背に腹は代えられないのさ」

肩を竦めて見せる商隊長に、一拍置いてガイは口を開いた。

「殺さない方向で、という事で良いでしょうか?」

「追っ払うだけじゃあ埒が明かない」

「…美味しい思いをして寄ってきたのなら、痛い目をみれば避けるようになるでしょう」

「そりゃ、それが出来りゃあ一番だが」

ガイはニヤリと笑んだ。

「ではそのように。何、幸い、心変わりを起こさせるのは得意でして」


「『一応』の、その肩書きが必要だったみたいですよ」

「まーせんせーはそうとして、医者オレは要ったかね」

呪術士アタッカー医者サポーターとしての派遣だ。

「やり過ぎたらフォローしてください。殺さない約束になったので」

この男がそんな下手を打つ気がしない。パーブルは曖昧な音を返した。


さて。目的の海域はまだまだ先である。船はワーナーの港を出たばかりだ。乗組員は筋骨逞しい輩が多いが、ひょろひょろした者も幾らか居る。商人の船だ。頭脳労働専門の者も居るのだろう。中でも異彩を放つのが、10代前半とみられる少年だった。伸ばしっ放しの長髪は潮風でバサバサになってしまっているが、快活に船内を走り回っている。仕事をしているようには見えない。

「彼は?」

「ウートゥか?あいつは『船』だ」

商隊長に訊いてみれば、そのように返ってきた。

「船?」

どうみてもただの人間だ。何かの化身や鬼神の一種という感じもしない。

「時化とか、努力の及ばない不幸に陥った時に捧げられる役だね」

持衰じさい…端的に言うと人柱でしょうか」

非魔術的な、と眉を顰めるのは心の内のみ。他国域の風習に容易に口は挟めない。

とはいえその程度推察に難くないようで、商隊長は肩を竦めて続けた。

「なに、なんたって『船』だ。時が来るまでは大事に大事にされる。運が悪くなきゃいい生活が続くんだ。志願があるくらい、奴隷おとこどもにとっちゃ良い仕事さ。それに、甘やかされて育った『船』に、他の仕事は堪えられんだろうさ」


「おれ?うん。船だよ!」

直接話しかけてみると、少年は元気に肯いた。年の割に幼い喋り方だ。

「お客さんは珍しいってほどでもないけど、おにーさんたちは珍しいね!」

興味を引かれたのか、キラキラとした瞳でふたりの魔術師を見上げている。

「珍しい、ですか?」

「うん!カッコイイのに、商品じゃない。お客さんだ。なのに、女たちは騒いでるけど、手を出してない」

「………」

不穏過ぎて居たたまれない。パーブルは砂を食んだような顔をしている。船の上ではいざという時逃げ場も無いな、と一瞬その「いざ」を想像してしまった。背後にまだうっすらと塔は見えるが、何処にあろうと船上ここはネツァク域なのだと意識し直す。

「……それで、船、というのは?」

「船は船。こっちの船に何かあったらおれが代わりになるの」

あまりにもあっさりと答えるので、思わず不安になった。

「おまえ、それ意味解ってんの?」

「うん!その代わり、おれはおいしいごはんもふかふかベッドも貰えてるし、働かなくて良いし、殴られないよ」

「………」

正確に理解した上で命と生活を天秤に掛けているのなら、何も言える事はない。そもそも出せる口は無いのだが。

「そんで、6年くらいお役目こなしたら航海の鬼神(スサボ)に認められたって事で神官になれるんだって!神官になったら、もう女もこわくない」

「なるほど。命を賭ける価値があんだな」

そうさ!と少年は明るく肯いた。


***


「んー、使役動物だ」

「そうですね」

ネツァク域における男性の扱かわれ方が解ってきた。いや、少なくともこの船の上では、というものかも知れないが、ともかく。

ビシバシと鞭打って働かせているイメージがあったが、そういうわけではないようだ。自ら労働に意欲的になるように躾られている。よく働けばよく褒められ、サボれば小突かれる。基本的には可愛がられている。

「この商隊は男性福祉に手厚くてな~。スサボ神官の排出率も高いんだ」

『男手』のひとりはそんな風に言っていた。客人たるふたりが丁重に扱われるのも、借りてきた他人のペットに無体はしない、そういう感覚だろう。

「なんか恐くなってきた」

「如何に可愛がっていても、牙を剥いたら殺処分でしょうからね。お互い気を付けましょう」


道程も半ばまで来た頃、船の上は俄に騒がしくなった。『健康診断』の日である。

パーブルは職業柄興味があり、何度か医務室に出入りしていた。専門は外科だが、今回の健康診断を手伝う事になったのだ。任されたのは『男手』たちの診察だ。女性は女性にしか診られないらしい。

男だけでも結構な量だった。男女比は半々くらいだから、いつもはこの倍の数を船医一人で診ているのだと思うと感心してしまう。

結果は誰も彼も健康そのもので、稀に擦り傷や打撲などの軽い怪我がみられる程度。栄養状態も良好だった。

「大事にはされてるんだよなァ」

「労力の管理が行き届いていますね。下手な社畜よりは幸せだ」

ブラックな職場に心当たりがあるのか、ガイはそう言って鼻を鳴らした。前々職がそこそこブラックな環境だったパーブルは複雑な心境になる。命令ひとつで失われる命。考えてみれば彼らと同じだ。であればいっそ彼らの方がマシかも知れない。役中は栄養状態なんて最悪だった。

「…ん。まぁ、暇潰しにはなった。あ、ガイせんせは大丈夫?不調ない?」

「上々ですよ、ご心配なく」

「ふぅん」

船酔いを魔術で誤魔化しているのは知っている。対処できているなら問題はない。

「そっちはいつも何してんの?」

同室を充てられているが、いつも一緒にいるわけではない。

「航海士の方とお話したり、ウートゥに勉強を教えたりしていますね」

天候の見方や潮流の読み方、方角の確認法方など、航海士との会話はガイにも勉強になった。海に出る、という発想は現状ネツァク域のみの独自性だ。流石の塔にも航海に関する技術や知識は含蓄されていない。

「ウートゥに勉強をねぇ」

「知識だけですよ」

雑談がてら、釣り上げた魚の生態などを教えたり、文字の読み書きを教えている。興味がない事には返事すらしないが、魚の話は積極的に聞きに来る。そこまで魚に詳しいわけでもないのでそろそろ他にも興味を持ってくれないと話のネタが尽きそうだ。


「オオイカだ!」

響き渡ったその声に、船内は瞬時に臨戦態勢となった。

「うっわキモ…」

巨大なイカ脚がぬるりと船にしがみつく。剣や槍で切り裂かれ、甲板を体液が汚していく。切り離された足先がピチピチと跳ね回り、誰かの放った槍がそれを縫い止めた。

「全員無事か!?」

手伝う間もなく、オオイカ退治は完了した。

「強ぇ」

統率が取れており練度が高い。とても商人の船とは思えない。

「鳥型じゃなければこんなもんさ。怪我ないかい?」

後始末を部下に任せて声を掛けてくれた隊長にキュンとなっているパーブルの横…いや後で、ガイは俯き加減のまま片手を上げた。

「……失礼」

早足で甲板の端まで行くと、手摺に寄りかかって虹をぶちまけた。

「…あぁ。おっきく揺れたもんな」


何食かイカ料理が続き、遂に目的地が迫ってきた。

「そろそろだよ……ほら、見えてきた」

ヒュゥと口笛を鳴らす隊長の視線の先には、暗雲が立ち込めている。鳥の群れだ。

「ちょ、居すぎでしょ!」

「聞いていたより多いですね」

「行きより増えてるね」

頼んだよ、と背を叩かれパーブルは前のめる。

「オレばっか叩くねあの人!?」

「ちゃんと人を見てますね」

痩身のガイに目を移す。まあ仕方がない。パーブルは息を吐きながらしゃがみ込んだ。

「あの量、イケる?」

「少し手荒になりますが」

「あそう。頼れるゥ」

呪術は単体を対象にするものというイメージがあるが、イケるというならイケるのだろう。

「オレ何かやることある?」

「貴方が出来る事を知らないのでなんとも。あの群れをなるべく一ヶ所に留められれば助かりますが」

「オーケー、多分イケる」

屈伸をするように立ち上がる。船を見付けた鳥たちがこちらに向かって来ているのが判る。

「じゃ、やりますかぁ」


ウンカの如き鳥の群れは、数を活かして波状攻撃を仕掛けてくる。体長1m少し。翼を広げれば3m程だろうか。玄獣としては大型とは言えないが、それでも大きい。それがこの数だ。積み荷を空にされる処か乗組員も補食されかねない。女たちは荷を守ってはいるが、槍の柄や剣の鞘での応戦だ。完全に嘗められている。

「チョーシ乗ってんな。イカの事教えてやりたいぜ」

「良いですね。ならそうしましょう。あの辺りに集めて下さい」

「あーいよ」

杖の先で示された箇所を確認し、パーブルは指先をくるりと回した。次第に風が渦を巻き始め、鳥たちは自然とその中心へ閉じ込められる。

「風に乗るための翼だもんな。易い易い」

「結構」

ガイが杖を振り下ろすと同時に、バチンッ!と短く激しい音が轟いた。ほんの一瞬、空に紫電が走った気もするが、しっかりと捉えられた者はいないだろう。鳥たちは暫しの硬直後、慌てふためいて船から離れていった。

それを何度か繰り返すと、船を襲う鳥は一羽もいなくなった。女たちはポカンとした様子で霞の晴れた空を見ている。

「はあ、本当に殺さず追い払ったね。あんなシシオドシみたいなもんで、今後も寄ってこないもんかい?」

「さて。イカの振り見て我が振りを直してくれると良いのですが」

「イカ?」

クツクツと嗤うガイを不気味そうに見ながら、商隊長は首を傾げた。

「オオイカと同じ目にあって貰ったんですよ。夢の中で、ね」

「よく解んないけど、大きな音出したってだけじゃないんだね」

「苦い思い出はいずれ薄れますから。定期的に似たような音を出してやれば思い出してくれると思いますよ」



「あったなァそんな事」

酒の肴にチョコレートを摘まみつつ思出話に花を咲かせた。オヘレルの輸入が恙無く続いているのもふたりの功績だ。チョコレートを見る度に思い出すのは無理もない。

「オレさぁ、結構感動したのよあの時」

「感動、ですか」

「そ。ガイちゃんホントに一匹も殺さなかったじゃん」

救った患者の数よりも、殺した敵の方が未だに多いパーブルだ。『敵』に魔術を使って殺さなかったのはあれが初めてだった。

「攻性術って、色々あんだなーって」

ぐでー、とパーブルは上半身を机に融かしていく。だいぶ酔いも回っているようだ。

「…そろそろお開きにしましょうか」

「えーやだぁ!折角だからもうちょっと話した~い~」

あの後、帰りの便が出るまでの間ネツァク域に滞在していた時の事。帰りの船での事。思出話は尽きないが、それらはまた別の機会に。

ガイはパーブルの口にチョコレートを突っ込んだ。

「これ以上は明日の講義に障りが出る。帰るぞ」

「ちぇー」

パーブルはもぐもぐと口の中を空にし、大人しく立ち上がった。

ガイはふらつくパーブルに肩を貸す。その重みに偶に揃ってふらつきながらも、ふたりはいつものバーを後にした。

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