研修の話 3
3人はバラバラに、各々でカジノを楽しんだ。
最初に交換所でコインを購入する。現金や物品は賭けの対象に出来ない。コインは最後に再び交換所で現金や物品に換えられる。レートは1コイン=e.10。解ってはいたがやはり高い。
ユニが50枚買ったのを見て、ヨハネスは10枚に決めた。ケイナは「先ずは」と5枚のみ購入した。増やせればラッキー、尽きたらまた買いに来ればいい。
一度ざっと見て回る。ルーレットやカードゲーム、ダイス、籤、小動物を使ったレース、ダーツ、そして、
(リールマシンだ…!)
レバーを引いて回転する絵柄を揃える賭博機器。ケイナも噂には聞いていたが、実物は初めて見た。こんなもの、魔術が使えたら当て放題だ。好奇心に負けて一度回してみる。残念ながら外したが、幾らか掛ければコツが掴めそうな気もしないでもなかった。とはいえ、今の一回しでe.10が飛んでいったという虚しさはそこそこ心に来るものがある。
(…カードで増やしてからまた来よう)
さて。しかし見れば見るほど認識が改まる。恐らくあの幻術講師は既に此処に来た事があるのだろう。そして電子機器に興味を抱いたのだ。リールマシンは電子機器という程のものではないが、コインの感知等に電気を用いているだろう。場内の照明は炎と電気を併用しているように見える。此処で電子機器と娯楽が紐付けられたのだとしたら納得がいく。
あのパイナップルは一体何者なのだろう。
そんな事を考えながら、ケイナはビッグ&スモールの席に着いた。
えげつねえ、とケイナは呆れた。
そこそこ遊んで粗方見回って戻ってくると、ユニはカードゲームのテーブルに座っていた。目の前には大量のコインが積まれている。勝ち取ったものだ。勿論魔術は使っていない。相手の心情を読み取っての堅実な勝利の積み重ね。対人戦となれば、眠鬼の独壇場である。種族の固有能力なので静寂の檻では封じられない。
大金…実際にはまだコインだが…を前に、それでもユニは不服のようで、「次はユークさんを連れて来ましょうか」と洩らしている。カジノの破産をお望みらしい。流石に止めてあげて下さい、とケイナはユニをテーブルから引き剥がした。
「大人気ないですよ、先生」
「先に喧嘩を売ってきたのはあちらだわ」
薄く浮かべた微笑みが恐ろしい。助けを求めてヨハネスを探すと、彼は彼でルーレットに勤しんでいた。幸運係の姉もまたそこそこ強運の持ち主らしい。
「稼いでんなぁ」
「こういう、割とどうでもいい運は強いみたい」
但し肝心な処での引きは良くないと口を尖らせる。
「良いじゃないか。何処かしら良ければ」
ケイナは素寒貧な手元に眼を落とす。B&Sで地道に稼いだコインをリールマシンでゼロにしてしまった。あとちょっとで機械の癖を掴めそうだったのに、先にコインが尽きてしまったのだ。とはいえ、元手の5枚は残した。赤字で帰りたくはない。
「ずっとルーレットやってたのか?」
「そうだよ。考えなくていいし、結果が出るのが早いから」
とんだ無精者だった。
***
交換所へ向かうと、再びオーナーが現れた。
「お楽しみ頂けましたか?おや。随分勝ったようですね」
ユニのコインを見て眼を丸くしたものの、にこやかにしている。
「ええ。でも夜更かしは美容の大敵なので今回はここまで。次を楽しみにしているわ」
ひぇ、とケイナは眼を逸らす。これは本当にユークを連れてくるつもりだ。
「こちら、交換所の景品にもありますが、サービスです。記念にどうぞ」
そう言ってオーナーは三人の手にひとつずつ小振りの毛玉を落とした。
「かわい」
雪兎のストラップだ。やはりマスコット扱いでもあったらしい。これは勿論作り物だ。
ケイナがハッとして横を見れば、ヨハネスが俯いてフルフルとしていた。ケイナはオーナーに礼を言うと、ユニの袖を引き迅速に交換へ向かった。
「可愛いのがムカつく」
怒りに任せても捨てるに捨てられず、ヨハネスは毛玉を握り締めた。3つともポーズが異なっていて愛らしい。
「捨てるなら貰うぞ」
「………」
ヨハネスは葛藤中だ。ケイナはユニに向き直した。
「ユニ先生クビツリウサギファンだったんですね」
ユニはクビツリウサギラインストレートカジノエディションを2体も交換していた。クビツリウサギは全国に様々なバージョンを持つ人気のストラップだ。収集家も多い。
「ひとつはユーリカ先生へのお土産よ」
同志らしい。そう言えばそんな噂を聞いた事もある。
「いやぁでもとても勉強になりました」
「……それはそう。ありがとうございました」
頭を下げる学生たちにユニも微笑みを返す。
「それは良かったわ。連れてきた甲斐があったわね」
それで、とケイナは一度言葉を切った。
「オーナーとは、どういう知り合いなんです?」
あのパイナップルは気になりすぎた。踏み込んだ質問になるが、訊き方が解らなかったのでこうなってしまった。ユニとの関係が知りたいわけではないが、他に言葉が見付からなかった。
「ふふふ。あの子はマルクトから来たのよ」
「マルクト?」
マルクトの事はよく知らない。これといったイメージすら持っていない。ヨハネスもぼんやりとした顔で聞いている。
「凄く大変そうにしていたから、偶に様子を見ていたのだけど」
ある日、見付かった。それから、偶に導くようになった。そして、彼は成り上がった。
元々、ホテルはあった。術具を手放して寛ごうという趣旨のホテルを、彼が買い取って更に強化した。静寂結界の基本についてはユニが教えた。悪趣味な触媒は力及ばなかった彼なりの努力《研究》の成果だ。そこでの試行を元に、大規模なカジノを作ったようだ。
「はーなるほど。でも、電気に関しては…」
「昔から事ある毎に言っていたわ、『電気がないのは不便だ』って」
「マルクトにはそんな技術が普及してるんですか?」
そうみたいよ、と返すユニに、ヨハネスは半眼を向けた。
「……ケイナ先輩、多分違う」
ユニはそっと眼を細めて笑んだ。
「違うって?」
「『マルクト』違いだよ、多分」
「……ぁー」
オーナーは異邦人だ、とヨハネスは言っている。
「ふふ。眠鬼は珍しいものが大好きで、欲求には逆らえないの」
浮かべられた妖艶な笑みにふたりは言葉を失くす。
(オーナー、多分、もっと絞めて良かったよ)
玩ばれてきたのであろうパイナップルに、ふたりは心底の同情を送った。




