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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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研修の話 1

樹歴866年

ラインストレートの一角には魔術の使えない街がある。賑やかで華やかなその街は、魔術を禁じることで儲かっている。高級リゾートホテルに国営カジノ。この、街の二つの名物は、其々の敷地内に強力な静寂の檻が張られている。その影響により街全体で魔術が非常に使い辛くなっているのだ。

そんな説明を聞きながら、ふたりの学生はポカンと棒立ちになっていた。華やかなホテルの威容、煌びやかなカジノの迫力、エネルギッシュな街全体の圧に飲まれそうだった。

「リゾート、なめてたわ…」

「すでにちょっと疲れたかも」

尻込みするふたりに対し、引率講師はあくまで優しく、しかし有無を言わさずその背を押した。

「さあ。まずはチェックインしましょう」


敷地全体に常時強力な結界を張る。塔には他と比較にならない程の強大な仕組があるが、その術式は学長が起動し維持させている。では他の施設にも常に有能な魔術師が居るのかというとそうでもない。その辺りの事を学ぶ為の今回のラインストレート研修だ。

引率はユニ。参加者は、ヨハネスとケイナ。

「此処の静寂の檻をヨハネスさんに見せてあげたくて。ふたりきりだと可哀想だから、お友だちを誘ってもいいと伝えたの」

それで誘われたのがケイナらしい。

「なんでかは解んないスけど、良かったですよ。一度行ってみたかったんスよね、コクマのカジノ」

「………」

ヨハネスにも何故ケイナを誘ったのかはよく解らない。ユニとふたりきりになると考えたら、ケイナを呼んだ方が良い気がした。結界に関する研修なのだからソーマに声を掛ければ喜ばれただろうに…とは自分でも思う。いや、魔術の使えないホテルに泊まるのは不安がられたかも知れない。

「ふふ。勘が良いのはイイコトよ」

「「?」」

今はチェックインを済ませ、各々部屋に荷物を置いてからカフェスペースに集合している。

「にしても、本当に魔術使えないんスね」

ホテルには術具の持ち込みは禁止されていて、もし持っていたらチェックイン時にフロントに預けなければならない。外出時にフロントに言えば一時的に返して貰う事は出来る。

「しかも寒くない」

ヨハネスの術式では静寂の精霊が集まりすぎて冷気を纏ってしまうが、このホテルは寧ろ少し暖かい。過ごしやすい気温に保たれている。

「魔術を使いたくても使えない…『魔術師の完全休暇』を売りにしているリラクゼーション施設でもあるもの。魔術ありきの場所とは違う、別の知恵が巡らされているわ」

それはケイナにはとても興味深い。カジノに釣られて参加した研修だが、予想外に学びが多そうだと期待する。

「今日は移動で疲れたでしょうから、ホテルでゆっくりしましょう。ああ、この研修バッジを渡しておくわ。わかり易い所に着けておいて。好きに見て回っても、不審がられない為に」

ユニは頬に手を添えてほぅ、と息を吐いた。眠鬼は基本、体力がない。引率がお疲れなのなら、生徒は大人しく従うしかなかった。


とは言え、まだまだ陽も高い。「ホテルでゆっくり」との事なのでホテルを出なければ問題ないだろう。ふたりは早速施設内を見て回る事にした。


当然の事かも知れないが、施設内の見て回れる場所には静寂結界に関わっていそうな何かは見付けられなかった。

「解らんな」

「ていうか、広い。流石に疲れたんだけど」

立ったまま顎に手を添えて考え込むケイナの傍でヨハネスは膝に手をついていた。

「私も大概体力はない方だが、マジかヨハネス」

所属グループの中で最も体力があるという稀な立場になったケイナは呆れた視線をヨハネスに向けた。

「山育ちだろ?」

「それはそう、なんだけど…」

魔術が使えない、というのは幾つかの理由に分かれる。

ひとつは術具。凡その魔術師は術具が無ければ魔術は行使できない。術具を取り上げる時点で8割の魔術師には完全休息は約束される。

ひとつは精霊。魔術は精霊に命令を与える術である。幾ら命令を送っても受け取る精霊が居なくては何も起こらない。

ひとつは、静寂結界。静寂の精霊は他の精霊の活動を制限する。命令式を受け取って活性化する事を許さない。結果、術は不発に終わる。結界内の静寂の精霊は全て結界内の不活化に尽力するため、解除式以外の他の命令は受け付けない。

さて此処は、それらを全て満たしている。

ひとつは術具。これは取り上げられている。ひとつは精霊。敷地に対して数が少ない。最後に結界。強力なものを用意しなくても、前のふたつを併せれば充分だろう。

「精霊が少ないわ言う事聞かないわで、ダルい」

いつも向こうから寄って来る癖に、呼び掛けても返事をしない。それはヨハネスには稀有な経験だった。勿論静寂の檻のなんたるかは知っているが、掛けられた事はなかったな、と思い至る。

「精霊が少ないのか?なんで判る」

通常魔術師は術の使い勝手で場の精霊量を判断する。そもそも使えないのに、居るか居ないかは判らない。

「判るでしょ。感じないし」

「結界の所為じゃなくてか?」

肯くヨハネスにケイナは首を傾げたが、曖昧な思考音を発して有耶無耶に頷いた。

「それでも結局この範囲を覆う結界の維持は大変な筈だよね。どうしてるんだろ」

「……まあ、考察は今日は此処までにするか。さっきラウンジを見た。行こうぜ」

「オレンジジュースしか飲まないよ」

クタクタな自分への気遣いも含まれている事は解ったヨハネスは、ケイナの提案を断りはしなかった。


***


「ふたりとも、随分楽しんだみたいね?」

「…け…経費で落ちますか」

ケイナが汗だくだくで差し出した領収書を見て、ユニはふぅ、と息を吐いた。

「自由行動の間は自費が基本よ」

「ぐ…」

仕方がない、と飲み込もうとした処で

「今回だけよ」

ユニから現金を渡された。

「先生…!ありがとうございます!」

恐らくユニの財布からであろうと察しつつ、ケイナはありがたくそれを受け取った。カジノに行く前に危うく種銭を無くす処だった。

ラウンジでの飲み代は、高額だった。此処は高級ホテルである。あらゆるサービスの価格が学生の懐には優しくない。ユニは貴族なので高級サービスに慣れているかも知れないが、田舎平民のふたりには目玉が飛び出る金額だ。

「さて。まさかずっと飲んで過ごしたわけじゃないでしょう。魔術に頼らない暖房の仕組は理解できたかしら」

「あーいや、ハッキリとは…」

苦い顔をしつつも、ケイナは推測を述べ始めた。

ひとつは惜しげもなく使われている法石。透度と強度を併せ持つ高額な素材だ。例えばビナーのターミナルは海底に在るが、ターミナルホールやそこに至る通路は法石で出来ている。このホテルは壁や天井の大部分に法石を用い、日光を取り込んでいる。温室となっているのだ。加えて、床は石造りであるが、恐らく某かの形で床暖房が敷かれている。蓄熱した石材の輻射熱を利用しているのだろう。燃料を炊いて暖気を床に送り込んでいるか、水を温めて巡らせているか…。夏季の事も考えれば、恐らく水の方だろう。何れにせよ、魔術に頼らない手段は初期段階にえらく手間と金がかかるな、とケイナは感じた。

「地中熱を利用しているそうよ」

「そりゃすごい」

地中の熱は凡そ一定だ。張り巡らせた配管を50m程地下へ潜らせれば管を流れる液体が給排熱してくれる。夏は涼しく、冬は暖かく、自然と調節されるわけだ。しかし送水にも動力が要る。詰まる所電力を利用しているのだろう。電力を用いる技術に興味を抱いている講師の顔が浮かんだが、既に視察は終えているだろうと思い直す。娯楽の神(アクラハイル)に愛された男がこの街を見落とす筈がない。

「静寂の檻はどうかしら」

ヨハネスはケイナに話した考察をもう一度披露した。広範囲の結界の維持には支点と中継点が重要になる。恐らく要石は敷地の中心の最も高い場所にあり、中継点には術式を増幅させる触媒が置かれている筈だ。しかしそれ以上は解らない。何故精霊が少ないのか?触媒に何を用いているのか?それが判然としないままだ。

ユニは楽しそうにフフと笑った。

「明日は夕食後からカジノの方に行きましょう。それまでは好きに過ごしていいわ。建物の外はまだ見ていないでしょう?」



「ベッドヤバい寝心地だった」

覚めきらない目で現れたケイナに、ヨハネスは呆れながらも同意した。

「永眠出来そうだった」

「そうだね」

朝食を摂り、屋外へ向かう。観賞用の庭やスポーツ用の芝地、夏季用のプールなどがあり賑やかだ。

「……これだ」

一定間隔に建つオブジェ。ヨハネスは露骨に気分を害した顔をした。ルカを連れてこなくて本当に良かったと思う。

「可愛いじゃないか。ホテルのキャラクターか?」

「だったら良かった。これ、玄獣だよ」

雪兎、とヨハネスの暮らしていた場所では呼ばれていた。ふわふわの長毛と黒くて短い菱形の角が特徴だ。それが思い思いのポーズで法石漬けにされている。玄獣には死後遺体が残るものと残らないものがあるが、雪兎は残らないタイプだ。ということは、完全に死んではいないのだろう。

「人柱みたいなもんか」

静寂の力を持った玄獣を術の触媒にしている。これだけ数を揃えたら効果も大きいだろう。

「不愉快だ」

ヨハネスはホドの山奥出身だもんな、とケイナは口に出さず頷いた。玄獣を人間より上位の存在とし、敬う。使役すらしないのだから、この扱いは認めがたいだろう。

しかし、例えば角や爪、疑似宝石のような『玄獣から採れる素材』ではなく玄獣そのものを使うとはケイナでも驚いた。

「んじゃ触媒はコレとして、精霊が少ないってのは?」

「それは…まだ解んない。ひょっとしたら元々の土地柄かも知れないし、ケセドみたいに……」

自分で口にした言葉に思う処があったらしく、それきり黙り込む。彼の地に精霊が少ない理由。

「ケセドは神秘自体が喪われていってるんだろ。このコクマでそれは──」

「でも、此処では長らく静寂の檻以外の魔術が使われていないんだ」

それは神秘の喪失と変わりないのではないか。

「……うーん」

取り敢えず、昼食を摂る事にした。

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