恋心の話
さて。僕は新たな恋心を自覚したが、思うになかなか前途多難だ。
『一緒に長生きしましょう!』は僕には完全にプロポーズに思えたが、恐らくフィアの意図はそうではない。お互いに、くらいの意味合いだったのだろう。親愛は感じても恋愛には程遠い。まずは意識して貰えなければ先がない。
という訳で、勇気を出してデートに誘ってみた。フィアは快諾してくれた。楽しい一日となったが、残念ながら手応えはなかった。
「…どうしたらいいんだろうか…」
何せ経験がない。こういう時、人生経験の足りなさが浮き彫りになってくる。相談する相手は…誰が最適だろうか。それすら解りかねる。
頭を悩ませていると、コンコンとノックが響いた。そう言えば約束の時間だ。入室の許可を出す。
「失礼します」
礼をとるノイチェに席を勧め僕も正面に座る。今日は塔内の研究室の査定結果の報告だ。一通り報告を受けてから、暫し雑談を交わしつつ時間を稼ぐ。このタイミングだ。ノイチェに相談に乗って貰おうか否か。うん。他に適切な相談相手も思い付かない。講師でもなくフィアの事も知っているノイチェは相談相手に丁度良いだろう。意を決して口を開いた。
「その。忙しいところ申し訳ないんだが…僕の私的な相談に乗って貰えないだろうか」
「喜んで。珍しいですね。どうしました?」
「何て言ったらいいか…うん、恋愛的な好意を伝えるには、いや相手にも感じて貰うためには、どうしたらいいのだろうか、と…」
「ほ」
ノイチェは口に手を当てて目を見開いた。それから慎重に言葉を発した。
「フィアさんですか」
「む…あ、あぁ。そうだ」
自覚を得てからノイチェに会うのは初めての筈だが、言い当てられてしまった。
「彼なら言葉で伝えれば一発な気もしますが…」
「どうも僕はストレートな言葉を多用し過ぎたようでね。あまり響かない」
「好きだ」と伝えても、「ありがとうございます。私も好きですよ!」で終わってしまう。もっと具体的な要求…例えば結婚を持ち掛ければ、今のままの彼なら「血が絶えますよ」とあっさり断るだろう。もしもこどもが作れなくても一緒にいたいと思って欲しい。せめて葛藤くらいはして欲しい。そのくらい、好きになって欲しい。
「焦らなくてもいいのでは?」
「焦るとも。彼は心身ともに僕より大人だからね。それに…それに、だ」
ライバルが多い。彼の学友たちも彼の魅力を理解している。友人と仲が良いのは大変結構だが、それはそれとして羨ましい。膝枕で眠るジユウくんも、何かにつけ頼られ抱き付かれているマキくんも、深く気に掛けられているクドルくんも。なんなら、クドルくんに付随してナナプトナフト先生にまで。
「嫉妬してしまいそうだ」
「………やだ、かわいい」
「ん?」
ノイチェに意識を戻すと、彼はにやける頬を戻そうと両手で顔を覆っていた。
「失礼を。フィアさんが絡むと、師はこんなにも愛らしくなるのですね」
「醜いくらいだ」
「いえいえ、可愛いですよ。正に恋する乙女ってやつです」
「南方の慣用句かい?」
「そうなんですかね。宰相殿が魔女に向かってよく使う表現です」
思わず口が曲がる。母と同じにされるのは些か不服だ。
「だが『可愛い』は悪くない。フィアが僕にくれた褒め言葉のひとつだ」
「では可愛さで押していきましょう。少なくとも師へ抱く感想ではありません。狙い目です」
なるほど。とは言え、「可愛い」なんて言われたのはフィアからが初めてだった。何をどうしたものか解りかねる。
「そんなに難しい顔をしなくても。少し甘えてみるとかでいいと思いますが」
「甘えてみる…?」
既に結構甘えさせて貰っている気がする。指導する立場にありながらいつも助けて貰っているのは僕の方だ。これ以上頼りない姿を見せて愛想を尽かされはしないだろうか。
「あとは、いつもと少し雰囲気の違う服装をしてみるとかもどうでしょう。近過ぎて恋に至らない愛には有効ではないでしょうか」
「なるほど。参考になるよ。ありがとう」
「お役に立てれば何よりです。申し訳ありませんが、私はそろそろ。応援しております」
「ああ、引き留めてすまない」
ノイチェを見送ってひとり再び思索に耽る。あの時確かに褒め言葉として受け取ったが、自分より幼い者に対する「可愛い」だった可能性はないだろうか。その場合『甘える』は逆効果だ。こども扱いされていては恋愛対象になり得ない。
「む」
年齢の問題というものを考慮していなかった。7つも年下だとやはり恋愛の対象としては難しいだろうか。
「…雰囲気の違う服装、か」
自分を見回す。あまり身形に頓着しないので、いつも同じような上着を着ている。大人びて見せるのは難しいとしても、『いつもと違う』というのはそれなりに有効だろう。
「………」
まず買うところから始めねばならない。
「いや先日からそう日も経ってないのにすまないね」
「いいえ!今日はお買い物ですか?」
「ああ。服を買いたくて。君にも見繕って欲しいんだが頼めるかな」
再びのデートだ。どうせなら彼の好みを教えて貰おうと一緒に買いに行く事にした。
「ひえ…私のセンスなんて、見ての通りですよ…?」
真っ黒な全身をアピールされる。
「似合っているよ。でも折角だから君も色々試してみるといい」
ああ。それは楽しそうだ。ときめいて貰うのが目的だが、僕が参ってしまうかも知れない。
「結局私の方がたくさん買って貰っちゃいましたが…」
「いやとても楽しかった。疲れさせてしまっただろうか。大丈夫かい?」
平気です、楽しかったです!と返してくれる。ついつい着せ替えを楽しみすぎてしまった。
僕にも幾つか見繕って貰ったので、フィアの服装の好みは大体解った。…と思う。その筈だ。これを参考に後日また別の服を調達してみよう。良い反応を貰えると良いのだが。今から緊張してしまいそうだ。
「では、また明日。今日はありがとう」
別れ際。フィアは何かに葛藤するように1拍おいて、
「また明日、ルエイエくん」
言って直ぐに大慌てで頭を下げ、走り去っていった。
「…………………………」
本当に、敵わない。
煙を上げる頭を抱える。クールダウンに5分は費やした。




