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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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泣き虫竜と夢を喰らう虫 4

「どうやら迷惑を掛けた。主要な記憶は戻ってきた。もう問題ないだろう」

竜はハトに鼻先を近付ける。

「いつか礼を返そう」

ハトはその鼻先に手を触れた。厚い鱗の硬質な肌触りは金属に似ていると思った。

「塔が望むのは、国の不干渉よ」

「なるほど?」

自由に学べる現在の塔の体制をハトは気に入っている。余計な手出しは好まない。

「あぁ…なるほど。うむ理解した」

近頃ボケていた竜はその間の記憶は曖昧なようだ。明らかに読み込み(ローディング)が入ったであろう間があった。

「了とは言わないのだな」と思いながらも、流石に仕方がないことはハトでも解る。

「じゃあ一件落着、かしら」

ハトが帰還の為にオブシディマスの手を取ろうとした時だった。ふたりは、カサコソと這い回る生き残りの虫を見付けた。オブシディマスが剣を抜く。ガキィン、と高い音を立てて剣戟は弾かれた。竜の爪によって。

「どういうつもり?」

「主要な記憶は取り戻した。一匹くらい生かしてもよかろう?」

竜の爪の下で虫はカサカサと逃げ惑っている。ハトは竜に鋭い視線を向けた。

「あなた……自ら虫に記憶を喰わせたのね」



****



──何を泣いている?

泣いてなどいない。何も悲しい事など無い。泣きたい程に悲しい事は。耐え難い事は。

忘れたのだから。


「 …もそもそする……」

気が付けば、腹を上にして気を失っていた。口の中には何やら不快な食感の藁が残っているし、どうやらとんだ大失態を曝している。

「起きたか。折角だから飲み込め」

姿は確認できないが、ラツィーの声がする。恐らく側面に居るのだろう。

「…なんだ?これは」

「おれさまの髪だ、酔いどれ竜」

「飲み込めと言ったか?」

「言った」

一体どんな経緯で髪など口にするというのか。しかも飲めとは狂気じみている。

「記憶障害の進行を留める。流石のおれさまにも難易度が高いが、今ならそれが触媒になる」

「………」

右腹に温かな重みを感じる。ラツィーが背凭れにしているのだろう。

「不満か?」

黙っている事をどう受け取ったのか。

「眠鬼だったら記憶を取り戻す事も出来んだろーが、生憎魚には進行を留めるのが精々だ」

ラツィーは少し拗ねたようだ。今の自分では出来ない事を認める際、僅かな八つ当たりとしてそういう態度を取る事がある。

「いや」

不満などない。取り戻されては堪らない。故に、その処置は実に。

「望む処だ」



****



虫は爪の間から抜け出して竜の背後に回り込む。

「これがどんな記憶を喰ったか、今となっては解らん。だが」

竜は途中までは目で追ったが、すぐにハトたちに意識を戻した。

「私が望んで消したのであれば、思い出せない方が良いのだ。例え泣き虫竜のままでも」

「………そう」

ハトは静かに息を吐くと、

「でも私の受けたオーダーは、『絶滅も厭わない殲滅』なので」

腰を据え、殺虫剤を構え直した。

「殺らせてもらうわ、弱虫竜」


シューと殺虫剤が噴霧される。オブシディマスが虫を捜し出し、殺虫剤を誘導する。

「ほう」

竜はそれを眺めている。虫が竜の元に逃げ込めば庇うが、積極的にハトたちに害を加えようとはしない。

「磁系魔術か」

魔術が使い辛い中巧く使うものだと感心する。

「だが、ダァトで人間が使うには不向きな術だ。その擬似的な視覚を失えば、何も出来まい」

ハトが作り出した岩山がすぅと消え去る。オブシディマスが僅かに呻く。ダァト酔いに襲われる相棒を見ても、ハトは慌てず微笑みを浮かべた。

「残念でした」

オブシディマスの魔術はもう期待出来ない。されど、時間は稼げた。

「!?」

竜が驚愕に目を見開く。

それはさながら海を往くペンギンの如く。パシッと小気味良い音を立て、使い魔(もにょら)エモノに食らい付いた。

「もにょらは陸よりこっちの方が得意なの。ごちそうさま」

信じられないという表情を浮かべ、竜は光に飲まれていく。他に視覚化された情報が無かったからか、記憶の容量が大きかったからか。光は辺り一帯に降り注ぎ、見知った風景を再現した。

「この景色は……」

明るく穏やかな森。綺麗過ぎる空気。

「……浮いていた島、ね」

──人間と暮らしていたのね。大切にして──

オルクレアの台詞が甦る。

竜は、人間と暮らしていた。その人間をとても大切に想っていたのだろう。当然の別れに、堪えきれない程に。

幼い姿の竜があどけない瞳でハトを見上げていた。

「戻れない幸せな記憶を…糧に出来ずに手離したのね」



ダァトから帰還した先は、ターミナルだった。恐らくユニの元に出るだろうと思っていたので少し驚いたが、ターミナルから進入したのだからこれはこれでそれほど不思議はない。が、目の前にケイナが居たのには嘆息した。

「!! ハ~~ト~~!おかえりあああぁぁあぁあぁぁあッ!!」

駆け寄って来ようとしたケイナはハトとオブシディマスのしっかりと繋がれた手に気付き撃沈した。奇っ怪な呻き声を溢しながら地に伏している。場所を考えて欲しい。ハトは残念な学友を見下ろした。

「ケイナ、めんどくさい」



「というわけで、ミッションコンプリート、よ」

ユニ印の殺虫剤を返却し、報告を行う。お疲れ様、と返すユニがお茶を淹れてくれているようなので、ハトはテーブルに着き突っ伏した。初めての本格的なダァトでの活動はハトの体力を大きく削った。

あっちにはきっとディマス先生が報告してると思う」

魔力切れにダァト酔いでハト以上にくたくただろうが、彼なら報告を後回しにはしないだろう。実際、オブシディマスはしっかり歩ける程度まで回復し次第直ぐに報告に向かった。明日も朝から普通に授業をする事だろう。

「そうね」

茶器をセットし、ユニはハトの正面に座った。

「どうだった?」

「………」

自ら記憶を手離した弱虫な竜。それに対し思う事、感じた事は幾つかあれど。

「もにょらが太っちゃったわ」

口に出来そうなのはそのくらいだった。



守護獣の瞳に光が戻り、自分の名を呼んでくれた時、王は心底ホッとした。しかし「迷惑を掛けた」と謝られると、眉根が寄った。怒ったような考えるような複雑な表情になってしまう。

「迷惑って言うか…うーん」

頭でっかちのわからず屋に、やっぱり少し怒っているかも知れない。

「寂しいんだよ、忘れられちゃうと」

「……そうか」

眼から鱗でも落ちた表情で、竜は深く肯いた。

「……そうだな」

知識と理解は別物だ。それもまた知識でしかなかった。今少し、体感出来た気がした。



・・・・



塔に在籍する眠鬼たちに国から接触があったとか。

遂にか、とは思った。守護獣に関わる件であれば塔としても協力せざるを得ない訳だが、要請されていないものには応えられない。黙認するのみだ。

そんなわけで、正面から訊けないので推測だが。

以前隠し部屋で出会った聖霊の写し。彼とは塔の今昔について色々な話をした。その中で眠鬼の事も話題に上がった。

『そーいや、今塔に眠鬼は居るか?』

考えてみれば、あの浮島への転移事故自体、試験テストのようなものだったのではないか。時期的にその辺りから忘却防止の術式が弱まり始めたと聞いている。勿論盗み聞きだが。

つまりあれもこれも原因は僕という事になる。まあ、いつかは解決しなくてはならない問題だった。タイミングは上々だったと思っておこう。

おしまい マンガ本には小設定とかが載ってました

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