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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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泣き虫竜と夢を喰らう虫 3

「…先生、大丈夫?」

ターミナルからダァトへの進入は成功した。ハトはオブシディマスを仰ぎ見る。明らかに具合が悪そうだ。ダァトへの身体を伴った進入は特別な適性が要る。本来、オブシディマスにその適性は無い。ただ、『一度あった事実』はダァトでは強い意味を持つ。オブシディマスが弾かれずに済んでいるのは、彼もまたあの浮島に居た事があるからに他ならない。但しその特例も弾かれずに済む程度の効果しかないらしい。大丈夫かと聞かれたオブシディマスは無駄に強がったりはしなかった。浮島でもそうだったように、彼は『正しい情報共有と対策』を重んじる。

「……いや…。眩暈と吐き気で正直立っているのがやっとだ…」

「───そう」

眠鬼のハトには解らないが、生身でダァトに入ると大体そうなるらしい。

「場所が悪いかしら」

特例効果をより高める方法を考える。より縁の深い場所へ。道中は…何も見ない方が良いかも知れない。視覚情報は脳を混乱させ易い。

「じゃあ手を繋いで行きましょう。少し目を瞑っていて」

ダァトでは歩行は必要ない。空間は常に移動し、距離も時間も存在しない。ただ、縁によって導かれる。


「先生、どうかしら」

ハトに促されオブシディマスは目を開く。見た事のある岩肌。岩山。ハトは小首を傾げオブシディマスを見上げている。

「巧く視覚化出来たと思うのだけど」

「此処は…。モンテスクの──」

「竜の住処、ね」

今でも棲んでいるかは知らないけれど、とハトは岩肌を撫でた。オブシディマスが褒めてくれないので、「大分巧く再現出来ている」と内心自賛した。視界の端を何かが横切ろうとしたので、ハトは勢いよく踏み潰した。

「ほら。早速見付けたわ」

虫。見ればあちこちに這いずり回っている。巧く視覚化し過ぎたとハトは口を曲げた。



何度か場所を変え大量の虫を駆除してきた。ハトが踏み潰して見せた通り、虫は物理的に対処出来た。オブシディマスも杖剣を剣として振るい続けた。蕾石の付いた立派な杖剣。それを虫を潰すのに使うと聞けば眉を顰める者もいるだろう。対してハトは踏み潰して回った訳ではなく、虫退治は使い魔(もにょら)に任せていた。鳥型の使い魔たちはもりもりと虫を啄んだ。

オブシディマスは杖剣を一度鞘に収めた。

「キリがないな」

同時に、使い魔のひとつが盛大にげっぷした。

「そうね」

虫は潰すと光の粒子になって何処かへ流れていく。巣と呼んで良い場所があるのだろう。その粒子はハトが視覚化させた諸々に影響を受けず、真っ直ぐに巣を目指す。最初は岩に飲まれて解らなかったが、それに気付いてからハトは光の向かう方向へと進んできた。

「何処かに竜の子機が居る筈なのだけど」

恐らく、其処が虫の巣だ。ハトはキョロキョロと辺りを見回す。

「あ」

岩肌にポッカリと空いた洞窟の入り口を見付けた。光はその先へ吸い込まれていく。

「居たみたい」

穴から覗けば、直ぐに丸まった背中が見えた。

「人の子が何故こんなところに……いや、眠鬼か」

竜はのっそりと頭を侵入者へ向ける。その眼は濁り、何も見ていないようだった。

「コクマの国家守護獣。我等は貴方を蝕む虫を退治しに来た。当代国王陛下よりのご依頼だ」

ハトとオブシディマスは手を繋いだまま竜の眼前に立った。竜は酷く緩慢に首を動かす。その眼はふたりに向けられてはいたが、ハトとオブシディマスを見ている様子ではなかった。身長差のある二つの影。それは竜の中の何かに引っ掛かる。

「…国家守護獣… …国王… ……虫…?」

しゃがれた声でぼんやりと復唱する。宰相は痴呆ではないと言っていたが、似たようなものだとハトは思った。オブシディマスに目配せする。

「殺虫剤を散布するわ。先生、魔術を貸してちょうだい」

了解した、と肯くオブシディマスにハトは念を押す。

「覚えているかしら。ダァトでの魔術行使は大変よ」

「やれるだけやってみよう」

杖剣を杖として構える。ハトの射出したユニ印の殺虫剤は、オブシディマスの魔術で誘導され、虫を自動追尾する。またはオブシディマスが虫を一ヶ所に引き寄せ、そこへ殺虫剤を噴霧する。そうして間もなく、虫の殆どが光と化した。光の粒は竜へと還っていく。あれが喰われた記憶たちなのだろう。サラサラ、サラサラと光の小雨が竜に降り注ぐ。

「思い出して知恵の竜。知識じゃなくて貴方の記憶。今なら呼び戻せる筈よ」

「──違う」

竜は閉じていた瞳を静かに開いた。その瞳には先程までは無かった光が宿っていた。

「私は『知識の竜』。『知恵の竜』は──」



****



「へえ。ソイツが知恵の竜か?随分偉くなったみてぇじゃねぇかラツィー」

小雨の降り続く岩山の洞窟に彼は現れた。4年の間に、新しい長を冠した嘗ての自分の群と『知恵の竜』の名は、北部では広く聞かれるようになっていた。

「…イオフィ」

竜の雷に打たれ谷底に落ちて以来姿を現さなかった元ボスに、ラツィーは冷静な視線を向けた。イオフィの左顔面には大きく火傷の痕が残されている。

「なんだよ。驚いてくんねぇのか?」

イオフィが右手を持ち上げて見せる。その手に掴んでいたものが引っ張られ、ぶらんと揺れた。

「ぜってー死んでねーと思ってたぜ。イオフィ。ソレから手を放せ」

「えー?どうしようかなぁ」

愚かな、と竜は思った。危機察知能力があまりにも低い。折角拾った命を態々捨てに来るのだから救われない。

「おまえ次第かな「イオフィ」

被せ気味に強く名前を呼ぶ。最早警告は終えていた。

「ソイツはおれさまの、逆鱗だ」

言い終わるや否や、力強くも複雑な術式が瞬時に展開された。イオフィの悲鳴が洞窟内に反響する。ラツィーの怒りの一撃は、イオフィの翼を捥ぎ落とした。未来あとにも過去さきにも、翼を捥がれた魚はイオフィ一人であろう。イオフィは苦痛に叫びながらも、ラツィーを、その背を見た。一度も見た事がなかった、持っていないのだろうと思っていたそれを。

「貴様ッ、その、翼──!!」

──羽も持たぬ小魚とばかり思っていたが。その実、大翼を隠し持つ大魚であった。いや──

ラツィーの手元には奪い返した愛息子。背には、竜を思わせる立派な翼が煌めいていた。

──竜。知識の竜を従える、知恵の竜よ──

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