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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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泣き虫竜と夢を喰らう虫 2

「おい竜」

洞窟の外では、サラサラと雨が降り続く。漸く見付けた竜は、洞窟内で丸くなっていた。話し掛けるラツィーに目もくれない。

「なんだ小魚。おまえも消されたいか」

「いいや」

返事があったので数歩近付く。竜は漸く頭をもたげ、ラツィーを見下した。

「ならば何用だ。言っておくが、おまえを助けた訳ではないぞ」

ただ、煩かった。それだけだ。

ラツィーも助けて貰ったとは思っていない。竜を見上げ、探るようにその目を見詰めた。

「一度訊いてみたかった。おまえは何をそんなに泣いてんだ?」

「泣く?私は泣きなどしない」

「自覚ねーのか」

ラツィーは呆れ顔で竜に尋ねる。

「その涙、どーしたら止められる?」

──君の目の処の模様、まるで涙の痕みたい──

酷く霞んだ映像が流れ込む。竜は目を眇めた。まるで白昼夢。一瞬後には見たことすら覚えていない。

「フン。力の使い方も知らん小魚が偉そうに。取り入って威でも借りるつもりか?」

「威を借りたいとは思っちゃいねーが、知は借りたいと思ってる」

「…ほう?」

「てめーの噂は聞いている。永きを生きる知識の竜」

この世の全てを知るという紫電竜。

「その知識をおれは得たい」



****



塔の学生寮街の一室。ノックの音に促され、ソーマは眠い目を擦りながら上着を羽織る。今日は休日だ。こんな時間に誰だろう。扉を開けてみれば、血の気を失うのに十分な人物が立っていた。

「朝早くから失礼する。ハトを迎えに来た」

トドメの一撃となった。


「…先生。やってしまったわね」

「どういう事だ」

どういう事も何もない。ソーマにあらぬ誤解を与えた事。そしてそれは程無く彼に伝わるだろうという事だ。

「新聞部長は隠密スキルが高いのよ」

ハトは億劫に背後を振り返る。後に続くオブシディマスの更に後に、巧妙に距離を取りつつもついてくる鳥を視た。ハトは使い魔を使ってそれを追い払う。あの警戒心の強い呪術学講師から情報を抜いてくる事もあるケイナの使い魔は油断ならない。

「なるほど。認識を改めた。以後問題ない」

つけられる可能性を認識すれば対応可能だという事らしい。ハトは講師に向かって呆れた顔をした。

「完全に巻いたら巻いたで、ある事ない事書かれかねないわ」

『ハト 遂に逮捕』『生徒と講師が逢引』『あの講師がまさかの幼児趣味』等々、不名誉な見出が脳裏に浮かぶ。

「ない事なら構わない」

「私は嫌」


ケイナはこめかみの辺りに指を添えたまま顔を顰めた。

「クソ、流石ハト。ガード固ぇ」

側ではソーマとユグシルが心配そうにしている。

「まぁでも治安維持部隊ケーサツ連行され(しょっぴかれ)たってカンジじゃなさそうだけど」

ハトが主導で歩いている様だった。その報告にソーマはほっと息を吐く。てっきり、窃盗か性犯罪の容疑で捕縛されたのかと思ってしまった。安心すると同時に、心の中でハトに謝る。

ピノは菓子を摘まみながらケイナを横目に見た。

「じゃあ何?逢引?」

「は?もっかい言って?ピノちゃん?」

「ヒッ」

瞬間的に表情が消え瞳孔が開いたケイナの威圧にピノの毛が逆立つ。

「ディマス先生なんか物理的にムリだろー!!ハト壊れちゃう!!」

「ケイナ!!君はすぐそういう下世話な事を…!」

泣き叫び出したケイナに慌ててユグシルが叱りつけるが

「先輩が余計な事言わなきゃソーマにゃ通じなかったっつーのうわあぁ~~~ん!!!」

言われて視線を向ければ、一拍遅れて赤くなったソーマの顔があった。ピノはこの場の全ての者に心底呆れた目を向けた。



ハトの周りでは数体の使い魔(もにょら)が警戒態勢を取っている。その後方にはオブシディマスが、ハトの歩幅に合わせゆっくりとついてきていた。

「何処に向かっている。ターミナルか?」

「正解」

ゴンドラ竜で一階迄降りた後、ひたすら徒歩でターミナルを目指している。何故かと言えば、件の竜の記憶に触れた原因はターミナルストーンにあるからだ。

「ダァトの道は縁が繋ぐの」

ハトはオブシディマスを振り返り、ふわりと眠鬼らしい笑みを浮かべて見せた。

「私に命を預ける覚悟は宜しくて?先生」



****



雨の音に来客の気配が混じる。竜は大きな欠伸をして出迎えた。

「よう泣き虫竜。まだ泣いてんのか」

「生きていたか小魚」

前に見た時よりは少しは大きくなっただろうか。小魚の分際でより小さな魚を抱いていた。小々魚は竜に向かってキラキラと手を伸ばしている。

「だあご!!」

「…それはなんだ?」

「気にすんな」

「だーごん!!」

まだ言葉も曖昧な幼子を連れていながら、「それより」とラツィーが竜に差し出したのは酒だった。

「寒くなってきたからな」

「…アルコールは好かん。貴様もやめておけ、知恵が鈍る」

ラツィーの群でも「理性が鈍る」という理由で酒を好まない仲間は多い。思考能力の低下は恐怖に近いようだ。ラツィーはあまり気にならない。寧ろある程度は好む方だ。

「竜も酔うと謳われてたぜ」

「話を聞け」

構わず腰を降ろしたラツィーは自分用に酒を注いだ。

「てめーの問題は大体見えてきたぜ、知識の竜」

トクトクトク…と小気味良い音が洞窟内に響く。サラサラと降り続く雨はカーテンのように酒の香りを閉じ込める。

知識の竜が持つ問題。それは、記憶の欠損だ。ダァトに記憶を預け、ダァトから直接記録を引き出してる竜には気付けなかった。預けた記憶が蝕まれてしまっている事に。記録を知る事が出来るから、記憶を失っている事に気が付かない。自覚できない。何でも知っている。けれど、憶えていない。

「………」

竜は静かに目を閉じている。

「失った分は戻してやれねーが、進行を留める事は──」

ばくっ

突然、竜の大きな口がラツィーを襲った。ぶちぶち、っと嫌な音がした。

「────」

左頭部に痛みが走る。流石に少し涙目になる。

「きゃっち ざ すとろー」

「…なるほど。酒にゃ弱ーんだな。そりゃ悪かった」

モシャモシャとラツィーの髪を咀嚼する竜は完全に酔っ払っていた。

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