ある蝙蝠の話
「クーシェ先生は本当に玄獣が大好きですね」
今日も話に付き合わされていたフェディットは溜め息を隠すようにそう吐き出した。対してクーシェはホクホクとした笑顔で応じる。
「そうだよぉ。食べるのも愛でるのも大好きさぁ」
「食べるのも…?玄獣って食べられるんですか…」
食べられるものかどうか考えた事がない。食べようか考える機会は彼の人生になかった。
「人間が食べられる肉を遺す子もいるねぇ。でも玄力の過剰摂取は人間から逸脱する可能性もあるからオススメはしないよぉ」
「あぁ…なるほど。一例を知っています」
髪の赤くなってしまった知人を思い出す。
「え!?言っといてなんだけど大分珍しい事だよ!?ホントに!?紹介してくれないかなぁ!!」
テンション爆上がりのクーシェにフェディットは思わず目頭を押さえる手を止められなかった。
「例を知ってる、と言ったんですよ。知り合いとは言ってない」
「疑わしいなぁ。いやぁ絶対知り合いだよねぇ?」
黙秘を通すと、クーシェは顎に指を添えて斜め上に視線を遣った。間もなく、
「あー大玄獣と一緒に居るっていうドラゴンだ」
思わず目を遣ると、クーシェはニマッと笑みを作った。
「せいか~ぁい」
「…何故?」
「それは僕がちゃんとよ~く君の話を聞いているからさ」
クーシェは満足気な笑みを、しかしすぐに不満に変えた。
「はぁ~~会いたいなぁ~~!塔じゃ精々玄獣モドキのニアミくらいだ。うんまぁ購買君がドラゴンを一匹飼ってはいるけど、あの子だけじゃ飽き足らない」
ノルドが「彼女」と呼ぶドラゴン。その管理には当然のようにクーシェが噛んでいる。
「外には行かないんですか?」
「言ったろぉ?外出禁止を食らってるんだよぉ」
「きちんと守るんですね」
暴走がちな熱意を持つクーシェなら飄々と抜け出しそうなものなのにと思ってしまう。
「そうだねぇ。実を言ってしまえば、縄を切るのは容易いんだ。でも僕はこれでもかなり繊細でねぇ。縄が掛けられているなら、千切ったりはしないんだぁ。馬みたいなものだねぇ」
飛び越えるのが容易い柵でも、そこに柵があるのならばその先に行こうとはしない。
「それにとっっっても遺憾だけど、意外と塔は居心地が良いんだよねぇ」
「…それは、解る気がします」
フェディットはそこでふと、以前耳にした噂が気になった。
「先生はいつから塔で玄獣学を教えているんですか?」
「ん~?つい最近だよぉ。えぇと、学長があのおちびちゃんに代わってからだねぇ」
「そうなんですか」
やはり噂はあてにならない、と安堵したのも束の間。
「その前は防衛とか攻性術とか…魔術には明るくないのに何でもやらされたなぁ」
遠い目をするクーシェは思いの外万能らしい。
「呪学はそれなりにハマってたかなぁ?ああ、不感症の君には披露出来ないのが残念だよぉ」
「…はは」
その呼び名は人聞きが悪い。フェディットは乾いた笑いを返すに留まった。
「そう。だからねぇ?君は余計な事まで知らない方が良いよぉ。魔術が効かない以上、物理的に口を封じるしかなくなるからねぇ」
クーシェの細い目が剣呑な光を帯びて見える。魔術は効かなくても、その威圧は十分に感じた。
他人の事は根掘り葉掘り聞くクセに、とは思いはするが。
「………肝に命じておきましょう」
命は大切だ。




