師弟の話
樹歴872年
「なんだ嬢ちゃん。今日も来たのか」
「暇だからな!」
魔法雑貨屋、なんて怪しい店にそのこどもはしょっちゅう遊びに来た。置いてある物を見て、触って、本を読む。その内に自分の部屋のように寛ぎ始めた。確かに滅多に客は来ないが、毎日ゼロというわけでもない。冷やかしはそこそこ多いのだ。数少ない常連に「お子さんですか?」と問われれば、誤解が解けるまで説くしかない。面倒だが冗談でもそれを認めればこのこどもの命が無いかも知れないのだから。当然そんなことも知らず、こどもは暢気に居座り続ける。そこで思い付いた。全てを穏便に済ます方便。こいつを弟子にしてしまおう。
「ケイナもとうとう先生かぁ~」
「まあやりたい事はやらせて貰ったしな」
軽い気持ちで取った弟子は、錬金術学において大成した。塔で教鞭をとる。凄い事である。
「ちゃんと挨拶来てくれるとは思わなかった。結構嬉しいもんじゃねぇか」
思い切り顔を顰めて照れ隠しする様は変わりがない。
「眼鏡新調する度に来てんだろ。今回もそうだし」
「なんだ。また視力下がったのか」
「少しな。それよりは気分転換だ」
偶の里帰りにも理由を付ける。眼鏡なんてワーナーで作った方が安くてオシャレで性能も良いだろうに、態々師に依頼する。そんな処は可愛いと言えなくもない。
「しっかしダリ先生もあと少し頑張って欲しかったぜ。最後まで面倒残していきやがって」
「あぁ、呪学講師が間に入ったんだっけか?」
「引き継ぎに行かなきゃならんのがすっげ嫌」
げんなりする弟子に今更ながらの疑問が湧く。
「なんでおまえ呪術苦手なんだろうな」
本人は知らないようだが、母親は昔城下で有名な『占い師』だったし、伯父は最近まで塔で呪学を教えていた。
「なんでって…他人にあんま興味ないからだよ」
「それがなんでかって話な」
呪術師の血統にありながらまったく別系統で塔の講師にまで登り詰めた。それを何故だか少し誇らしく感じる。
「そうだ。帰る時これ頼むわ。アルバ先生に渡しといて」
小さな箱を渡されたケイナはそれを眺め回した。
「あー。念願のイェソド視察してきたんだってな。なんか頼まれたのか」
電子機器の設計図を幾つか貰っている。渡したのは魔術師用に改良を加えた試作品だ。先生も弟子もどんどん成長していて嬉しい限りだ。
「俺も新しい事始めてぇなぁ」
「いいじゃん。塔に戻れば?」
答えを解ってからかうように言ってくる弟子に苦い顔で返す。
「冗談」
今の具合が丁度いい。好きにアイテムを作って適当に売り捌いて、偶に娘や弟子や先生に会いに行く。自由気儘な生活が性に合っている。先生なんて柄じゃない。おっさんと呼ばれるくらいが見合っている。
「まぁそうだな。今戻って来られたら同僚になっちまう」
「俺も苦手だからなぁ、錬金術。ケイナ先生に教えて貰おうかね?」
「やめろ」
からかい返されたケイナは盛大に顔を顰めて荷物に手を伸ばした。
「なんだもう帰るのか」
「次は実家だ。私は家族との仲は良好だからな」
「おーおー羨ましいね。リオさんに宜しく」
ケイナの実家はこどもの足で通える程度にご近所さんだ。弟子に採った手前挨拶も済ませてある。こっちも驚いたがあっちも驚いていた。世間は狭い。
「よく名前覚えてんな」とぼやきながら出て行く弟子を座ったまま手を振って見送る。
「さーてと。俺は何を始めてみようかねぇ」
先生や弟子に負けていられない。机の上に紙を広げ、ペンを手に取った。




