静寂の落とし子の話
物心ついた時には「自分は養って貰えているけれど、この家族の一員ではない」という自覚があった。
不必要に厳しくされたことも、虐待を受けたこともない。衣食住も教育も充分に与えて貰っていた。ただ少し、彼らの実子と折り合いが悪かった。扱いに大きく差があった訳ではない。ただ相性が悪かった。それも申し訳なく思っていたし、ソイツとも一緒に居たくなかったので、両親に篤く感謝を伝え半ば強引に家を出た。アテはあると嘘を吐いた。6歳のこどもにそんなものがあるワケない。両親は説得を繰り返したが、隙を衝いて家を出た。
片道馬車で半日の道程を、こどもの足でどのくらい掛けただろうか。体力は尽き空腹も極まり、ボロボロの状態で漸く隣村を発見した直後から記憶がない。気付いた時にはベッドの上で、見知らぬ老女に覗き込まれていた。
「アンタ森の中で倒れてたんだよ。何処の子だい?誘拐犯扱いされるのはゴメンだからね。動けるようならさっさと帰りな」
倒れていたこどもを心配するような素振は一切なく、迷惑そうに顔を歪めていた。
「帰る宛は…ありません」
「なんだ親無しか虐待かい?面倒だね」
次の言葉を考える間に、盛大にお腹の虫が鳴いた。
「栄養失調で動けなくても困る。取り敢えず何か食べていきな。何日食べてないんだい?」
おばあさんは口と表情に似合わず優しい人だった。空きっ腹に入れられるとろとろのスープを作ってくれたし、暫くゆっくりさせてくれた。
「なるほど。アンタはその歳で、他人の世話になるのが嫌なんだ。難儀だね」
話を聞いたおばあさんはそう言ってやはり面倒臭そうな顔をした。暫くすると、ふとこちらに目を向けた。
「そういやアンタ、さっき私のノートを見ていたね」
「あれ面白かった」
偶に読めない字もあったが、パラパラと目を通しただけでも興味深い内容だった。
「お願いするだけじゃなくて、こんなに細かく命令できるの知らなかったから」
「お願い?」
「お願いするでしょ、夏は『こっち来て』、冬は『あっち行って』って」
おばあさんは驚いた顔をして、綺麗な真ん丸の石を目の前に置いた。
「これに手を置いてごらん。別に害はないよ、さっさとおし」
躊躇う手をぐいと引っ張られ強制的にそれに触れさせられた。シャボン玉のように透明で虹色だった石は灰色一色に変化した。
「…あんたこれまでに暴走を起こした事は?」
「暴走?」
何の事か思い当たらなかったので、ただ首を傾げておばあさんを見た。おばあさんはとても真剣な顔をしていた。
「…魔術を習った方がいい。基礎だけなら教えてやれる。あんたは今日からあたしの弟子だ」
何だか全然解らなかったが、もう少し話を聞いて、住み込みのお手伝いさんとして雇って貰えるのだと解釈した。それならいいかと、目一杯頷いた。
どうやらちゃんと両親とコンタクトを取っていたらしいとか、そういうことは全ておばあちゃんが亡くなってから判った。手紙だけじゃなくて、会って話をしていたらしい。おばあちゃんの遺言に従って一度両親の元に戻った際に教えて貰った。義弟は主国の学校に入り寮生活をしている事もその時聞いた。戻っておいでと言って貰ったけれど、断った。勝手に出ていって頼るアテがなくなったから出戻るなんて、それは違うだろう。
髪を染めて、地下に潜った。黒髪を装えば村人たちも気にしない。合成飲料を売り捌いて生活費と書籍代を賄った。
独力で手に入る書籍が尽きてきた頃、村に呪術師たちがやってきた。ボク宛の受験票を持って。
「入学おめでとう、リ… ヨハネス」
義弟は、ボクの先輩になった。




