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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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冬休みの夏の話 5

ピィ、と高く一声鳴いて、青白い小鳥はくるりと消えた。

「…川遊びとか、するんだ」

夏の山野に似つかわしくない厚手のローブ姿で木陰に縫い止められているのはヨハネスだった。

「一緒に遊んでこーぜ」

「川は遠慮するよ」

「そうか」と返して隣の木陰に腰を下ろす。下半身は水を吸ってすっかり重たくなっている。

「…見たところ、着替えとか持ってなさそうだけど」

着替えどころかタオルすら持っていない。

「すぐ乾くだろ、天気は良いし」

「…バカなの?」

「否定は出来ない」

考えなしに水に浸かってしまった。軽装のピノやビナーズと違って、ケイナもソーマも水遊び出来るような服ではなかった。ソーマは事故だが、ケイナは自ら飛び込んでいる。

「で、呼んでくれれば良かったのに。何だった?」

「訊く立場で呼びつけるのは違うでしょ。まあ、ちょっとタイミング悪かったかも知れないけど」

印象に反して所々見せる律儀さに笑ってしまう。

「気にするな。何が訊きたかった?」

「その…塔って、どんな処」


「ソーマ~。もう良いんじゃない?持って帰れないでしょそれ以上は」

「いや、この中から厳選するから」

「続けるにしても一度休憩した方がいいですよ~。足つっちゃったりしますし。私は上がろうっと」

水に慣れたふたりに引っ張られてソーマも岸へ上がると、途端、ズボンの重たさと身体の冷えを自覚した。

「…ありがとう。冷静じゃなかった」

「そのズボンじゃ中々乾きにくそうね」

「あ!乾かしてあげるよ!得意得意」

ピノが熱風を起こすのを見て、ネレーナは避難させていた笛を取りに行った。

「おーい、私も頼んでいいかー?」

少し離れた場所にケイナとヨハネスを見付け、一同は彼らの傍まで移動した。

ネレーナの魔術拡張術式が張られ、ピノが全員纏めて乾かしに掛かる。ヨハネスは物珍しそうにその様を眺めていた。

「凝固は得意だけど気化は苦手だから、すごい」

「へへ。熱魔術ならなんとかイケるんだ」

凄いと思った人から凄いと褒められて、ピノはゆるゆると表情を弛ませた。

「リリ… …ヨハネスは、なんでも凍らせちゃうもんね」

打ち出された肘鉄をギリギリで回避して、ユークはなんとか続けた。

「そう。こんなに色々呼べない。ほら、変なのも来た」

ヨハネスの視線の先には見知らぬ少年。ヨハネスと同じく、夏の山野に似つかわしくないローブ姿だ。細身だが大きな杖を持っている。

「知り合いです?」

ネレーナの問いに誰もが首を振る。10代半ば程の少年は近くまで来ると杖を置き掌を向けた。

「笛の音に呼ばれた。塔の魔術師たちか」

「あの…まさか…あの…」

少年をぐるぐると見回してルカは完全に挙動不審だ。

「演奏を続けてくれないか?中々心地好かった」

「あ、いいですよ~」

ルカの視線に構う事なく、少年は腰を下ろした。

演奏に聞き入り時折目を瞑る彼を皆無言で眺めている。

やがて意を決し、ルカがそろそろと声を掛けた。

「あの、ひょっとして、貴方は…オルデモイデ?」

一同は息を飲んだ。流石にその名前は知っている。地兎の大玄獣。ホドの守護獣の名だ。

少年はゆっくり目を開いてルカを見た。面白そうに笑っている。

「だとしたら?」

ルカは急いで荷物を漁る。

「預かり物が…」

その所作と台詞に僅かに目を見開き、少年は興味深く続きを待つ。

「あったあった、渡しておいてくれって、これ」

差し出されたのは先程ソーマが夢中になっていたのによく似た石だった。

「これは…?」

受け取り、暫くすると、徐々に顔を歪めていった。

「あんのクソ蝙蝠、まだ生きてたのかっ」

「??ウチの先生からなんですけど、渡した証拠も要るそうなんで、受け取りのサイン下さい」

「ああそうか、塔。そんな噂も聞いたな。…これひとつ貰うぞ」

「あ、はい」

ソーマが集めた石をひとつ手に取り暫く握るとルカに渡した。

「突きつけてやれ。クソ蝙蝠に宜しく」

「??ありがとうございます」

は~~と盛大な溜め息をついて少年は立ち上がる。

「とんだトラップだった。とはいえ、演奏上手な嬢ちゃん、ほらよ」

「?」

ネレーナに渡されたのは、綺麗に研かれた青色の宝石だった。

「わあ…高そうな宝石、貰っていいんですか!?」

「演奏料。大玄獣を喜ばせたんだ、取っとけ」

ピノから「いいなぁ」と素直な感想が溢れる。ケイナも「やっぱ一芸に秀でてるのは強いよな」と肯いた。

音楽に誘われ、知りたくもない旧知の相手の現状を知らされた大玄獣は、片手を振って森の中へ消えていった。


***


「…そしたら、土の中からガッと腕が…!」

「きゃああ!!!」

夜。学生たちは一部屋に集まって怪談を楽しんでいた。近所迷惑な大絶叫も此処なら平気だ。何故なら、此処は結界に護られたヨハネスの部屋である。

「死後硬直の影響でしょ?」

「だから、なんでそんな姿勢で死んだのかって話」

「吃驚系は好きじゃない。そんなの恐いに決まってるじゃん」

魔術師たちの『怪談』は基本的には魔の類いがメインだが、凡そ「人が怖い話」に帰結する。怪談という括りを無くして単に「怖い話」にしてしまえば、狂人か虫か年齢の話になってしまう程度に現実的なのが魔術師だ。

「ボクは幽霊話は好き。人間の深層心理とか共通認識が見える気がして」

「そういう意味ならある程度認める。流石呪術師だな」

とはいえ幽霊話では体験談は出てこない。魔術師にとってはどこまでもお伽噺だ。

「有名になった話の裏を読むの、好き」

「ああ…真実を隠すための怪談、又は警告としての寓話」

「あ、好き好き。実は、って話ね!」

「そのまま楽しむのも良いですけどね~」

ヨハネスからこの辺りで有名な怪談を教えて貰い、ユークに語らせると1.5倍怖くなる事を発見し、塔の不思議を語り聞かせ、わいわいと夜は更けて行く。村民をひとり、恐怖に陥れた事も知らず。



「じゃあヨハネスは入学を決めたって事で」

「入試受けるだけだから。ダメだったら戻ってくるし」

「受からないワケないよね」

「そそ。特技枠あるから万一筆記ミスっても大丈夫だって」

ヨハネスはハードルを上げられ苦い顔だ。

「これで憂い無く『何も居ませんでした』と報告出きるな」

それを聞いたヨハネスはまた顔色を変えた。

「…あ。うん。まあ、押し切れるんじゃないかな」


「遅くなりましたー、あの廃墟なんですけど…」

「ああ君たちか、早く彼女に伝えてくれ。『何もなかった』と!」

「うわっとっと!?」

ネレーナ、ピノ、ケイナの三人が診療所の扉をノックしながら声を掛けると、速攻で出てきた医者に強く引っ張り込まれた。

顔を合わせるなり、ピノの襟首を掴み兼ねない勢いで彼は捲し立てた。

「ああ貴方たち!居たんでしょう!?何か居たわよね、昨晩だって悲鳴が、幾つも悲鳴が聞こえて…!」

恐慌状態のその様に三人の血の気が引く。あの廃屋から悲鳴が聞こえていたのなら、それは間違いなく自分たちのものだ。結界があると安心して騒ぎまくった。嫌な汗を流しながら、恐る恐る医者を見遣る。

「聞こえ…ました?」

「いや…悲鳴を聞いた、と訴えているのは彼女だけだ。廃屋の陰とやらも、他の者は見た事もない」

少しだけホッとする。

「そんなわけない!居るんだよ、何か!見たんだから!聞いたんだから!」

ゴクリと唾を呑み込んで、ケイナは計画を変更した。

「ええ実は、居たんです。サルのような玄獣が。結界が弱って一部綻んでいた影響でしょう。でもそれも張り直して、追い出しておいたのでもう大丈夫ですよ。それで報告が遅れたんです。昨日の悲鳴は追い出す際のソイツの鳴き声で、高周波なんで聞こえない人も居るんですよ。というか、聞こえる人が稀なんですけど」

「…ぇ、ぁ、ぁあ、やっぱり。ああそうか、ああやっぱり」

望み通りの言葉の羅列はゆっくりと彼に染み込んでいく。そうか、やっぱり、と同じ言葉を何度も繰り返して、やがて落ち着きを取り戻した。

「うん、うん。流石塔の学生さんだねぇ。頼りになるよ。ありがとう」

「ああ、じゃあ、お礼は僕が渡しておくから。バドゥムさんは此処で番を頼むよ」

手を振るバドゥムに礼をして、三人は医者と共に診療所を出た。


「今のは、どこまで本当ですか?」

「ほぼ出任せですね。今後心配ないのは本当ですよ」

口を挟む隙もなかったピノとネレーナもポカンとしたままだ。

「なるほど的確でした。助かりましたよ。彼女はちょっと、少し…気が疲れているようでして。この診療所も、今じゃ主に彼女のためにあるくらいで」

「あーなるほど。…お大事にしてください」


***


「…どういう事?」

「あーっと、多分な…いや。ヨハネスが知ってんだろ」

「そんな態度でしたね~」

今ヨハネスは旅館に居る。

「聞いてみよう」


「バドゥムさんね。魔術的不感症」

「なにそれ??」

ヨハネスから飛び出したのはルカが聞いた事もない単語だった。ピノは記憶を掘り出して目を丸くした。

「聞いた事はあるけど…本当に居るんだ」

よく医療術学講師と共に居るピノは、彼の故郷では増えてきているという話を聞かされていた。直接的な魔術が効かない体質の事だ。被魔術効果を高めるジュースも人避けの結界も、彼には効果がない。

「ケセドでは今やそう珍しくもないかも知れんが、ここはホドの山奥だぞ」

「そう。だからレア中のレア。誰にも理解できない。つまり、精神疾患者」

「………」

一同、表情を曇らせる。穏便に場を納める為とは言え、そのように扱いきってしまったケイナは特に居心地が悪い。

「本人だけにでも真実を伝えた方が良いんじゃない?」

「…ヨハネス、どうだ?」

「折角丸く収まってるのに…とは思うけど。結局、あの人が何を言っても村人は信じないだろうし、好きにしたら」



「そもそもさ」

バドゥムに説明を終えた一行は、覇気の無いソーマの声に軽く頭を向けた。

「この村にある対人魔術なんて、ヨハネスの掛けた分だけだから…」

「そうよね。ヨハネスが出ていくんだから、今後は心配ないわ」

「そうだろうね」

「私がおかしいんじゃなかった」「よかった」と泣いていたバドゥムを思い出すとどうにも後味がよくないが、ヨハネス本人に特に思うところはないらしい。

「まあ真実を知れて少しは気が楽だろうと思うしかない」

今は真実が解った喜びが強いだろうが、その内元凶について思い至るだろう。

とにもかくにも。これでミッションフルコンプリートだ。



「さー帰るか。長い冬休みだった!」

「夏満喫しましたね~」

ヨハネスは一足先に塔へ向かった。落ちる事はないと思うが、寮割や彼の授業選択なども含めて塔での再会が楽しみだ。

「それにしても長居したね」

ほぅと息を吐いてソーマが少し遠い目をする。

「私たちも慣らしが要りますね~これは」

伸びをして、ネレーナは身体の調子を確かめた。

「あれ結構ダルいよね…てかあっち冬じゃん!ターミナルで着替えられるようにしとかないと!」

ピノは慌てて荷物を確認する。

「あー!報告長くなりそー!」

三日は解放して貰えないかも知れないとルカは何処か楽しそうに嘆いた。

「…皆、ありがとう」

首を傾げる一同にユークは付け足した。

「リリファムのこと」

「「「「誰??」」」」

ケイナは目を覆って天を仰いだ。

「…ヨハネスの事」


あっという間で長かった冬休みの夏の話は、これでおしまい。

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