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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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冬休みの夏の話 4

「本当に来たんだ」

少年は廃屋の裏口に立って、呆れた顔で来訪者を出迎えた。

「…まぁ入りなよ。外は暑いでしょ」

「お邪魔、します」

「今日も涼しい?やった~」

緊張気味のソーマに反してピノは嬉々として屋内に歩を進めた。

「この涼しさも、ジュースの効果?」

「へぇ。調べたんだ?そう。涼しいのは副次的作用だけど、あれ飲んでるなら寒いくらいに感じるかもね」

「副次的…」

「そ。ボクの呪術は静寂の精霊(ナハオトム)をたくさん招ぶから」

「…魔術が使えなかったのは…」

「使えなかったの?ああ、正面玄関からの侵入者には呪術に掛かりやすくなる呪いが掛けてあるからかな。それも副次的作用だ」

静寂の精霊が多く集まった事で微弱な静寂の檻が出来てしまっているらしい。

「ええと、結界を張るのに、『結合』じゃなくて『固定』を使ってるってこと?」

じいっと話を聞いていたピノが自信なさ気に口を開く。ソーマと少年の話を自分なりに噛み砕いていたようだ。

「平たく言えばそう。土の精霊(ディユルツーネル)はイマイチ応えてくれなくて」

解る、とピノは力強く頷いた。ピノも土属性の適性は低い。だから結界術は苦手だった。代替術式の存在に一瞬目を輝かせたが、…氷結属性の適性も低かった。

話ながら少年は件の冷蔵庫へ入ろうとしていた。

「えっ、そこで話すの!?」

「あの荒れきった部屋じゃ落ち着けないでしょ。いいから入りなよ」

開かれた扉の先は、あの冷蔵庫ではなくなっていた。

「え?」

壊れていない家具の並んだ綺麗な部屋だ。広くはないが、生活に必要なものが一通り揃っている。

「幻覚?」

「現実」

空間魔術だと理解した瞬間、ソーマは戦慄した。

塔でもユニのみが教えている科目で、使いこなせる者は殆ど居ない。ダァトにアクセスする難易度の高い術式だ。

「因みに、こっちが本物の部屋。ジュース置き場は侵入者対策だから」

「じゃあ、あの冷蔵庫はダァト…」

「違うよ。ダァトを一瞬通って違う場所に繋げてる」

声が届かなかった筈だ。扉に直接与えた強い衝撃だけが届いた。ケイナからの声が届いたのは使い魔を介していたからだろうか。

「だからあの子、眼鏡の子。凄く驚いた。平然と境界線に立ってたから」

境界線に立つのはダァトに居続けるようなものだ。通常は気持ち悪くなったり、どちらかに弾かれる事が多い。

あまり理解が及ばないまま「そうなんだ」と一区切り付け、少年に促されるままソファに腰を下ろす。

「ジュースなら出せるけど」

ソーマは曖昧な苦笑いで首を振った。

「…やめておくよ」

「そう。そっちは?」

「えっ、貰う貰う」

今更な上、微弱な状態変化魔術はピノには効かない。平然と欲するピノにソーマは呆れたような羨ましいような、複雑な心境になった。

「待ってて」

ジュースを取りに少年が退室すると、ソーマは一度大きく息を吐いた。

「緊張してる?」

「…少しね」

知らない人と話すのも疲れるし、相手は思ったよりかなり格上の魔術師だった。このまま講義を受けたいレベルだ。

「お待たせ。ブドウとリンゴどっちがいい?ベリーもあるけど」

「リンゴ!」

ピノと自分にリンゴジュース、ソーマに水を用意して、漸く少年は腰を下ろした。

「で。聞きたい事って?」

「ぁ、ええと。僕はソーマ。こっちはピノ。君は?」

「……ヨハネスって呼んで」

「ヨハネス。君は、誰に魔術を習ったの?」

「呪術の基本はおばあちゃん。後は独学」

愛想はないが、素直に答えてくれる。おばあちゃんというのがこの家の元々の持ち主らしい。

「この村の結界を張ってたのは、その…『おばあちゃん』?」

慣れない方言を使うのに微かに躊躇したソーマだが、ヨハネスは気にした様子もなく答えた。

「あれは代々だから、そうとも言えるし違うとも言える」

「この家を隠す術式を足したのはヨハネス?」

「そう。あいつら煩いから」

度々垣間見える村人への敵意はともかく、それには深く納得がいった。

「今はどうやって生活を?」

「ジュース売ってる」

「…それだけ?」

「そう」

ソーマは絶句した。これ程の魔術師が魔術を生業にしていない事に。

「自分で作るの?果物は?」

「果実なんて使ってないよ。合成」

「ひぇ…」

ケイナの成分分析も騙し通せた事になる。ケイナは物理寄りのアイテム生成が得意分野ではあるが、錬金術学においては上級生である。簡易設備であったとはいえ気付かれなかったという事は、かなり本物に近く再現できているという事だ。

もう我慢ならないとばかりに、ピノとソーマはグイとヨハネスに詰め寄った。


***


「講義してくれないかな」

「…講義??」

ヨハネスは面食らった様子で身を反らせた。

「結界術について君の意見を聞きたい」

「ジュースに掛けた魔術の方が知りたいよ。飲食物に呪いを掛けるなんてどうやるの??」

ふたりの圧に狼狽したヨハネスは、ハッと立ち上がった。

「追加のお客さん来たみたい。案内してくる」


迎えに出たヨハネスは、ケイナの後ろに目を遣って固まった。幾分成長しているが、面影は変わらない。彼は視線を上げヨハネスを捉えると、小さく首を傾げた。

「…あれ?リリファム」

「なんだ知り合いか?」

ひとつ肯いただけで視線を落とした彼に、ヨハネスは苛立たし気に口を開いた。

「相変わらずだねユーク。何考えてるかサッパリ解んない」

「そっちは…ちょっと変わった…?」

「たぶんね!」

折り合いは良くなさそうだと察したケイナは割って入る。

「『リリファム・エンデルファールス・インバネス。エマ・デ・ヴリースの推薦を認め、本学への入学試験受験資格を与える』」

突き付けられた書面と読み上げられた文言に、ヨハネスはパチパチと音がする程瞬きをした。

「…え、は…?」

「多分すぐ講師にならないかって打診されると思うけどな。一応一般学生枠だ。入試は冬休み中にあるから、すぐ向かった方がいい」

「いや、ちょ…え?」

「大丈夫。リリファムなら受かる」

「待って貰っていいかな!?」

ヨハネスの大声に、ケイナとユークは口を噤んだ。

「…先ず。ボクの事はヨハネスって呼んで。嫌いなんだ、その名前」

「あー、まぁ、うちのおっさんも名前呼びを嫌うし、解った」

「なんでヨハネス?」

「おばあちゃんがくれたあだ名。偉人の名前だって」

エンデルファールスと聞いて「何か聞いた事ある響きだね」と溢した彼は、自分の名が嫌いという弟子の為にヨハネスの名を贈った。ヨハネス・ファン・デル・ワールス、というのが偉人の名前らしいが、残念ながらいくら調べても情報がなかった。

「それから、急にそう言われても、困る。どうして急に…」

「何回か使いは出してたらしいぞ。ヨハネスが隠れちゃったから届けられなかったんだろ」

「まさか隣村の地下に隠ってるとは思わなかったし」

それにはヨハネスもぐぬぬと口を噤むしかない。まさか師が塔への入試手続きを進めてくれていた事など知らなかった。

「ヨハネス。塔への入学は私も勧めるが、決めるのは自分だ。先に来てた奴らと合流させて貰っていいか?」

立ち話が長引いてしまっていた。


「えっ!やったじゃんやったじゃん!」

「是非においでよ!君は来るべきだよ」

「な、なんなの君たち」

ソーマとピノはヨハネスの入学を期待した。聞きたい話、闘わせたい意見は山程ある。講師になってくれたらそれこそだ。歓待の熱意にタジタジになる家主に構わず、ケイナは見事な空間魔術に舌を巻いていた。ユークも興味深く辺りを見回して歩き回っている。気付いたヨハネスが声を荒げる。

「そっちはダメ!仮にも女の子の部屋をジロジロ見て回るなんて失礼でしょ。信じらんない」

えも言われぬ表情を浮かべたユークは一拍後大人しくソファに戻り腰を落とした。

「入試受けるなら早めに向かった方が良い」

「そうそう。身体慣らさなきゃ危ないし」

「一人で行くの不安なら私がついて行くぞ。もうだいぶ満喫したしな」

「勝手に進めないで。ちょっと考えたいから、今日はもう帰ってくれる?」

そういうことなら、と四人は顔を見合わせ立ち上がる。

「質問があれば呼んでくれ。使い魔を置いていく」

「……ありがと」


「さって。結末はどうなったとしても、取り敢えずひとつ片付いたな」

伸びをするケイナをユークが見つめる。

「……旅費?」

「…まぁそうだ」

外国への長期旅行。学生の身で旅費を捻出するのは難しい。よって、外国に用があるが中々自ら出向けない者の代理を行う事で融資を得る事にした。つまりバイトだ。

「運良かったね」

「ユーク連れて来てるからな」

幸運係は伊達ではない。


***


さて。幸運係が帰ってきた。となれば、引っ張りだこである。

「じゃーんけーんぽい!!」

「っしゃ!!」

力強くガッツポーズを決めたのはルカだった。ソーマは「解っていた」とばかりに一息吐き、先を譲る。

「いや待てよ?ソーマは多分鉱石類、ルカは玄獣の捜索だろ?三人で行けば?」

「あ!確かにー」


揚々と出掛けて行った四人を見送り、笛の手入れをしているネレーナに声を掛けた。

「診療所への報告はヨハネスの決断を聞いてからにしようと思うんだが」

ヨハネスの事はルカとネレーナにも話してある。因みに、ソーマは仕事を終え、結界修繕の完了報告はルカが行っている。人避けの結界はそのまま付けておく事にしたらしい。写しとる作業も勉強になったとソーマは喜んでいた。

「心配してるんじゃないですか?」

「あぁ一応帰ってきた事は言ってある。流石にな」

あるかどうかは知らないが、治安組織に連絡されても困る。

「それならいいですけど~っと」

手入れを終えた笛をしまいこむ。

「ソーマは多分鉱石学研究室から融資を受けてるよな。ルカは玄獣学研究室か?」

「ああ、クーシェ先生から直みたいですよ」

ネレーナもケイナも玄獣学は受けていないが、その名前は知っている。ルカからよく聞くというのもあるが、彼自身が塔の不思議のひとつに数えられているからだ。

「ネレーナは?」

「私結構稼いでるので」

「すげー。流石ネレーナ」

胸を張るネレーナに素直に感嘆する。因みにユークも自腹だ。ピノは皆の手伝いをするという名目でついてきているので、ピノの旅費は皆で割勘である。

「ここでも結構稼いでますよ~」

「芸があるといいな」

元々弦楽器より管楽器が得意なネレーナは手に入れた笛で毎晩荒稼ぎしているらしい。容姿も相まって酒場では大人気だ。

「さて。私もフィールドワークに出ようかな。暇があるなら手伝ってくれてもいいぞ」

「そうですね~。そうしようかな~っと」

ふたりはのんびりと立ち上がった。



「おっ?」

沢でカニを追っていたケイナは、顔を上げて目を凝らした。

「あっれぇ!ケイナじゃん」

森から現れたのはルカたちだった。

「川の気配を感じたルカが急に遊ぼうって言い出して…」

「はー。じゃあもうここで観察はムリだな。遊ぶか」

「川遊びだー!」

一瞬で切り替えたケイナはピノと共にルカを追って川へ飛び込んでいった。見送るソーマの肩をユークが優しく叩く。

「…はぁ」

見ればネレーナも合流している。ソーマはユークとふたり、岩に腰掛けて川に足を浸けた。溜まった熱が流されていく心地良さを感じる。その内に笛の音が聞こえだした。ネレーナが川中の大きな岩の上に陣取って高らかに演奏しているのが見える。村人に習った曲だそうで、馴染みはないが何処か懐かしさを感じさせるリズムだった。

──ぱしゃん、ぱしゃ、ぱしゃ。

気付けばユークも笛の音に合わせて水面を蹴っている。

「知ってる曲?」

ソーマの問いに肯きを返す。

「水辺で笛を吹くと、魔物を呼ぶ…って話がある」

「ちょ」

突然の怪談にソーマは思わず腰を浮かせた。ユークのバタ足が作り出していた水溜まりに手を滑らせ、

「うわっ」

「あ」

ぼちゃんと水中へ落下した。

「…深くて、良かった」

「言ってないで助けてやれよ」

落水の音を聞いて駆け付けたケイナは呆れ顔を直ぐに焦りの色で塗り替えた。

「ソーマ?」

落ちても怪我はしない程度には深いが、透明度も高く、水中のソーマは視認できる。が、背を上にしたままのソーマは中々上がってこない。

ルカとネレーナを呼ぼうとした矢先、漸く水面から頭が出てきた。

「見付けた!レア鉱石!流石ユークだ!ありがとう!!」

「あ…?お??」

「良かった」

飲み込むのに一拍掛かったケイナと淡々と返したユークに再び背を向け、ソーマは水底へ向かっていった。

「えーと、ルカ!ネレーナ!ソーマ手伝ってやって!こわい!」

ワーナーっ子が泳げる気がしないケイナは、やはりビナーズに助けを求める事にした。

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