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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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冬休みの夏の話 3

地下へと続く暗い階段を下るため明かりを点けようとしたソーマは、「あれ?」と首を捻った。

「夕立とか…来てる?」

「夕立って来るならもう少し前の時間じゃない?なんにせよ、音も聞こえないから判んないなー」

嵐の時に似て、精霊が命令に従わない。夕立程度で此処までとは思わないが一番に思い付くのはそれだった。

「どうする?降りるのやめとく??」

「そうだね。流石に暗すぎるよ。ここまで来て何だけど…」

「手摺あるし、気を付ければ行けそうだけどな」

手摺を掴んでルカが下を覗き込む。少し唸った後、数歩分階段を下った。

「あー、大丈夫そう。そんなに長くないし…えっ、明かり点いてる!」

「え?」

十数段の階段を慎重に下りると、細い通路は直角に折れていた。その先には、明かりの漏れる金属製の扉があった。

「怪しい…」

「ワクワクしてきた!」

それぞれに異なった表情を浮かべ、ふたりはその扉に手を掛けた。



「困りました…今何時くらいでしょうか」

「お腹空いてきたね~」

ネレーナとピノはお互いに肩を丸めてしゃがみこんでいた。床は石造りで空気も冷たく、暑い日中の活動に適した服装のふたりには寒いくらいだ。

これといった光源もないのに昼の屋外と同じくらい明るく、時間も判らない。そう広くもない部屋の奥には紫色や褐色の液体の詰まった瓶がそれぞれ大量に置かれている。

「あれお酒かな?」

「どうでしょう。口を付ける気にはなりませんけど…」

「う~~ん喉乾いてきた気がする~」

瓶の口はしっかり閉まっており匂いも解らない。不用意に開けてみるのも危険だろうと放置しているが、目下この部屋には他に何もない。自然とそれに目が行き、段々喉の乾きを覚え始めた。

廃墟に侵入し、冷房魔術の施術者を探してこの部屋を見付けた。中を一頻り見て何もない事を確認したふたりは、入ってきた扉が開かない事にも気が付いた。ネレーナが力尽くで開けようとしてもびくともせず、それから長い時間ただ瓶の山を眺めて途方に暮れていた。

ガチャ、と聞こえたのはピノが瓶をひとつ手に取った時だった。振り返ると、見知った顔が驚いた表情で立っている。

「扉閉めないで!」

「えっ?」

カチンと静かに、絶望の音が響いた。

「うわあ!?」

慌てて駆け寄りドアノブを捻るが、やはりびくともしない。

「えーっと?」

ふたりの憔悴した様子にルカとソーマは困惑して首を傾げた。


「なるほど…」

情報共有を済ませた4人は目を瞑って唸るしか出来なかった。

「どうしよう」

ピノとネレーナは魔術が使えない事を知り、ルカとソーマは此処から出られない事を知った。時刻は夕飯時。お腹も空いて、喉も渇いている。

「取り敢えず、ひょっとしてケイナが来てくれるかも知れないから一人は扉に貼り付いておきましょ。閉められないように」

「そうだね!」

くしゅん!とネレーナがくしゃみをした。

「出られないと風邪引いちゃいそうだね」

この部屋は冷房が効きすぎている。

「此処、冷蔵庫なのかも」

瓶の山以外何もなく、過剰に冷やされた、内側からは開かない部屋。確かにルカのその推察は説得力があった。

「でも内側にもノブがあるんだから、開ける方法はあると…思う」

ソーマは自信なさげに望みを口にした。今まで見てきたこの村の施術形態からすると、元々ただの小部屋だったこの部屋に後付けで機能を与えた線は濃厚だ。内側にドアノブがあることにそんなに意味はないかもしれない。

「そうかも!」「確かに」「なるほど~」と望みを持って考え始めた学友たちに、ソーマは慌てて「いやごめん、そんな事ないかも…!」と声を上げるが、既に彼らに聞く耳はなかった。

僅かな罪悪感を抱きながら、ソーマはドアに張り付く三人を見守った。


「解んないですね~…」

「お腹空いて頭回んないよ~」

「目の前には糖分と思しき液体が山とあるのに…」

泣き言が増えてきた三人と、機嫌が悪くなってきたソーマは各々に座り込んでいる。

「おーい、居るか?」

聞こえた声に一斉に振り返る。ココココ、と細かく戸を叩く音と共にもう一度知った声がした。


***


「ピノー?ネレーナ?居ないか?」

「居る居る居る居る!!」

「閉まらないように開けて!!」

内側からドンドンと強く扉を叩く。

「んー?…居ないか…?」

「居るってば!!」

蹴破る勢いでルカが扉に一撃入れる。

「! 居る…のか?困ったな…あけ」

ザザザッ!と強くノイズが走り、甲高い悲鳴のようなものが聞こえた。

「えっ!?」

「ちょっと!?」

「ノック変だったし、多分使い魔だったよね今の」

ソーマの分析にルカが気付く。

「魔術使えるって事?」

ところが、試してみても誰も巧くいかない。

「エラー吐いて消えたみたいだったし、やっぱり無理かなぁ」

だがそれまでは使えていたという事だ。ルカが何も使えないのにケイナが某か使えるなんて事はまずあり得ない。ケイナの術式は効率こそ良いが、魔力量は圧倒的にルカを下回る。

「まあでも居場所は伝わっただろうし、来てくれるでしょ」

「そうですね~。良かった~」

程なくして扉は開き──現れたのは、ケイナではなかった。



ひとり廃墟を見上げていたケイナは、蚊除けの結界を強くしてその場にしゃがみこんだ。使い魔を作り出し廃墟の探索を任せる。暗視モードもオンにした。人間には入れないが、小鳥程度が潜れる隙間は幾つもある。

中は静寂に充ちていた。誰か居るようには思えなかったが、一通り見て回る。簡易な錬金術用の器具や吊られたドライフラワーなどから恐らく此処には魔術師が住んでいたのだろうと予測できた。

念のため屋根裏も見てみるが、小動物の気配すらない。こんな廃屋、喜んで棲みそうなものなのに…と少し不審に思いつつも捜索を続ける。

地下を見付けた。歪みも錆びもなくきっちりと閉まった扉はこの廃屋にあって恐らく頻繁に利用されているのだろう。念のため呼び掛けるが返事はない。が、何度か呼び掛けると扉を叩きつけるような衝撃が観測された。返事は声ではなく衝撃で返ってくる。思ったより異常事態かも知れない。

突然、蚊を叩くように使い魔が潰された。

「っ!?」

しゃがみこんでいたにも関わらず、驚きで姿勢を崩してしまった。扉の様子に集中していた事もあり、背後からの接近に気付かなかった。

「誰か居るって事かよ…」

土を払って立ち上がる。念のため宿に置いてきた使い魔の様子をチェックするが、誰一人戻ってきた様子はない。

「………」

暗闇の中草木を掻き分けて柵を乗り越える気にはならない。ケイナはそっとその場を離れた。



「だっ、誰!?」

扉を開けて現れたのは、見たことのない人物だった。真っ直ぐに切り揃えられた肩まである黒い髪。夏にあるまじき厚手のローブ。呆れ返った半眼でルカたちを見渡した後、後ろ手に扉を閉めた。

「こっちの台詞だけど」

「それは…そうね!」

恐らく家主なのだろう。であれば侵入者は此方の方だ。

「空き家、って聞いてたんですけど~…」

「あぁ、頼まれて様子見に来たの。診療所に居るおばちゃんでしょ?困ったもんだなぁあの人」

「こっちの台詞」と言ってはいたが、侵入者たちの素性に関してはある程度察しがついているようだ。しかし侵入者たちからは彼の事が何も解らない。歳は近そうだ。

「勝手に住み着いてるって言われてたよ」

「そうだよ。元々空き家でしょ?何か悪いの?」

髪を耳に掛けながら堂々と顎を上げる。

「む、村の敷地内だったら村の許可が要るんじゃないかな?そもそも村の人間じゃない、んですか?」

思わず口を開いてしまったソーマは、取って付けたような丁寧語になってしまった事に自ら眉を顰めた。

「違うよ。冗談じゃない。でも、此処はボクの家だった。…昔から」

「オーケー、ならそういう事にしよう。そいつら解放して貰っていいか?流石に腹減った」

「ケイナ!!」

開いた扉の枠に身体を寄り掛からせて、声を上げた学友たちにヒラヒラと手を振った。

「受けた依頼内容は『様子を見てこい』だったな?住んでたのは正当な家の持ち主、つまり報告内容は『問題なし』だ」

家主はパチクリと瞬いた。

「それは助かるけど…いいの?」

「いいだろ。虚偽じゃない。私たちはこの一夏限りの客人だしな。………掘り下げたいのか?ソーマ」

「………そういうわけじゃ、ないけど」

彼らしい端的な解決法の提示に、ソーマのみが少し気持ちの悪そうな表情を浮かべていた。


***


虫除けの網が被せられた冷めきった夕飯に漸くありついた食べ盛りたちは食の有り難さに涙した。

「うう…冷めてても美味しい…」

「残しておいてくれたんですね~ありがたいです~!」

「頼んどいたんだよ。片付けないでくれって」

「ありがとう~!」

「宿の人も心配してくれてたね。申し訳ないな」

空腹を満たして一息吐いたら状況整理の時間だ。

「ソーマ、約束取り付けてたけど明日またあそこ行くの?」

「だって、解らない事だらけだし…聞きたい事もあるから」

帰り際、明日も来ていいかと訊いたソーマに、廃屋の主は少し嫌な表情をしつつも可と答えた。

「面倒にならないようにな」

「なんかケイナ先生みたいだね」

何気ないピノの一言にケイナは噎せ返った。

「あっ!そうよケイナ!どうして魔術使えたの!?」

「はあ? ゲホ、魔術師だからですけど?」

噎せた余韻に犯されながら答えるケイナに四人分の視線が刺さる。

「…ぁ?え、なに。使えなかったのか?」

四人は無言で肯いた。

「いや全然…普通に使えたけど。ていうかそうだ。おまえらなんであんな処入ってっちゃうんだよ」

何の為の使い魔だと言われれば、各々にそっと視線を外した。使い慣れてないと言えばそれまでだが、全く思い付かなかった。



翌朝。売店の一角を眺めていたピノが四人を呼びつけた。

「ねえ、これ…」

指差す先にはジュースの瓶。何の変哲もない果汁飲料で、提げられた札には各々の味と価格が表記されている。

「あー!」

「こっれ、あそこに置いてあったヤツ…!」

ケイナはジュースに騒ぎ出した学友たちに困惑する。どう見たってありふれたジュースだ。瓶自体にもこれといった特徴は見られない。

「いや絶対そう」

「これしか見るものなかったですからね~!」

「イヤというほど眺めたもんね…」

商品の前で騒ぐ客に釣られて売店員が寄ってきてしまった。

「ああそれ。食事に付けてるやつと同じものだよ。美味しかったろ?偶に来る商人から卸してるんだけど、村では人気でね。割と何処の店も扱ってるよ」

「そうなんですか」

「本当にジュースなんだったら飲んどきゃ良かった~」

肩を落とすピノ。ソーマは透明な褐色のものを一本買い求めた。

「ケイナ、ちょっと手伝って貰っていい?」

「ん?おう」



「成分は果汁飲料で間違いなしだ」

ケイナ持参の簡易錬金術セットで調べた処、特に不審はなさそうだった。しかし。

「そっか。ありがとう。でも、特殊な魔術が掛けられてた」

「えっ!」

ソーマの不穏な言葉に皆の注目が集まる。

「今日もだったけど、いつも朝御飯にフルーツジュース付いてるよね」

「美味しかった!」

「えっやだ飲んじゃってるわよ?」

「飲んじゃいましたねぇ、っと…」

ルカとネレーナの反応を見て、ピノが怯む。

「あっ、そういうこと…?」

このジュースが魔術が使えなかった原因かと推測したが、

「いや待て。それなら私も飲んでるぞ」

「うん、僕もその後魔術使ってるし、皆もでしょ?そもそも毎朝ついてたし。体内に入れるものだから、魔術師ぼくらには効き難いと思う。特にピノには効かないんじゃないかな」

前提として魔術というものは『生命』に対しては効き難い。エネルギー交換や物質の反応の促進又は強制を行うものであって、生体を操るようなことは難しい。

「掛かってたのは魔術抑制の効果じゃなくて、…効きが強くなるような…被魔術効果が増強される術式だと思う。強いものじゃなくて、とても微弱なものだけど」

出来るのは、電気信号を操作して『思い込ませる』くらいのものだ。これを呪術という。

「なんだそれ?」

「この村で対人魔術は今のところひとつしか見てないね」

「廃屋の人避けかぁ」

『偶に来る商人』というのが廃屋の主なのだろう。

「ん~~ソーマ、ついて行ってもいい?」

「え?うん、いいと思うけど…」

突然同行を申し出たピノにソーマは肯きを返す。

「あの人、知らない魔術たくさん知ってそう」

「そこは確かに興味ある。ちょっと確認もあるし、私も後で行くわ」

「確認?」と首を傾げるソーマにケイナは悪い笑みを返した。

「そ。だから少し遅れる。先に行っててくれ」

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