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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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襲撃の話 後編

ルエイエは魔女の攻撃を打ち消すのに必死で攻めが弱い。そんな片手間の攻撃ではこの魔女には届きはしない。強力な攻性術士が上空の防御に回っている以上、この場で戦力になるのはルエイエくらいだ。いや、此処に集まっているのも皆優秀な魔術師ではあるのだが、魔女の格が違いすぎる。多少厄介に感じるのは、ファズの封術と竜の小娘くらいか。どちらも防御が主だが、リフレクトを警戒し魔女の攻撃は今のところ範囲攻撃のみに限られている。

激しい攻防を交わしながらも、ルルイエの魔女は暇そうにふらっと視線を泳がせた。もうひとり、魔女の相手になりそうな人物が居る筈だが姿を現さない。それを不審に思っている。

「まぁ出てこないのなら仕方無いわね」

魔術の相殺合戦には飽き飽きしてきた。ファズの持ち石が尽きるまで怒濤に攻め立ててやろうかと考え始める。

その時、塔の中腹に何か現れた。

背に二~三軒家が乗りそうな大きさの、蜥蜴ドラゴンだ。魔女も思わず呆気に取られる。

「なにあれ! 玄獣なんて飼ってたの!?」

言ってはみたが、玄獣が飼えるモノではない事は魔女も解っている。だからこそ驚いており、その一瞬は隙となった。因みにあれは購買店員の私的なペットだが、飼育許可を出していて良かったとルエイエは思った。世の中何が役立つか解らない。

ルエイエは好機を逃さず大術を組み上げる。漸くの攻勢チャンスだ。講師陣から多くの強化を施されたルエイエの『鎌鼬』が放たれる。顔をしかめた魔女は舌打ちして地を蹴った。爆風と共に空へ逃れ、再び空を蹴るようにして少し離れた場所に着地する。直前まで居た空間は切り裂かれ(・・・・・)、巻き返しの気流は草木を吸い寄せ煉瓦を剥がした。

「真空刃ねぇ。危ないわぁ」

はためくスカートを抑え砂を払う。局所的に一瞬で気圧を極端に下げる、中々に殺意の高い術だった。

すぐに電磁結界を張ろうとする人が何を、と思いつつルエイエは避けられた事に唇を噛んだ。

「有翼種の真似事を…」

「そりゃそうよ。そもそも魔術ってそういうものだもの」

有翼種の真似事をするために産み出された技術体系が魔術だ。有翼種のように自在にとはいかないが、例えば。空気を圧縮し足下で解放する事で自らを撃ち出す。威力調節やその他の魔術で補助すれば極短時間の飛行も可能だ。

「因みに私やルエイエちゃんの『魔力』だって、彼らの力の劣化版ではあるけれど、大放出したら少しくらいなら飛べるのよ?」

労に見合わないからやらないけれど、と魔女は手を振った。

塔の一部から黒煙が上がっている。蔦に被われた通路を焼き切ろうとした者がいるらしい。生木が簡単に燃えるわけないでしょう、と息を吐く。それこそ真空刃でフリーズドライにでもしてしまえばよく燃えただろう。まあしかし、派手に上がる黒煙は塔の人間の焦燥を煽るだろう。

「ここまでかしらね」

魔女は両手を広げて顎を引く。足元には視覚出来る強力な術式が拡がっていく。ルエイエの顔に強い焦りが滲み出る。静寂の檻は使えない。体術では敵わないというのもあるが、何より。

ゴウン、ウゥ…ン

「!!?」

魔女は思わず上空を見上げる。見えはしないが、塔の頂上。瞬間移動のような速度で降ってくるそれに目を奪われた。

「 が……ッ、!」

その隙を衝いて放たれた気弾を喰らい、魔女は噎せ返りながら後退る。

「お待たせしました! 塔の結界、再起動完了です」

魔女の目の前に、フィアはふわりと着地した。

「…やられた。貴方が?」

「飛び出していく学長から術式を託されまして」

フィアは自らの手に持った虹色の宝石に目を遣った。

「まさか」

ルエイエはコートを開いて胸元の宝石を見せ付ける。同じ色のふたつの石は共鳴の光を放っていた。遠隔操作での結界の再起動という離れ業。それを、魔女と戦いながら。

「出てくるのが遅かったと思ったけど、私の結界破壊の術式も解読済みなのね」

フィアが託されて塔の結界に追加したのはその術式の対策だった。

「この私相手に並行処理とは…舐められたものね」

それでいてあの鎌鼬。笑いが洩れる。

「いいわいいわ! 許してあげる! 成長してるじゃないルエイエちゃん!」

ガバッとルエイエを抱き締めてその頭を撫で回す。

「…引き上げを」

抱き締められた当人は顔を盛大にしかめつつも、大して抵抗はしない。周りの講師たちは呆気にとられているが、フィアはそれに構わず、深刻な顔で上を見上げていた。

「…スナフ先生に、クドルの相手をさせたんですね」

ルルイエは我が子を撫でる手を緩やかに止めた。

「ええ。観察出来なかったのが残念」

「外道ですね」

フィアの静かな怒気に周囲に緊張が走る。折角落ち着いたのに魔女を刺激されては堪らない。しかし魔女は気にした風もなく。

「そりゃあそうよ。お誉めに預かり光栄だわ。私、魔女ですもの」

ルルイエから走った術式の気配に皆構えたが、それは彼女の軍勢に向けられた引き上げの合図だった。

「抜き打ち非常時訓練はこれでおしまい。じゃあね皆さん。また来るわ」

そう言って踵を返した魔女がひとつ踵を鳴らすと、塔の破損箇所や焦げ落ちた竜たちはみるみる元の姿を取り戻していった。

初期状態の記憶と以降の総ダメージの記録の保持。彼女もまた多大なハンデ付きで塔を相手にしていたのだ。立ち去る背にもう来るなと声を掛けつつ、ルエイエは悔しく思った。魔女の称号を奪い取れるのは、まだ少し先らしい。



「先生。スナフ先生を…慰めてあげてくださいね」

総点検あとかたづけに忙しく動き始めた人の中で、フィアはルエイエに向き合い、きゅっと唇を噛んだ。

「……解った」

彼らにとってフィアは親しくない他人でしかない。

「ねぇフィア。もう一度…改めて知り合ったらどうだい?」

「……ええと…」

違う関係性を一から築き直すのはとてもこわい。ジユウもマキもカルタも、毎回同じ流れで知り合って、同じ様な関係性を築き直せた。しかし、スナフとクドルは状況がかなり違う。

考えておきます、と小さく漏らした。

「…それで結局、お母様は何しに来たんでしょうね?」

「あぁ、それは多分…いつか君が僕に教えてくれた事だよ」



「戻ったわ」

「ご機嫌だねルルイエ師。面倒事はごめんだと伝えた筈だけどな」

「あら」

ルルイエが塔に向かった後、宰相は迅速に動いた。訓練という態の根回し。人員を手配して塔の観光区画での状況説明と避難誘導。国への正式な報告。

「ザイは優秀で、いつも助かるわ」

「師は奔放でいつも苦労するよ。それで収穫は?」

「ん~、ふふ。取り敢えず、うちの隊員は扱き直しね」

御愁傷様、とザイは心中で隊員たちに弔辞を述べた。


「やっぱり、偶に全力で魔力を使うとスッキリするわね~!」


魔女は伸びをしながら隊員たちの元へと足を向けた。

フィアは救われなさに気付いてしまった。

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