冬休みの夏の話 2
ソーマとルカは村の外れ、住宅地から離れた農園にやって来た。果樹がメインのようで、今は花を終えた枝先に袋が被せられている。
防御結界の要所までの案内を頼むと、農家は不審そうに柵を示した。
「だから、それよソレ」
「………。ぇっ…力業…」
要などない。効率など知らないものと言わんばかりの継ぎ接ぎだらけの術式に目を見張る。綻びが出るのも当然…寧ろよく保っていたものだと逆に感心してしまう。
「綻んだ処繕ってくれたらいいから」
「いやあの…一回全部張り直していいですか…」
メンテナンス性皆無のこの術式に手を加えようとするよりも、一から組み直した方が絶対に楽だと確信した。
一頻り廻って各所の特性を確かめた後、要所を決めて術式の構築に取り掛かった。
「これ絶対後々上書きされてメンテ性失うやつ」
「………」
後の事は知らない、とソーマは無言で構築を続けるが、作業をしながらもルカは独り言のように話続けた。
「獣避け。玄獣も対象なのかな?玄獣は人の畑狙わないか。でも普通の獣相手にしてはちょっと強いよね。特に果樹区画に付け足されてるこの式…あー、多分鳥型の玄獣避けだ。嫌がる音出してる。畑の方、こっちは猪、これは…もぐら?」
そうだね、ホントだ、と心の中だけで返すソーマは自分の口が動いてない事に気付いていない。
「継ぎ足し継ぎ足しだけど、効果としては的確に足してあるね。うーん。読み解いてみると結構凄いかも」
とはいえこのカオスさはソーマには許容できない。こんがらかった糸のようなもので、解いてキレイにするには労力が掛かりすぎる。結び足すのは簡単だが、自分が携わったものがそんな状態なのは許せない。
「さっさと終わらせちゃおう」
「はーい」
後はひたすら黙々と。ふたりは一日がかりで結界を新調した。
ケイナは昨日に引き続き術具の修理をして回っていた。各戸の冷蔵庫や川沿いの堤防、集会所の放送機、街灯。コクマ国域以外でこんなに術具が普及しているのは珍しい。しかもこんな山奥でと思えば、術具のケアが行き届いていないのも納得できた。
「術具は要石に精霊を取り込んで動いてるので、ご機嫌斜めになってきたら…これは静かな所に、これは水の中に一日くらい置いて、これはおひさまに当ててあげて、これはちょっと炙ってみてやってください」
直した術具の要石を指しながらそれぞれの応急処置を伝えていく。
「そんなんでいいのかい?昔は祈祷とかしてた気がするなぁ」
ああ自然崇拝の国だもんな、などと考えながら肯定を返す。
「それも良いんでしょうけど、ちょっと人を選びますからね」
報酬を貰って次へ向かう。塔の学生にしては破格の安値だが、元々稼ぎにきたわけではない。そもそも南方は北に比べ全体的に物価も安い。これも縁と思うことにした。
「相談があると聞いて!」
「こんにちは~」
ピノとネレーナが診療所の扉を潜ると、簡素な作りの部屋の中に、医師と思しき人と助手らしき人だけがいた。
「あら。あー、相談。はいはいはい。確かにお願いしたね。よく来てくれました」
助手らしき方が笑顔で迎えてくれる。たくさんのこどもたちを育ててきたような逞しさを感じる人だった。医者の方はひょろりとしていて少し頼りない印象だ。
「こちらにどうぞ。ほら座って座って!」
「あ、はい」
「失礼しまーす」
促されるまま奥の部屋へ進み、勧められた簡易な椅子に腰を下ろす。
「それで、相談っていうのは…」
「村の外れにね、呪術師が住んでいた家が放置されてるんだけど、誰かが住み着いてるみたいなんだ。様子を見てきて欲しいんだよ。私も見に行ってみたんだけど、中に入れなくてね」
入れない、という事は結界でも張ってあるのだろうか。そうすると、住み着いている誰かもまた魔術師の可能性が高くなる。ネレーナはそう思いピノに目をやった。ピノは頻りに首を捻っている。
「えーと、解りました。ちょっと見に行ってみます」
そうして診療所を出て少し離れた処で、ピノは立ち止まった。
「おっと?どうしました?」
「んー、いや…あの診療所、なんか違和感あった」
「どういうことです?」
「う~ん…よく解んないんだけどさ。なんか変、な気がする」
医療を専門的に学んでいるわけでもなし、ピノの歯切れは大変良くない。ただ、医務室に入り浸っている経験からか、何という事もない違和感を感じ取っていた。ひょっとしたら『文化の違い』で片付けられるものかも知れないし、そうではないかも知れない。
「違和感と言えば、ケイナは『精神疾患がどうの』って言ってましたよね。全然違いましたね~」
「まあ又聞きみたいだったしね」
「これは…」
「見事な廃墟」
指定の場所には、ボロボロで草木に飲まれた木造家屋があった。庭を囲う柵は朽ち、全体に絡み付いた蔦が崩壊を留めている。結界以前に、侵入口が見当たらない。
「誰か住み込んでるっていうならどっかに入れる場所がある筈ですよね、と…」
「藪蚊が凄そう…」
ぐるりと家の回りを回ってみたが、人が出入りしていそうな痕跡はない。
「これは住んだりはしてないでしょ」
「勘違いですかね~」
ジャージャーと鳴り注ぐセミの音の中ただ立ち尽くす。茂みを分け入って中を覗くべきか、人の形跡は無しと報告してしまうか。
「一応入ってみますか」
「う~…」
唸るピノに構わずネレーナはヒョイと柵を乗り越えた。
「………」
流石におかしい、とケイナは一人眉を顰めた。
夕刻を過ぎても誰も部屋に戻ってこない。悩みに悩んだ末フロントにも確認を取ったが、朝出ていって以来、外国人学生客の姿を見たものはいないと言う。
それぞれに何かあったか、はたまた自分だけタイミングが合わず置いていかれたか。
「………様子見に行ってみるかぁ」
溜め息ひとつ、ケイナは立ち上がった。
ソーマとルカが向かった筈の場所では、ふたりに案内をしたという人物には出会えたが、肝心のふたりは見付からなかった。曰く、暫くその辺に座り込んで何かやっていたようだがいつの間にか居なくなり、完了報告も受けていないという。
座り込んでいたという場所を見れば作りかけの結界術式が放置されていた。ざっと眺め、ソーマらしい癖で丁寧に組まれた術式に心の中で拍手を送った。一から組み直しとは恐れ入る。良い仕事をしても報酬は見合わないものなのに。食い潰される職人タイプだな、と他人の将来を憂いてしまった。
しかし見た感じ緊急的な離脱ではなさそうだ。ある程度切りの良い処まで作られており、「一旦此処で切ろう」という意思を感じる。差し迫った異常事態が起きたとは考え辛い。「続きは明日にするか」と切り上げた。だから完了報告も入れていない。その線が有力だが…ソーマの性格上、依頼人にその旨も報告しそうなものだ。
首を傾げつつ、ケイナはもうひとつの依頼元へ向かうことにした。
ピノとネレーナが向かった筈の診療所は、明かりが灯っていなかった。営業終了の様相だ。村の診療所なんて24時間じゃないのか、と途方にくれる。
傍に自宅が併設されているかも知れないと望みを抱き直し周辺を覗き回るが、灯りが見える建物は見当たらない。
「………」
ダメ元で真っ暗な診療所の戸を叩く。
幸いにも、暫く待つと恐らく玄関に続く廊下に明かりが灯った。夕闇の中明かりも点けずに居たのかと思うとそれはそれで恐いが、昼寝が長引いたり夜が早かったりの可能性はある。気の所為だったと思わせない為にもう一度ノックをする。客を待たせて焦る様子もなく、足音はゆっくりと近付いてきた。
「はい。どうしました?」
出てきたのはヒョロリとした色白の人物で、ケイナは爪先から頭まで一目で確認されたのを感じ取った。医師で間違いなさそうだ。
軽く挨拶の言葉を挟んでからピノたちの事を尋ねると、柔らかに垂れた目が俄に開かれた。
「戻っていないんですか」
こちらもまた、依頼の完了報告は受けていないという。着いて来ようとした医師を制止し、ケイナはふたりが向かった先──呪術師の空き家へと独り行ってみる事にした。
「…あれ?これ……」
「何?どうしたの?」
黙々と結界を作成していたソーマが顔を上げるとすぐにルカが寄ってきた。ルカは結界作成に明るくない。主力はソーマで、ソーマからの指示が無ければルカは基本暇だった。
「ちょっと見てみて貰える?ここの…」
「ん~~…人避け?」
「だよね」
区画ごとに様々な獣避けがあったが、人避けの結界が張られた区画があった。これまでの荒々しい結び目と異なり、そこだけいやに整った術式で綺麗に継ぎ足されている。恐らく施術者が違うのだろう。依頼内容が結界の修繕である以上、綻び以外はそのままの機能を再現しなければならない。だが、この人避けの術式が元々あった正当な機能なのか、それとも何者かに追加された村にとっては予期せぬ機能なのか判断がつかない。
「現場、見に行ってみる?」
「そう…だね」
依頼人はあまり詳しくなさそうだったし、それよりも。好奇心が勝ってしまった。
「けほっ、…かなり埃っぽいですね」
ネレーナとピノが軋む戸を開いて中へ入ると、室内もやはり人が使っているようには思えない有り様だった。
「やっぱあの人の気の所為だよ~。野生動物の影でも見たんじゃない?」
「そうですねぇ…っと」
それならそれでフンや足跡はないかと辺りを見回していたネレーナが、ふと天井の方へ目を遣り動きを止めた。
「どした?」
「…えー、っと…あれ?セミの音止んでません?」
「………ホントだ」
「それになんだか、涼しいような…」
家の中に入って陽射しからは逃れられたが、湿度の高いホドでは日陰に入った程度でそんなに気温は変わらない。高地とは言っても昼間はそこそこに暑い。実際、先程までは蝉時雨の中ふたりとも肌を湿らせていた。
「ユニ先生の結界の中みたい」
「ああ、そんな感じですね!」
暑さが苦手な空間術学講師は夏になると避暑結界を張っている。講義中は講堂全体に張ってくれるので学生たちにも大変好評だ。
それに気付けば、確かに魔術の気配を感じる。ではやはり、誰かが居るという事だ。
「すいませーん!」
「お邪魔してますー!どなたかー!」
声を上げてみるが返答はない。ふたりは顔を見合わせると
「失礼しま~す」
屋内の探索に向かった。
「うわすっごい廃墟!」
人避けの結界が張られていた場所へ辿り着いたふたりは、入り口のない廃墟の前で立ち尽くした。陽も傾き、セミの音も種類が変わっている。
「なるほど…」
これは入ろうとは思えない。見事な人避けの結界だ。術式は解読して理解していたが、効果は想像以上だった。
「ええっと…入口、解る?」
「解んない!」
そっかと肩を落として入口を探る。答えは知っている。見付けるのは難しくはない。
「あった。此処から入ろう」
柵の内側は見えた通りに現実だ。軋む戸を開いて家の中に入る。
埃だらけの内装に反して、空調だけは居心地よく整っている。人避けの結界に冷房魔術。空間術学講師が見張りに来ていたと言われても納得してしまいそうだ。いや、彼の術式はもっと読み辛いものだったか。
見渡せば、床の埃が一部薄れている。二人分の足跡だ。
「新しいわ。誰かいるみたい。…そりゃそっか、冷房効いてるんだし」
「…あ。ど、どうしよう。不法侵入しちゃった」
ノリで何となく家にまで入ってしまった。見た目が激しく廃墟のため、つい良い気がしてしまったのだろう。
「今更!?家の人見付けて話を聞きましょ。正当だったら謝ればいいでしょ」
「う、うん。そうだね。ならこの足跡辿ってみよっか」
後付けで人避けを施しているのだ。居るのは悪人かも知れない。ルカが居れば滅多な事にはならないだろうと、ソーマは足跡の追跡を開始した。
とは言え、そんなに広い家ではない。すぐに行き先は判明した。
「地下、かな」
「おー」
下へ続く細い階段は他の部分と異なり手摺も床もあまり埃が付いていなかった。すぐ傍には裏口が設けられている。此処から出入りしているのだろう。
「降りる?」
「いや行くでしょ」
家の中は西陽が入り今までは灯り要らずだったが、この先は流石に暗い。明かりを灯そうとした処で、異変に気付いた。




