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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
38/92

冬休みの夏の話 1

樹歴865年

塔の夏休みは短い、里帰りも出来ない。そう嘆いたビナーズが空中水泳を敢行し厳しく叱られた年の冬。ケイナは思い付いた。

「冬休み、ユークん家行こうぜ」

「………うち?」

突然家に行きたいと言われたユークは、流石に少しだけ驚いたのだろう、コテンと首を倒してケイナを見た。

「ビナーズはネツァクの方がお好みだろうが、流石に短期じゃ学生にはムリだからな。ユークん家、確か山ん中だろ」

「………」

「あー、そっか!南なら今夏なんだ!」

思い至ったルカがテーブルに手をついて立ち上がる。

「なるほど~!確かにそれなら長い冬休みの間に夏を満喫出来ますね~」

良案だ、とネレーナも手を叩く。本当は故郷の海で遊びたいのだが、偶には山も良い。というか遊びの予定は何でも楽しそうだ。

「うち、遠いけど」

ユークの実家はターミナル所在地から離れた山奥にある。観光スポットでもない集落で、交通の便も些か悪いド田舎だ。皆で遊びに行くような場所ではないだろうとも思う。

「あー、まあ、近くに宿でもあれば私たちはそっちに泊まる。ユーク中々帰れてないっつってたろ。良い機会じゃないか」

なるほど。雑だが面倒見の悪くない学友は、ユークが月見の時に洩らした話を覚えていたらしい。

だが残念ながらユークの実家のある集落には宿泊施設などない。恐らく大人数になるであろう学友たちを泊めるスペースの確保は難しそうだ。

そんなわけで、ユークの故郷から最寄で宿泊施設のある村に遊びに行く事になった。


「やりたい研究もあったんだけど、折角だしなぁ、って。思ったんだけど」

「それは私もだが、フィールドワークと考えれば悪くないぞ」

慣れない山道を登りながら小さくぼやいたソーマにケイナが声をかける。肯きを返し、ソーマは前を行く背に目をやった。

「あの三人は元気だなぁ」

「体力凄いよな」

ターミナルのあるテラメルコから馬車を乗り継ぎ、麓の町から徒歩で宿泊予定の村へ向かう。その道中は登山だった。

はあ、と呼吸を整え、ソーマは先陣を追う。そこそこ整備された道ではあるが、運動不足気味の身体にはきつい。ポタリパタリと汗が滴り落ちる。山に入ってからずっと降り注ぐように聞こえているノイズが煩わしい。

「これ、何の音?」

「『これ』って…ああ。ワーナーには居ないもんな」

ケイナは顔を上げて頭上を見渡した。ソーマの少し後ろを歩いていたユークがソーマの質問に答える。

「セミ。虫」

「えっ、これ虫のこえなの!?」

驚いて少し音量の上がった声は前を行く学友たちにも届いたらしく、三人は歩を止め振り返った。

「そっか、ワーナーには居ないんだ。そういや聞かないもんね。気付かなかった」

「ビルグラントには居るんだ?」

ルカの発言にピノが尋ねると、ネレーナが答えた。

「居ますよ~。こんなジャージャーした鳴き声じゃないですけど」

どうやらセミを知らないのはソーマだけらしい。

「モノにも依るが、結構可愛いカオしてるぞ」

「セミ捕りしますか?」

ふんすとネレーナが拳を握り、ピノはワクワクと目を輝かせた。

「競わないぞ。でも一匹くらい捕ってソーマに見せてやれ」

「こんだけ居るんだからすぐでしょ」

セミを捕まえに動き出した三人を眺め、ケイナはその場に腰を下ろした。

「やったな。小休憩だ」

名目上自分の為にセミを探す三人には悪いと思いつつも、インドア派のソーマは素直に休憩に応じた。水筒に口を付け、タオルで汗を拭う。ワーナーでは味わった事のない湿度の高い熱気に身体がついていかない。

「ところで教えて貰ったこの虫除けの魔術、セミには効かないの?」

皆からの強い勧めで、今も体に纏っている。

「それは微弱な防御術式だから…『攻撃を防ぐもの』だから」

隣に腰を下ろしたユークがそう返す。主な対象はソーマに馴染みのないもうひとつの虫。『蚊』だ。勿論ハチやアブ、ヒルなどからも身を護る。

「塔って、本当虫居なくていいよな」

改めてしみじみとケイナは呟いた。


セミ捕り合戦はルカの勝利で幕を閉じ、ソーマは礼を言って即セミを逃がした。口に出さなかった感想は「可愛くはない」だった。


***


高原に入れば暑さも和らいだ。夕刻前には目的の村に着き、宿に入れた。地元民が避暑地として利用しているらしく、それなりに賑わっている。若い外国人団体は僅かに注目を集めたものの、声を掛けてくる者はなかった。三人ずつで二部屋取ったが、ユークは明日から暫く里帰りの予定だ。

「外国人に対応した観光用の宿でもないし、地元民ユークが居なくなるのはちょっと不安だね」

「大丈夫じゃない?ケイナとピノ居るし」

何か知らない内に粗相をするかもしれないというソーマの不安にルカはあっさりと返した。ケイナもピノもなんとなくホド域文化に詳しそうな事を察していた。

「それより、部屋割り勝手に決められちゃった。当然のように割り振られたけど、何基準??」

ルカ、ネレーナ、ケイナで一部屋、ソーマ、ピノ、ユークで一部屋だ。ケイナとピノ、ユークには明白である。

「性別」

「性別!?」

「誠に遺憾」

ピノは軽く唇を尖らせた。

「部屋にシャワーとかなかったからな。大浴場しかないとなれば、ピノ、止められるかもな」

「大浴場も性別なの?なんで?」

「南は同性になら裸体を見せても平気な奴が多いらしい」

変なのー!と一頻り騒ぐと、そろそろお腹が空いてきたと誰からともなく気が付いた。

「…風呂は悩ましいが、料理は楽しみにしてる」


「美味しかった…」

山菜の天ぷらや川魚の塩焼き、茶碗蒸し。ソーマには馴染みのない料理ばかりだったが、どれも美味しかった。美味しかったが、食べ盛りの学生たちには幾何かヘルシー過ぎたようだ。売店が閉まる前にとお菓子や軽食を買い込んでいた。

「ユーク、家までどんくらい?」

「馬車で半日」

「遠!」

南方では竜車は一般的ではない。特にホド域では玄獣の類いは上位のものとして敬われているので使役などされない事が多い。このあたりでは、背の低いがっしりとした『馬』と呼ばれる動物の牽く車が山間を定期的に巡っている。馬は繊細で勘が良いため玄獣などの驚異を察知してくれる。その分、迂回や停滞が起こり得る為発着は定時通りとはいかない。

「ケイナ?」

「うん?」

微かに疲れが見て取れる表情に、ソーマが声を掛けた。

「あーいや、大丈夫だ。気にするな」

心配されていると判り、気を取り戻しヒラヒラと手を振った。ユークがポツリと呟く。

「年長者だから…?」

「言うな」

北では若く見られるケイナも、此処では粗方の歳はバレてしまう。宿の人間に「学生さんたちの引率役」と認識されたのか、注意喚起や連絡事項が全てケイナに回ってくるのだ。やり取りに疲れた…というよりは、唯一の大人として扱われる事に僅かばかりダメージを受けている。

「誰も問題起こすなよ。私が怒られる」

「?なんで?」

「なーんーでーも」

エトラを誘えばよかったと独りごちるケイナにピノだけは気の毒そうな苦笑いを返していた。

「よく解んないけど、怒られるような事はしないわよ。それよりユーク、戻ってきたら探索付き合って欲しいから宜しくね?」

「あ、僕もちょっと探したいもの有って…ユークに着いてきて欲しい、かな」

幸運役ユークはコクリと頷きを返した。遊びに来たとはいえ、塔の学生。遊びの内容も自分の興味を充たすもの…研究の一端となる。

翌朝ユークが出立した後、各々周辺の地図を手に出掛けて行った。ケイナは川辺の生態観察、ネレーナは村内で伝統音楽の聞き込み、ピノとルカは玄獣探し、ソーマはそれに付き合いながら地質調査。夕刻には宿に戻りそれぞれに成果を話し合った。

「川の方にあんま見ない感じの石があったぞ」

「じゃあ明日はそっち行ってみようかなぁ」

「気配や痕跡は多いんだけど、今日は出会えなかった~」

「森の中トンボ多かった!」

「村の人たちはいいひとたちでしたよ~っと」

そんな調子で2~3日経つと、ネレーナは村の人気者になっていた。

「宴会に誘われたんですけど、皆も行きません?皆で来て良いよと言って貰えてるので」

「それなら行くけど…ネレーナすご…」

ケイナとソーマには真似できない所業だ。


***


「皆塔の学生さんなんだってねぇ!何やってるんだい?」

「塔ってのは頭の良い人が行くところだろ?おまえが聞いたって解るもんかい」

「違いない!でもネレーナちゃんの演奏が凄いのは解るよ!」

「あんたら皆出来んのかい?」

ネレーナは木製の横笛を乞われるままに演奏しており、ルカとピノが主に村民の相手をしていた。ケイナとソーマは怯えに近い様子でルカとピノを盾にしている。

「マズったなソーマ。タダ飯に釣られるんじゃなかった」

「僕は言ったよ、遠慮しとこうって」

「だが、ソーマ。宴会を白けさせる真似は控えろよ。呼んで貰ったんだからな」

「…解ってるよ」

解ってはいるが、機嫌の悪そうな表情が誤魔化せない。適当なところでふたりで抜けるか、とケイナが首を巡らすと、村民の一人と目が合ってしまった。愛想笑いで軽く会釈をすると、寄ってきてしまった。大失敗だ。

「あんたはこの辺の出身かい?」

「あ~、いや、出身はリディウムです」

「そうかい。いやてっきり」

なるほど、とケイナは心中頷いた。考えてみれば、ケイナが年相応に見える彼らには他のメンツは実年齢よりも上に見えている筈だ。年齢差はバレていないだろう。宿の人間がケイナにばかり話しかけてくるのは、外国人が恐いからだ。

「塔っていうと、学生さんたちも呪術士なんだろ?昔はこの村にも居たんだが、今はもう居なくてね」

適当に相槌を打つケイナを横目に、ソーマは呪術士という表現に首を傾げた。ケイナは訂正する様子もなく流しているので、ひょっとすると魔術師という意味合いなのかも知れない。ホドで主体となる魔術は呪術だと術史で習った覚えもある。

「だから呪術的な困り事が今幾つかあるんだ。ちょっと腕前を見せてくれないかい」

「んー、あー、成功報酬は頂きますけど、それでよければ」

ちゃっかりしてんねぇ、と笑いながら、村民は幾つかの案件を紹介した。獣避けの結界修繕、失せ物探し、術具の修繕など、聞く限りでは力になれそうなものが多い。ケイナは「では明日伺います」と時間と場所を決め、ソーマとふたり宴会場を後にした。

「ルカだいぶ楽しくなっちゃってたけど、大丈夫かな」

「残してきたのは皆ウワバミだ。心配ない」


翌夕。

「幾つか依頼を受けてきたから振り分けたい」

「わーい!バイトだ」

誰も文句を言うこともなく、拡げられた資料を覗き込む。

「結界修繕はルカとソーマ、術具修理は今日も幾つかこなしたし継続して私が。診療所の方はピノとネレーナ。これでどうだ」

「獣避けって、玄獣も含まれるのかな?」

「この辺りではどんな結界を張ってるんだろう。読み解ける術式だといいんだけど」

「診療所は…『相談』?詳細なしですか」

「薬の事とかだったら解んないなぁ。どんな内容か聞いてないの?」

「精神疾患がなんとか。一応出来そうなものを拾ってきたつもりだから頑張ってくれ」

何にせよ、バイトに時間を掛けるつもりはない。やりたい事は山とあるのだ。

「じゃあ明日からやるとして。お風呂行ってこようっと!」

「私も!浴衣よくいなしの大浴場にもそろそろ慣れてきたわよ!」

時間ギリギリの人の少ない時間を狙って行くケイナとソーマはただただ「すごいな…」とビナーズを見送った。

「知らん奴ならともかく、知り合いに肌晒すのは抵抗あるな」

「知らない人の方が嫌じゃない?」

どちらにせよソーマはひとりだけ浴場が別になるので知らない人とのみ入ることになる。

「でもそれより、話しかけられるのが嫌なんだよね…」

女の子に囲まれて羨ましいだとか、ネレーナの体つきについての下世話な話題とかを振られてもソーマには対応出来ない。

「思考が性的過ぎない?そんな人間相手に肌を晒しているかと思うと怖気がする」

「性を分けて考えてるって事はそういう事なんだろ。同性には興味ない奴が多い筈だから安心しろ」

異文化への偏見を募らせつつ、ベタつく身体に限界を感じたふたりは諦めて風呂へ向かった。

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