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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
35/92

バイトの話

樹歴866年

常に金欠気味のピノは、今日も求人掲示板を見ていた。塔では外部講習として様々なバイトが斡旋されている。学生とは言え塔の魔術師。バイト代はかなり良い。だが、その中でも更に高報酬なものとなると専門性が求められ中々手が出せない。自分の力量と報酬のバランスを見てギリギリを狙っていく。当然美味しいバイトは希望者も増える。早い者勝ちのものもあるが、多くは成績順だ。

「…うーん…」

掲示板の前で唸るピノに声を掛けたのはルカだった。

「お悩みのようね。良いバイト、あるよ」

路地裏の胡散臭い商人のように声を抑えて手招きをする。

「え、何?」

訝しむ事もせずピノはその招きに応じた。

「じゃん!」とルカが掲げて見せた紙は、玄獣の生態調査の求人広告だった。

「まさか、剥がしたの?」

「絶対やりたいもの」

掲示板から広告を剥がすのは違反行為だが、ルカは堂々と言い切った。最早清々しく、ピノは咎める気も起きずその求人に目を通す。

「えーと『802年に閉鎖されたラヴト鉱山にて近年目撃情報が多数寄せられている玄獣についての調査』…え、調査補助じゃなくて?」

「『正体とその生態についてのレポート』、『現場の状況報告』の提出が求められてるものみたい」

なるほど。上級学生向けの案件だ。

「流石に一人で行こうとは思えないから、パーティー募集中なの」

「へぇ。成長してんなルカ」

「そうだね。ルカなら一人で突っ込みそうなのに」

いつから聞いていたのか、ケイナとソーマが側に立っていた。

「ふたりも行く?」

ルカの提案にピノは脳内で算盤を弾く。分け前は減るが、バイト代はかなり良い。六人程度までなら損はないと判断した。

「私はいいや。役に立たんし。アイテムだったら売ってやるぞ」

ケイナは錬金術士だ。現場に出るタイプではない。

「ソーマは?」

「うーん、そうだな。良かったらご一緒させて貰おうかな」

「良し!」

「物理アタッカー、回復補助、防御。あとは──」

「おいおい。戦いに行くんじゃないだろ」

ケイナが呆れ顔で突っ込む。ピノは目を瞬いた後、「そっか」と頷いた。

「えーと、玄獣に詳しい人、回復補助、記録員。あとは?」

「幸運係も連れて行けば」


「ラヴト鉱山? 行く」

幸運係は即決だった。どうやらその閉鎖鉱山は普段は立入禁止らしく、ユークは一度入ってみたかったらしい。


これでメンバーも揃ったと事務局へ申請に向かう。バイト受付の事務員はルカが差し出した求人を見て難しい顔をした。

「こんな求人、あったかなぁ?」

控えを探しても出てこない。事務側のミスで控えを取り忘れたのかも知れないが、不安のある案件に許可は出せない。

「悪いけど、一度調べてから問題がなければ貼り直すから、それからまた来てくれる?」

「えー!?せめて予約!予約済みにしてください!」

「うーん…考慮はします」

明確な許可は出せない事務局員に名前を書いた紙を押し付けて、ルカは仲間たちに引き摺られていった。


後日、ルカを呼び出したのは事務局ではなく鉱石学講師だった。

「このバイトの件だが」

「あっ!それ!なんで先生が!?」

求人広告の紙片をルカに見えるように机に置き、ファズは頭痛を抑えるような仕草で続けた。

「調べた処、学生向けの案件ではなくてね。ただ、塔は過保護じゃない。君がどうしてもやりたいというのなら意思を尊重しよう」

「やりたいです!」

警告に対してあまりにノータイムな返答に複雑な表情を返す。

「解った。なら、講師と上級学生を一人づつ以上連れていきなさい。それが条件だ」


「って」

「へー。先生たちにもバイトの依頼ってあるんだ?」

ルカから伝え聞いたピノは暢気にそう返した。

「だからケイナ、来ない?」

「行くわけないだろ。そりゃそんだけ危険って事だ。だいたい、最初に言った通り私は役に立たん」

「「えー!」」

ルカが今求めているのは肩書、立場だ。上級学生に当て嵌まるだけでパーティーに入れる価値はある。

「こういう時は先輩だろ。あっちに頼め。んで、引率は誰に頼むんだ?」

「まだ決めてない。玄獣学の先生は付き合ってくれる気がしないし、ファズ先生は行きたいけど行けないとか言ってたし。アルバ先生かオルクレア先生辺りが頼みやすいかなぁ?」

「玄獣サラサラ関係ないな!んじゃオルクレア先生の方がオススメだ」

そう言ってケイナはヒラヒラと手を振った。ルカとピノは顔を見合わせ、大人しく引き下がることにした。


皆の頼れる先輩ことユグシルはいつものように押し切られ、ルカとピノに連れられ地質学研究室の扉を潜った。

「オルクレア先生いますかー!」

「あら?何の用かしら」

ルカの大声に応え胸を張って出てきた若年の講師に、ユグシルが事情を説明する。用件を理解したオルクレアは、わなわなと全身を震わせた。

「~~~っ!」

たっぷり溜め込んでから、腰に手を当て胸を張り、力強く吐き出した。

「いいわ!生徒の頼みだもの!先生付き合ってあげる!」

「やったー!お願いします!」

「ありがとう先生!助かるわ!!」

ぴょこぴょこと跳ねて喜び合う3人に不安を感じ、ユグシルは自分がしっかりしなくてはならないと強く感じた。

「あの…、出来たらやっぱり、エトラかケイナ連れてかない?」

捌ける自信が全くない。


「思ったより遠かったね」

「…なんだか、少し不気味な所ね」

ラヴト鉱山。採り尽くされた廃鉱山。近郊に建てられた様々な施設ごと今は眠りに就いている。地竜の孫娘は、廃都の寂しさだけではない、何処か不穏な…異質さを感じ取った。

「あっユーク!単独行動はダメだよ!」

「ピノ、不用意に設備に触らないようにね」

山を見上げるオルクレアの後ろでは、ソーマとユグシルが慌ただしくメンバーを諭していた。

「良かった…ソーマがいてくれて…」

改めて、よくもまあこのメンバーで許可が下りたものだと息を吐く。もしソーマが居なかったら、流石のユグシルも断っていたかも知れない。

「確認するわね!今回の活動目標は『鉱山跡に住み着いた玄獣の調査』、現地ここでは『名前』と『凡その数』が判ればOK!ね?」

オルクレアが人差し指を立て生徒たちを振り返る。ユーク以外の各々が肯きを返した。

「じゃあ行きましょう。皆、先生から離れないでね!」


坑道は暫く一本道で、全員何事もなく歩を進めていく。暗い坑道をカンテラや杖で照らす。朽ちた枕木、置かれたままの機材。物珍しさからキョロキョロと忙しなく視線を遊ばせる者、何か目的を持った視線移動を行う者、何か起きても対応出来るようにと全体を視界に納めて進む者。

完全に光が届かなくなった所で、異変に気が付いた。

「え」

「は?」

壁をも天井をも、辺り一面を虹色の結晶体が被っている。

「水晶?」

ピノの言葉に、ソーマは首を傾げた。

「違う…これはたぶん、鉱石の類いじゃないんじゃないかな」

オルクレアはソーマの推察に満足げに肯きを返している。結晶に手を触れたルカは目を見開いた。

「力…、これ玄獣の力の結晶じゃない!?」

「…採れない?」

ユークが採掘を試みるが上手くいかない。結晶は壁面に頑強に張り付き、乱暴に器具を打ち付けても傷さえ付かない。

「キレイ…だけど、ここからはテリトリーだってことだよね」

ゴクリと喉を鳴らすソーマにユグシルも同意する。

「本当に巣食ってたんだね。仮住まいではなさそうだ」

「ルカ、何の玄獣か判る?」

漠然と大物の予感がする。これが力の結晶だというのなら、大層溜め込んでいる。こんな力の溜め方をする玄獣は資料にあっただろうか。

「ごめん、ちょっと判んない」

ツルリとした結晶の表面を撫でる。

鉱石のように、硬質で冷たかった。


奥へと進む程、結晶の壁は厚みを増していく。その分道も狭くなっていく。所々結晶で道が塞がれている事もあった。

「ズンズン進んでるけど、大丈夫?」

「今の処この結晶以外に痕跡がないのよね」

生命活動の痕跡が見当たらない。動物よりも精霊に近いタイプの玄獣なのかも知れない。

「だいじょーぶよ!先生がついてるんだから!」

オルクレアは胸を反らして生徒たちを鼓舞する。正直ユグシルは不安しか感じないが、だからと言って何にどう警戒したらいいのかも判然としない。

「あれ?何か…」

「どうかした?」

歩を止め目を擦るソーマに、先行していたルカとオルクレアが振り返る。

「今、何かが…」

「あ…道だ…あれ?あっちにも?」

「え、ちょっとユグシルさん?」

ふらふらとユグシルが歩き出す。明らかに様子がおかしい。

「今まで一本道だったのに。どう進みます?」

「えっ 何言ってるの??」

見逃した分かれ道があっただろうかとルカは辺りを見回すが、通れそうな道はない。今まで通り、結晶が壁となって分岐は塞がれている。

「あ、やっぱり何か居る…」

「えっ 何処に??」

ソーマはソーマで、焦点の定まらない瞳で何かを追っている。

「ど、どうしちゃったの?」

ピノはオロオロとユグシルとソーマを見比べる。

「うーん…幻覚、かしら」

「幻覚!?」

会話も通じなくなってきているふたりの裾を握りながらピノとルカはオルクレアを見た。

「よいしょっと」

オルクレアはその手に持つ大きな杖をブンッと力強く振り抜いた。灯りとして使っているためその軌跡はさながら流星の如くに弧を描いた。

「ひぇっ!」「危なっ!」「ガッ、」「いッ…」「 」

「目は覚めたかしら!」

一振でまとめて打ち据えられた3人はポカンと尻餅をついていた。

「???」

「は、はい…」

「ありがとう、ございました…?」

「宜しい!このくらいの幻術なら気を付けていたら大丈夫よ。意識したら防げるわ!」

一撃を避けたルカとピノも思わず暴れる心臓を押さえ付けた。友である玄獣の加護があるルカと状態異常耐性が高いピノには効かなかったようだが、ユークはしれっと掛かっていたようだ。打たれた場所を擦りながら未だキョトンとしている。

「ユーク、大丈夫?」

「…幻覚、だけじゃないかも」

「え?」

先に進みかけたルカが、カクンと膝を着き叫んだ。

「先生!力が入りません!」

「え!?」

「他の皆は進まないで!」

制止をかけ、オルクレアがルカを引き摺り戻ってくる。

「ユグシルくん、暫く空気の流れの操作をお願い。あっちのがこっちに来ないように。あと、進んで来た方向からなるべく新鮮な空気を取り寄せて」

「え、あ、はい!」

暫くすると、ルカはヨロヨロと立ち上がった。

「あービックリした…戻ってきました」

「毒ガス…みたいなものね。弱いものだけど、進むのはちょっと無理かしら」

オルクレアの見立てでは、自然発生したものではない。恐らく住み着いた玄獣の仕業だ。オルクレアとピノにはあまり効かないようだが、ルカに効いたのなら他のメンバーには厳しいかも知れない。

「でも、他に道は──」

「…探してみようか」

ユグシルが魔術を切り替える。音波走査。音響定位だ。目に頼らない経路探索の結果、ユグシルは首を傾げた。

「これ…って」

「何よ、どうしたの?」

ユグシルは逡巡する。ひょっとしたら、自分の魔術が何処かおかしかったのかも知れない。

「も、もう一度…」

再度超音波を走らせるが、結果は同じ。

「この結晶、反響しないんでしょうか?」

「そんなことないと思うけど…」

吸収されるわけではない。素通りしてしまうのだ。

「じゃあ、『ない』のよ」

「えっ?」

言い切るオルクレアに頷いて、ユークが結晶で塞がれた道へ向かう。一歩、結晶の壁に足を掛けるように踏み出すと、

「…通れた」

最初から幻覚に掛かっていたのだ。在らぬ道が見えたり何かの影が見えたのは、副次的なものだったのだろう。

「いや、だって、アタシ触ったけど!?」

硬質な手触りを覚えている。

幻覚うそ実在ほんとうを織り混ぜてるのね」

「あと、たぶん…結晶に触れると、毒が効きやすくなる」

ポツリと溢したユークに視線が集まる。毒の存在に一早く気付いていたのはユークだ。ユークも結晶の採取を試み、触れていた。

「と、言うことは…」

道が塞がっていないかどうかを逐一触れて確かめる訳にはいかない。つまり。

「この先に進むのなら、ユグシルくんが肝になるわね!」

思わぬ大役にユグシルが喉を鳴らす。このパーティーの中で、他に音の魔術に長けた者は居ない。

結晶の壁の向こう側でユークが「早く進もう」と揺れている。

覚悟を決めて、ユグシルは頼れるサポーターの肩を叩いた。

「……ピノ。サポートをお願い」

「はーい!」


分岐の度に幻覚を確認し、毒ガスを探知する。幻覚に沿って進むと必ず毒ガスの濃い場所へ誘導されてしまう。

「目撃情報が多発…って割には、出てこないね」

「入り口付近に居るのかもね」

「今更!?」

大分深みまで来ている。ここまで出逢わないと、外に居る可能性も捨てきれなくなってくる。

「あ…行き止まり…?」

「……崩落の跡だ…」

作業中の事故だったのだろう。よく見れば作業員の痕跡も見てとれる。

「…ぅ…」

そこへ、甲高い叫声が響き渡る。

「え、何!?」

金属音にも似ているが、恐らく鳥の声。反響し過ぎて出所を特定出来ず、皆キョロキョロと辺りを見渡した。

「あっ!あそこ!!」

ルカが指差すと同時に、オルクレアは生徒たちの全面に広域の防御壁を展開した。

「皆下がって!崩れるわ!!」

大きな音の影響か、はたまた声の主が何かをしたのか。機材や遺体を巻き込んだまま山となっていた土石が更に崩れて押し寄せる。

「退避!」

オルクレアの号令に従い生徒たちは来た道を引き返す。十分な距離を取ったのを確認してオルクレアは防壁を解いた。

「ふふん!大地はわたしを傷付けないわ!」

胸を張り、杖を振るう。崩かかって来ていた土石は引き返し、または脇に逸れ、脆くなっていた岩盤を支え直す。土石の山の頂上に居た何かは、スッと消えていった。

生徒たちが戻ってくる。

「今のが巣食っている玄獣?」

「ルカ、姿見えた?」

「うん!あれは…リレイビアだった!」

聞き馴染みのない名前にルカ以外は首を捻る。

「ええと、どういう玄獣?」

骨のような外殻と宝石のような核、花弁のような羽翅を持つ、小型の竜のような玄獣だ。蹴爪には毒があり、幻術を用いるとされる。

「でも、大人しくて人との遭遇を避ける、慎重な子だって聞いてるけど…」

あの崩落は意図して引き起こされたように思う。ルカの聞いた限り、声にも敵意があった。

「ご機嫌ナナメだったのかな?」

「他にも居るかも知れない」

ユークの呟きに視線が集まる。

「精霊の動きが、変」

色彩と結束の精霊が明らかに何かの命令に従って動いている。しかし、統一されてはいなさそうだ。少なくとも2種類。命令を下しているものが2体はいる。

「追ってみる?」

生徒たちの視線がオルクレアに集まる。

「判断はあなたたちに任せるわ!山では先生無敵なんだから!」

生徒たちはお互いを見合い、頷いた。

「…じゃあ、お言葉に甘えよう。あっちに消えたよね」

ソーマが確認すると、ユークが少しずれた場所を指差した。

「…あっちの方に、精霊が溜まってる」

「一応音で見てみよう」

ピノの補助を受けながらユグシルが術式を走らせる。

「よーし!今度こそしっかり姿を確認させて貰うわよー!」

六人は崩落していた通路の奥へと歩を進めた。



「………なるほど」

玄獣学講師はレポートを読み終え机に置いた。

「なるほどなるほど。ははぁ」

しきりに納得を繰り返し、なかなか目を上げない。だが、玄獣学を受けてきたルカには彼が沸々とボルテージを上昇させているのが理解できていた。耳を抑える準備は万端だ。

「卵!!卵とは!!普段大人しい生物が凶暴になる原因としては妥当だねぇ!営巣を実際に見られたのは素晴らしい!精霊に近いタイプの玄獣も他個体との結合で子を為すというのも興味深い!この依頼主は何処だったか。暫くは手を出さないよう言っておかないと。巣立まで定期観測が要るよねぇ!いくらでも協力するよぉ。玄獣を精霊使役の観点から観測したというのも面白いね!あっ、レポートとしてだけど…こことここは記述ミス~。もう一回図書館で調べ直しておいでぇ~」

「ありがとうございまーす」

添削の礼を言ってその場を辞した。


「すっ…ご」

「先生、玄獣大好きなのよね」

ともかく、指定された箇所を修正して事務局に提出すれば完了だ。

「先生は報酬要らないって言ってくれたから、五人で山分けね」

「危なかったけど楽しかったし、いいバイトだったなー!」

「たぶん今後クーシェ先生から定期的に依頼入ると思うし、初代班として売り込もーっと」

自分の事も是非にと追い縋るピノに笑顔で返して、ルカは図書館へと向かったのだった。

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