倫理の話
「ちょっと通りませんね」
「なんと」
研究室の奥で、呆れ顔のノイチェとウイユが向かい合って座っている。
「同意を得ればいいのだろう」
「これに同意するって、相当生活に困っての人身売買ってレベルですよ」
淡々とした言い合いも、研究員たちには慣れたものだった。「またやってる」以外の感慨もない彼らは黙々と己が研究に精を出している。
「とにかく。これは不可です。研究を続けるようなら罰しますのでそのつもりで」
「…むぅ」
ノイチェは研究企画書に大きく不許可の印を押して立ち上がった。
「あ、ノイチェさんだ。こんにちは」
「フィアさん!こんにちは」
研究室を出て少し歩いた所で、ノイチェはフィアと遭遇した。フィアの隣には生体錬金術研究室の学生がいる。
「あー、君は確か」
カルタはノイチェを見て大体を察した。
「カルタです。また先生がご迷惑をお掛けしているようですいません」
「仕事だから、君が気に病むことでもないが…そうだな。手綱はしっかり握っていてくれ」
「言っても聞かないんですよ、あの人」
お互いに苦労は絶えないようだ。
「あの人は、ちゃんと倫理の授業を受けてきたのか?」
溜め息混じりに吐き出したノイチェに、フィアは小首を傾げた。
「倫理って、昔からあったんですか?」
「あったとも。研究内容が縛られるようになったのは最近だが、授業自体は前からあった」
魔術は色々な事が出来る。大規模な、取り返しのつかないような事も為せてしまう。故に倫理は必須科目だ。基礎科目として組み込まれている。
「フィアさんはちゃんと受けてたか?」
「えーと、はい。ちょっと難しかったですけど」
倫理の授業は、ほぼほぼ法律だった。罪に当たる内容と、それに対する罰則についてが主だ。
「とは言え法律の授業ではないから、悪いことしちゃダメ!ということだけ理解できれば充分さ。そもそも君は倫理観はありそうだ」
ノイチェは次にカルタを見た。
「俺も受けましたよ」
必須なのだから当然だ。
「君もまぁ、大丈夫そうだ。解らなくても、判るだろ」
フィアは目を開いた。
「他人をサイコパスみたいに言いますね」
「凄いノイチェさん、なんで解るんですか?」
「研究室で何度か会ってるからね」
それに、ウイユからの定期報告書にも目を通している。そこには研究対象としてカルタの記載もある。
「でも塔で教えてる倫理は、解らなくても判るようにするためのものだから。魔術師ってやつは殆どが倫理観欠けてるからね」
「そ…そうなんですね…」
そういえばカルタもそんな認識だったなと思い出し、フィアはちらと隣を見上げた。カルタは頷いている。
「だから、そんな魔術師たちに倫理を説いて回るのは大変なんだ。ウイユ先生が特別厄介ってワケでもないのさ」
フィアとカルタは揃って「お疲れ様です」と頭を下げる。
「フィアさんに会えて少し癒されたから頑張るよ。じゃあね!次はお土産持ってくるから」
「いえあのそれは……ッ!!」
結構です、の一声は駆け出したノイチェには届かなかった。




