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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
31/92

前倒しする話

『未来の無い話』より

「じゃあ行きましょう」

魔女と世界を滅ぼすと決めて向かった先はマルクトだった。ターミナルを出て大樹へ向かうとその根元には剣を提げた鎧の人物が立っていた。サラサラの黒髪を靡かせて目を瞑って佇んでいる。随分と小柄だ。

「防衛システムね。困ったものだわ」

世界樹が呼び出した防衛の為の使い魔だと魔女は説明してくれた。

「なら、アレと戦うのは下策ですね」

倒してもひっきりなしに湧いてくるのだろう。

「そうねぇ。世界樹へのアクセスも拒まれちゃったし」

「使い魔全部倒すのと静寂の檻張って物理で樹切り倒すの、どっちが現実的ですかね?」

「どっちも気が遠くなる話ねぇ」

それに世界樹を切り倒そうとすれば恐らく人間の邪魔が入る。

「どうするんです?」

此処に連れてきたからには手があるのだろう。

「それがね、現状この樹に直接攻撃する手段はないのよ」

え。

「あの使い魔もすごく強いし」

「ルルイエさんでも?」

「だって全盛期の有翼種よぉ?劣化版の私たちじゃ徒党を組んでも手に余るわぁ」

逃げるだけで精一杯、と肩を竦める魔女は試したことがあるのだろう。目を閉じ佇んでいる人物に目を向ける。あれも再現体という事らしい。

「…ひょっとして、聖霊なんですか?」

「そうよ。樹の使い魔は全~部そう」

じゃあ、塔で会った聖霊の写しも樹の使い魔だったのだろうか。何度も助けて貰っておいて敵対するとなると少し居心地が悪い。

「いいじゃない貴方は。聖霊の導きで世界をひとつ救ったんだから。こっちは諦めろって言ったの、聖霊サマでしょ」

それもそうか。

「でもね」

魔女はつまらなさそうに目を游がせる。

「色々試してみたけれど、樹に直接攻撃しない限り、そんなに邪魔はしてこないみたい。やっぱり、ここはもう見切りをつけた世界ってことかしらね」

「…そう…なんですね」

「此処に来たのは一度見ておいて貰おうと思っただけよ」

一度目を閉じ、切り替える。

「これからの活動は各地の守護獣殺しね。さしあたり、ケセドの翼蛇にトドメを刺しに行きましょう」

魔女はピクニックに行きましょう、くらいのノリで言う。そもそも何故次の手がそれなのか解らないが、魔女が言うなら従おう。しかし国家守護を担うほどの玄獣なのだからきっと強い筈だ。

「どれも死にかけよ。そんなに難しくはないわ」

ニッコリ笑って、人差し指にキスをする。

「樹に挑むよりは、ね?」

やっぱりそれなりに難題らしい。


毒を撒いたり呪詛を盛ったり。時には直接戦ったり。しっかり弱らせた筈なのに直接相対すると何れもやはり強かった。死にかけの翼蛇は魔術的な攻撃が全然効かないし、火炎獅子は何だか国がバタバタしていた最中のようで比較的やり易かったけど、ガッツとパワーがあり過ぎて本当に疲れた。正気を失った大海獣は攻撃の規模がでかすぎて海岸線ごと消されかけた。全然姿を見せない絢爛鳥を引きずり出すために街をひとつ犠牲にしたし、宝石に引き隠った虹色蝶の為に怪盗紛いの事もした。ひとつ消す度に、根が街を、国を、覆っていく。即座にではないけれど、確かに守護獣の消えた国を中心にその災害は起こっていった。

残すは紫電竜、砦の護り手、地の大兎、そして紫煙。

「ゲブラーは本当に世界の砦ね。残念ながら此処はどうしようもないわ」

守護獣たちの居場所を割り出すために、魔女は本来占術局が大々的な設備を用いて行うレベルの占術をやってのけた。私も魔力メモリを貸し出したが、それでもかなりの離れ業だと思う。その結果、ゲブラーの守護獣には手が出せない事が判明した。

「イェソドはまず入国が困難だし、放っておいても良いかしらね。一番最後にしましょう」

どちらに転ぶか解らない翼蛇はトドメを刺す必要があったが、確実に滅びを待つ紫煙と竜は無理をする必要はない。



深い深い山の奥。コクマの山は岩なので、樹木の生い茂る森は物珍しい。木に寄り掛かって転た寝をしていた少年はこちらに気付いて目を開いた。

「ん?…あー、おまえらが。いよいよオレの番か?」

「そうよ、賢い兎さん」

呪術士のような格好のこの少年がホドの守護獣であるらしい。疲れたような表情をして、強く抗う気配を見せない。

「諦めてる…んですか?」

「いやー、よくやるなと思って。守護玄獣を5体も。健闘を讃えてる」

明後日の方向へおざなりな拍手を贈る兎を、魔女は嗤った。

「なるほど。貴方、自分が安全な場所にいると思ってる?」

「どうかな。ただ、他の奴らより魔術には覚えがあるんでね。とは言えあんたらは5体もの守護獣を屠ってきた猛者だ。怯えてるさ」

逃げ隠れは巧いらしい。こうして話している彼はただの投影ヴィジョンだ。

「掴んだ尻尾は囮だったってワケね。態々出てきて教えてくれたのはどうしてかしら?」

「いやなに。もう半分死んだ世界だ。オレが残ってても然して意味ないしな。ただ理由は聞いとこうと思ってさ」


「そっか」

理由を話すと、兎は一言そう溢した。この兎は今までの守護獣たちに比べ、まともに会話が成り立った。それだけで私はかなりやり辛さを感じてしまう。

「守護獣を討って回るあんたらには、星の加護があるだろうよ」

空ではなく、足下に目を落として言う。魔女にも意味は解らないのか、怪訝に眉を寄せていた。

「じゃあな。オレは邪魔しない。でも討たれる気もない。終わりの日まで一眠りするさ」

そうしてフワッと消えてしまった。

「やるじゃない、あの兎。魔術師としては流石に年の功なのかしらね」

魔女は肩を竦めてみせる。あの兎は玄獣でありながら魔術師だった。齢千を超える大魔術師は、魔女の上をいったのだ。

残存守護獣は4/9。でもその内1体は討てないので、実質残りは3体だ。

「こうなると、自滅を待ってる場合じゃないかしら」

「イェソドと…コクマも狙いますか?」

「そうね。兎も後できっちり仕留めるわ」

初めての敗北はやはり悔しかったらしい。


イェソドには力ずくで侵入し、センタービルごと滅ぼした。紫煙は殆ど無抵抗だったが、何をしても死ななくて大変だった。最終的にはなんとか仕留めたが、どうやら心臓を壊さない限り死なない仕組みだったらしい。結構恐かった。

そして今は。

「おや。待てなくなったのかい?久し振り、というほど経ってもいないが…調子はどうだい」

「まぁまぁよ」

コクマの王城。竜に会う前に取り囲まれた。とは言え宰相とその私兵たち…いや、治安維持部隊だ。幾ら数を揃えても私と魔女には敵わない。ただ──

「嘗ての師が国際指名手配犯とは残念だよ」

「貴方なら乗ってくれるかも、と期待したのよ?でもそうよね。結局、貴方が大事なのはあの坊やだものね」

「我が王なんでね」

魔女と宰相は互いに肩を竦めて言い合う。

「そんなワケだから、止めさせて貰うよ」

「説得とかしてくれないの?」

クスクスと嗤う魔女とは対照的に宰相は終始無表情だ。

「無駄だろう。貴方の覚悟は受け取ってるよ。リル・ラーレを殺しただろう」

「 ぇ 」

時が止まったように感じた。

「ええ。他の誰かに殺されてしまうのは耐えられなかったから」

魔女と関わりのあった者にはその弱点もバレている。だからそれを消した。それだけの話。まともに会話が出来ていても。変わりなく接してくれていても。とっくに魔女は狂っていた。

「それじゃあ、どうやって私たちを止めるつもりなのかしら」

「ここで止められなかったらこの国も樹の根に呑まれるんだろう?惜しまず最大戦力を投入させて貰うよ」

宰相の側に立っていた兵士が屈伸をしてフードを外した。

「あらまあ。確かに城が用意できる最大戦力ね。流石に驚いたわ」

その青年は私の知らない顔だが、続いて出てきたのは知った人物。立ち姿からそうじゃないかと思ってはいたが…。

「先生。環境局に行ってなかったんですね」

「おまえらがバカ始めたからな」

黒檀のマントを脱ぎ捨てたスナフ先生は初めて見るような動き易そうな格好をしていた。

「これはだいぶ苦労しそうね。フィアちゃん大丈夫かしら」

どうだろう。結局先生には一度も勝てたことがない。私の実力を当時のもので計算してくれてるといいんだけど。

「あの青年は?」

「やだ、知らない?あれうちの王様よ」

「王様…!?」

惜しみなさすぎる!

驚いて目を向けると王様はヒラヒラと手を振ってくれた。魔女はこっそりと「今のフィアちゃんと競るくらい、かしらね」と囁いた。それならば可能性的に魔女にはスナフ先生の相手を頼みたい。

「一応雑魚にも気を付けてね?」

そう言うと、魔女は踊るように術式を展開し始めた。それは開戦の合図となった。

「うわっ、先生!なんでこっち狙ってくるんですか!」

「一応師の一人として責任がある!ルエイエの分もな!」

それを言われると弱い。だがここまで来て負けるわけにはいかない。接近だけは許さないように捌いていく。かなり広くはあるがここは通路である。正面に強敵ふたり、背面に数多の雑兵という配置だ。背面から先に片付けたいが、正面に手は抜けない。ピシッと音を立てながら冷気が駆け抜けたかと思うと、背後は分厚い氷の壁で塞がれていた。助かる、と思ったのも束の間。スナフ先生は炎術士だ。熱魔術のプロ相手に氷の壁とは──。

「あれ?先生、壁溶かさないんですか」

私には背水の陣になってしまっているので、近寄らせないことに必死だ。

「あんな見え透いた手に引っ掛かるかバカめ」

「え?あー!なるほど!」

罠なのか!相手が手を出しても出さなくても此方が利を得る仕組みらしい。流石魔女。こちらも、魔女に教えて貰った戦い方が功を奏している。格上相手には相手の力を利用するような術式展開を。受け流し、絡めとり、弾き返す!どうだ!今までで最高に保っている。スナフ先生は舌打ちして一度態勢を整えた。

「おまえ…この短期間でどうしたらそうなる」

「3年間を10回以上繰り返した後魔女に教えを受けたら、ですかね!」

怪訝な表情だが、聞き返されはしなかった。

プラス、今の私には実戦経験もある。守護獣たちを討つのはどれも簡単ではなかった。最早全ての事に成長の必要性を感じていない魔女は私の事を自主防衛出来る外付け魔力メモリ装置くらいにしか思っていないかも知れないが、行動を共にして学びとれるものはたくさんあった。魔女も狂っているが、私だって正気じゃない。まるで仮想世界で遊ぶように、自己の成長を試している。今はまさに最終試験の心持ちだ。攻性術の師を超えられるか否か。いや、中間試験か。これで終わりというわけではない。魔女の上をいった千年魔術師も残っている。ここで止められてしまう程度ならそれこそ先がない。雑兵と評した部隊員たちも私にとっては決して雑魚ではない。単純に火力は劣るとしても、戦力としては先生と並ぶ。ただ魔女は規格外だ。それらを纏めて相手にしていても

「流石に陛下は厄介ねぇ。集中したいわ?」

纏めて氷漬けに出来てしまう。魔女にとっては雑魚でしかない。因みに氷漬けというのは比喩だ。これは熱では溶けはしない。言うなれば時間の停止。放っておけば知らない内に酸欠で死ぬ。この魔術は静寂の檻では解けない。此方は静寂の檻を警戒している。何せ魔女も私も体術では絶対にスナフ先生には敵わない。故に、静寂の檻は無駄だと印象付けたい。その術を使えるとしたら王様の方だが、魔女も警戒して大術を組む隙を与えていない。王様はこんな時だというのに楽しそうに魔力を振るっている。王様の力の使い方は独特だ。魔力を術式で縛りすぎていない。半分魔術で半分魔力のままのような。お陰で、粗いが融通が利く。反魔術による解除もし難い。だが、魔力持ちなのなら魔女には奥の手がある。こちらは余所見している余裕はない。先生が認識を改めてしまった。

「 っ、」

瞬間移動かと疑う速度で突っ込まれ、接近を許してしまった。非常時用に隠しておいた対近接防壁の術式が自動展開されたため一撃は防いだが、もう後がない。それには驚いてくれたと信じたいが、先生は動揺する様子もなく素早く次の攻撃に移る。対応出来ず、簡単な障壁で致命傷を避けつつも敢えて盛大に吹き飛ばされた。距離を稼ぎたい。

「ルルイエさんっ、無理!交代!」

「まあそうよねぇ」

魔女が先生に立ち塞がる。一時的に2対1になってしまうので、私も急いで態勢を整える。

「魔女。おまえが……いや、いい」

「難儀ねぇ。全部私の所為にしておけばいいのに」

王様が大術を組む隙を与えないよう、私も遠距離から攻撃を入れる。

「おっ。君の力はぼくのに似てるね」

「ええ。戦い方も真似できますよ、っと!!」

大きく叩き付ける。魔力量による力業ならこっちだって自信がある。王様も同じ様に応戦し、ぶつかった魔力は相殺されて派手な衝撃を生んだ。通路の一部がガラガラと崩れ落ちる。

「はは!」

「やだぁ、ちょっと通路壊さないでよ?」

魔女は先生と撃ち合いながらも風圧で乱れた髪を魔力で結い上げる。

楽しそうな王様と数度打ち合い、先生の射程を気にしつつも距離を詰める。そして。

「 ぇ?」

幾つもの瓦礫片が、つららが、王様を貫いた。

「勝った!」

「あら凄いじゃない。何したの今?」

「ルルイエさんが残しといた隠し玉、使わせて貰いました!」

「なんのこと?」

すっとぼけてるのか、それとももしかしたらこの魔女はまだ編み出していなかったのか。あちらの魔女に見せて貰った、魔力持ちから魔力を奪う術式。王様が驚いた隙に、奪った魔力を上乗せした魔術で瓦礫片と魔女の氷壁から作り出したつららを放った。魔力戦に集中していたため物理への対策を怠った事に加え、攻撃方法の瞬間的な三段階変化に王様は対応出来なかった。これで王様はもう攻撃に参加出来ない、と魔女の援助に回ろうとした時、魔女から走った冷気が王様の首を落と──

「あら。まだ居たの」

「もちろん。でもまあ、我が王の死は、見たくないからね」

恐らく障壁も張ったのだろうが、魔女の氷刃はそれごと宰相を切り裂いた。致命傷だ。

「貴方が誰かを、しかも望みのない者を庇うなんて驚いたわ」

「…ルルイエ師」

「解ってるわよ。…おやすみなさい」

王さまの手がよろよろと宰相へ伸びて、落ちた。

「先生、まだやります?」

「…言ったろう。責任がある」

先生は改めて構え直した。

「!!フィアちゃん!」

魔女の叫び声。目を焼くような光。耳をつんざく轟音。

「く、ぅッ!」

魔女が眉を顰める程のパワー。それは、通路の奥から放たれた『落雷』だった。先生ではない。コツコツと足音を響かせゆっくりと歩いてきた人影は、ふたつの死体の前で足を止めた。

「誰です?」

「漸くお出ましね。本題…紫電竜よ」

俯いたまま、紫電竜は口を開く。

「希代の魔女よ、放っておいても死する世界の終わりを早めることに何の意味がある。別の世界を救った者よ、何故その記憶を生き甲斐に大人しく死を待たない。絶望に呑まれた愚かな子らよ、他を巻き込まず己の世界を絶てば良かったのだ」

顔を上げたその瞳には怒りが込もっていた。

「思ったよりしっかりしてるじゃない。こんな失敗した世界一秒だって早く終わらせたいのよ。気になる事もあるしね?」

気になる事。その情報は共有している。老月を信奉する邦の、大地の化身が語った言葉。その真意を確かめたい。

「世界を壊してまで知識欲を満たして、その先に何がある」

「それを知りに行くのよ」

「そうか」

竜から金の光が舞う。

「良かろう。ラツィーも止めはしないようだ。守護獣ディエルゴの命はくれてやる。記憶を全て差し出して、私はエーイーリーに戻るだろう。おまえたちがこれから向かう世界より来た、ただの一匹の悪しき竜だ」

鎖が千切れる音を聞いた気がした。

通路を、城を壊しながら、みるみると姿が変わっていく。黒い甲殻は鋼のようで、眼光は煌月のように強く光を放っている。機械じみた巨大な竜は強力な雷を放ちながら暴れ始めた。

「あらあら。もう理性は無いようね。離れましょうフィアちゃん。此処での用はもう済んだわ」

「先生…」

「フン。結局ぼくではおまえたちを止められなかった。挙げ句竜にやられるとは笑い種だ」

先生は最初の落雷を受けてしまったらしい。右側が焦げてしまっているが、即死しなかっただけでも驚きだ。

「先生、見届けてみませんか?世界の終わり」

「真っ平御免だ。そんなもの、見ずに済んで良かったくらいだ」

そう嗤って、崩れる城に飲まれていった。

「 っ」

魔女に促され、私は急いで城から離脱した。



「はー、疲れた。あの子が諦めてなかったら、もっと大変だったんでしょうね」

魔女によると、宰相はこの世界の未来の無さを理解していたらしい。こちらを止める策を用意していなかったのがその証。そして最期まで魔女を師と呼んでいた。それでも王様が大切で…彼の側を離れなかった。

「コクマの竜は…あれで良かったんですか?」

今も気が狂ったように暴れ回っているようで、倒れてはいない。しかし、魔女は用は済んだと言っていた。

「大丈夫よ。契約ごと記憶を虫に喰わせちゃったの。『守護獣』は居なくなったわ」

「じゃあ、兎も守護獣辞めて貰えれば」

「無理でしょうねぇ。あの竜は特殊なのよ」

「…そうなんですか」

とにもかくにも残り1体、ではあるが。それがとてつもなく難しい。兎は尻尾を掴ませない。

「星の加護…感じられませんね」

「…フィアちゃんはこのまま世界が樹の根に呑まれたらどうなると思う?」

「このまま樹の根に呑まれる事はないと思います」

守護獣が失われた地域に根が現れる理由については考えていた。あれは世界樹の根。恐らく、世界樹はマルクトの守護獣だ。失われた守護獣の分を補填する為に活性化して出てきているのではないか。であれば、そろそろ撤退を始めるだろう。樹だけで7体分は賄えまい。

「私も似たような風に考えてたわ。兎の話を聞くまでは。フィアちゃん、塔の蔵書はどのくらい読んだことあるかしら」

「え…あんまり…」

突然の話題変換に面食らう。正直、教科書の類いしか読んだことはない。

「塔に限らないのだけど、どんなに古い書物でも、800年程度なの。つまりこの世界に800年以上前の記録は存在しないのよ」

「そんなわけ…だって、兎だって千年以上、竜は二千年以上生きてるって」

「そうね。そういえばあの樹の齢はどのくらいだと思う?」

大層な巨木だ。

「えー…と…三千くらい?」

「ふふ。やだわフィアちゃん。今は樹歴861年よ」

「あっ!?樹歴…あっ」

魔女は推測する。

800年前。正確には861年前。有翼種たちは大陸を十に割り、世界樹の下で其々に国を宣誓した。これは記録された事実である。そしてその際に、世界は上塗りされた。今のこの世は世界樹の描いたテクスチャの上に存在する。守護獣はその維持装置。テクスチャの下は既に根が張り巡らされていて、守護獣を失い塗装が剥げた場所ではその下地が露出する。全ての塗装を剥ぎ樹の根を取り払ったら、その下には何があるのか。

「本来のこの星の姿…?」

「ふふ!楽しみね!」

私たちはきっと辿り着くだろう。煌月が爆ぜ、樹の根が焼き尽くされた時、星は再び生まれ変わる。

世界の果てまで後一歩。

ワクワクの詰まった、ピクニックへ行くような軽い調子でふたりは踏み出す。

「じゃあ、行きましょう」

ルートA

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