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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
30/92

先延ばしする話

『未来のない話』より

「先生?」

「…ん、なんだおまえか」

暗くなった室内でずっと机に向かっていた先生は呼び掛けに応じて漸く視線をこちらへ向けた。

「夕飯出来ましたよ」

「ああ。今行く」

先生は変わらない。自信に溢れていてちょっと我儘で、元気で、ちょっと生活力が低め。だから結う人の居なくなった髪は簡単に一纏めにされているし、纏うコートも汚れが目立たない黒色のものになった。それを見て私が勝手に寂しく感じるだけ。最近では随分慣れてきたものの、ふと以前を思い出してしまうこともある。

「どうした。行くぞ」

「あ、はい」

じっと見上げていたら怪訝な顔で促された。


「フィアちゃん調理も取ってた?」

「えーと、はい」

何処かで一回取った事がある。マキちゃんと一緒に錬金術をと思ったら初級でいっぱいいっぱいになり、中級は諦めて調理へ進んだ。実技とはいえ、結構ギリギリだった。

「だいぶゆるゆるだけど一応基礎が出来てるもの。助かるわ~」

食卓には魔女も参席している。お陰で食事中先生は終始無言だ。いや、そもそも食事中話さないタイプかも知れない。一緒に暮らすようになって判ったが、先生はかなり育ちが良さそうだ。

対して魔女は思いの外粗い。なんでも自分でやれはするが、結構雑だ。今も自分の苦手な食材を皿の端に寄せ集めている。

「………」

「フィアちゃん食べる?私は大丈夫、足りない栄養素はサプリメントで摂るから」

「作って貰ったんだからきちんと食え」

バシッと魔女の頭を叩いた手に全員が驚いた。

「嘘…」

ポカンとしたまま顔を見上げる3人に、その人物は苦笑いで返した。

「食事中に悪いな。今さっき着いた」

「フィア、もう一人前あるか?」

「あ、はい、多分」

スナフ先生に促されて慌てて準備に立つ。「無かったらいいぜ」という声を背に台所へ向かう。

吃驚した。

魔女を叩ける人物。魔女を説得するネタにした人物。エリス・リル・ラーレ。魔女の最愛の人。ルエイエ先生のお父様。

会うのは初めてだ。我が子の訃報を受けやって来たのだろう。少し時間が空いているのは恐らく心の整理を着ける為。つまりもう呑み込んだのだろう。流石先生のご両親はふたりとも強い人だ。でも。

「──、───っ」

食卓から聞こえてくるこどものような大泣きの声。

「………。あ、先生」

「…流石にな」

今戻るのは憚られると丹念に鍋を掻き回していたが、先生も気を利かせて離席してきたらしい。大泣きの魔女を見ながら食事は続けられまい。居心地が悪すぎる。

「エリスさん来てくれて、良かったですね」

「良かったか?まあ魔女の制御は出来るな」

それはだいぶ大きい気がする。

「あんなに大好きな人が生きている世界なのに、壊そうなんて思ったんですよね」

「………。ぼくにはまだよく解らないが、母親にとって我が子っていうのはそういうものなんじゃないか」

わたしにもよく解らない。


「んで、これからどうするんだ?」

食後。食器を片付けたテーブルをもう一度皆で囲んでいる。

「環境局に拠点を置く。これは話が着いている」

塔の生き残りはたったの二人。既に環境局は迎え入れる準備が出来ていると言ってくれている。今や一番整った魔術施設は環境局だ。

「あとは『樹の根』の対策だ」

「樹の根って…何なんでしょうね」

『直に樹の根が暴れ出す』。それが聖霊の予言らしいが、何を意味しているのか予想がつかない。

「だから、樹の根よぉ。暴れられたら困る大きな樹なんて、この世界にはひとつじゃない」

「世界樹かよ…」

世界樹。この星と同じ名を持つ巨大な樹。

「それは…ターミナルの事…ですか?」

「ターミナル?」

『これは未来と過去に枝根を延ばす世界樹の端末』。聖霊はターミナルをそんな風に呼んでいた気がする。

「よく知ってるわねフィアちゃん。あちらではターミナルの解析は終わっていたのかしら」

「あ、いえ。まだ途中で」

「そう。その可能性は捨てきれないけれど、恐らく本当に『根』が出てくるわ」

「何故そう考える?」

スナフ先生が問う。因みにあちらの話はスナフ先生にも一応してある。あちらと違って、こちら側では何ら制限は無いようだ。

「『最初はケセド、次はコクマ』。ターミナル関係ないのよね。その順番で喪われるのは守護獣よ」

守護獣、というと…

「国家守護獣ですか?」

「そう。皆には馴染みがないでしょうけど、私はコクマの守護獣とは面識があるもの。アレはもうすぐ役に立たなくなるわ」

馴染みない処か実在を信じてはいなかった。いや、別に疑っていた訳でもないが、言うなればそれが存在するかどうかを『考えたことがなかった』。国サイドにつく魔女が会ったことがあるというなら居るのだろう。そう言えば。私の功績を、魔女と守護獣が認めてくれていたんだっけ。

「ケテルとホドは守護獣の現存が明言されているわ。まあケテルの方は誰も見たことないみたいだからブラフの可能性だってあるけれど」

それを聞いてスナフ先生が呟く。

「『生を全うしたいならケテルかホドへ行け』、か」

聖霊の言葉を反芻しているようだ。皆の様子を眺めて、エリスさんは机に頬杖をついた。

「ごめんオレ前提知識足りてねぇわ。後で誰か教えて」

「そうね、ごめんなさい。後で話すわ」

今来たばかりでこんな話を聞かされてもそりゃあワケが解らないだろう。

「つまり守護獣の問題。皆マルクトの守護獣は知ってる?」

魔女は仕切り直して皆にそう振った。

「あそこはそもそも国がないですよね。居ないのでは?」

「嘗て居たとしても、今は。記録も残ってないだろう」

「つまり、世界樹こそマルクトの守護獣だ、と?」

エリスさんの発言に目を剥く。なるほど。この話運びだとそうなるのか。魔女は手を合わせてその返答を喜んだ。

「そういうことだと思うのよね。今まで十の守護獣は欠けたことが無かった。それが欠ける時、欠けた場所から終わっていく」

根は終わらせる為にではなく、穴を補おうとして出てくるのかも知れない。

「根が暴れ出すっていうのが、物理的に暴れ回るのか比喩なのか解らないけれど」

「じゃあ取り敢えず、守護獣の消滅を防ぐのが世界を守る事になる?ってことですよね?」

「そうなんだけど」

それが難しい、と魔女は頬に手を当てる。

「恐らく、ケセドの守護獣は幾ばくか望みがあるんだろう。そんな言い振りだった」

「あらそう?でも残念ながら、コクマの竜は無理ね」

「言い切るな。寿命か?」

「そう言ってもいいかも知れない。物忘れの病、ね」

聖霊にも治せなかったという持病が近年悪化しているのだと言う。治せるとしたら、力の強い眠鬼かまたは竜と縁を結んだ眠鬼らしい。最も力の強い眠鬼は…塔の崩落で亡くなってしまった。

「守護獣に関しては少し調べたのよ。他国のものもね。占術局がなくなったの凄い痛手だったわ」

大規模な情報収集施設だった占術局は塔に内包されていた。

「何処もかしこも死にかけよ。フィアちゃん、折角救ったあっちの世界もきっとすぐにこうよ」

肩を竦めて言う。あちらにはまだケミオ先生が生きている。竜は救えるかも知れない。それに、ルエイエ先生も。他にも多くの魔術師が生きている。きっと対策は変わってくる。打てる手はたくさんある筈だ。

「あっちの事は心配してません」

真っ直ぐに返すと、魔女はふふと笑った。

「それもそうね。ごめんなさい」

ふう、と息を吐いて魔女は手を打った。

「一度休憩しましょう。デザートを用意してくるわ」

「じゃあお茶も淹れ直しますね。確か何か良さそうな茶葉が…」

「待て!アレを淹れる気ならぼくが淹れる」

「え…じゃあお願いします…」

立ち上がり掛けた私を制してスナフ先生が立ち上がる。一度私が淹れたお茶を出してから、先生はお茶の準備だけは絶対に自分でするようになった。お茶なんか湯を注げば完成だろうに…。

ストンと座り直し、リビングには私とエリスさんだけが残された。

「…あの。今更ですけど…はじめまして。ルエイエ先生にお世話になっていました、フィアです」

「あーうん、覚えてないんだっけか。初めましてじゃあねーんだけど…いや初めましてか?まぁいいや宜しくな。ってか、今はアイツが世話になってるみたいで。大変だろ」

「とんでもない!此方から協力を依頼したんですよ。思い直してくれて、本当に助かりました」

魔女は、国に事情を説明して現在は特殊作戦中という事になっているらしい。自由に動けるし国から支援も受けられる。

「思い直して…って事は、一度断ってんのか?」

「あ」

知らないなら伝えたくない。最初は世界滅ぼそうとしてました、なんて。

一言発したまま口を噤んだ私に色々察したらしく、エリスさんは目を逸らした。

「うん、まあ、思い直したなら良かったよな」

「は、はい」

沈黙が落ちる。そのままなんとなくエリスさんを観察した。教科書で見た顔だ。幾らか老けて無精髭も生えているが、印象自体はそう変わらない。ただ『学長の父』『魔女が溺愛する伴侶』という風評からすると、なんというか、…実に普通のオジサンだ。威厳があるでもなく、身形を整えたイケメンでもなく、なんかだらっとしたその辺のオジサンだ。

「………悪かったな」

「えっ?」

苦虫を噛み潰したような表情で睨むように私を見返してきた。

「その視線には慣れてる。イメージと違うとか、釣り合わないってんだろ」

無遠慮に観察し過ぎたようだ。

「そこまでは考えてないですけど、まあ、普通の人だなって。…すいません」

でも魔女に愛されルエイエ先生には慕われていた。その人格をよく知りたいと思ってしまう。

「正直だな!まあ、言っただろ。慣れてる。それよりだ」

茶化してくれてから、少し真面目なトーンで切り出した。

「訃報を聞いてな、本当は、アイツが変な気起こすんじゃねーかって考えてた。でもアンタが止めてくれたって事だよな。…感謝するぜ」

「…それは…あの。エリスさんの力なんですよ」

説得の為に名前を使わせて貰った事を話す。

「へぇ。アンタ随分気に入られてるぜ。気を付けな」

「??」

「そいつは結構なタラシだからな」

首を傾げていると人聞きの悪い事を言いながらスナフ先生が戻ってきた。

「スナっちもなついてるもんなぁ」

「スナっち!?」

「そのあだ名は撲滅した!二度と使うな」

エリスさんは楽しそうに揺れている。

「可愛いですねスナっち…ぃででで!」

「に・ど・と・つ・か・う・な」

ほっぺたを伸ばされてしまった。…可愛いのに。


魔女が用意してくれたイチゴとクリームを挟んだソフトクッキーを楽しんだ後、話を再開した。エリスさんへの状況説明もその間に簡単に済ませておいた。流石は教科書に載る人物。ふんふんふんと飲み込んでいき、私はひとり目を丸くした。

「真っ先に手を打つべきはケセドの子ね」

衰弱度というより、打てる手がある事が大きい。

「死にかけてる理由はご主人が居ないから。知ってる?あの国域くに魔術が使い辛いのよ」

神秘から離れつつある国の中で、守護獣は契約相手を長い間見つけられずにいるという。

「おまえのその守護獣に関する知識はどっからきてんだ?」

もっともな感想に私も頷く。調べようとしたこともないからアレだが、そんな記録塔の図書館でも見たことがない。

「だから、調べたのよ。占い」

「占術局がなくなったの痛手だったって…」

そこまで口にした処で

「うわ。ホントおまえ…」

エリスさんとスナフ先生のドン引きな様子を見て察する。

「設備なしで大規模な占術展開したんですか…」

「大規模って言っても、焦点は絞ったし…まあ出来る程度の事よ、調べられたのは」

皆が魔力メモリを貸してくれたらもう少し調べられるんだけど、と魔女は微笑んだ。

「はい、私で良ければ!」

「覚悟しとけよ、こいつかなり遠慮なく持ってくぞ」

ウンザリ言うが決して拒否はしていない。魔力メモリが貸し借り出来るものとは知らなかったが、このメンバーなら随分な容量が得られるだろう。

「私要らないかも知れませんが」

「やぁねぇフィアちゃん。貴方が一番容量大きそうだわ」

「まっさらだしな。持ってる容量の半分以上が未使用領域だ」

「え」

いや仮に私の魔力メモリが多いと言うなら本当に未使用だ。使い方すら解ってない。

「なんだ?ルエイエは魔力メモリの使い方も教えてくれなかったのか」

「弟子可愛さで見誤ってるのよねぇ色々と」

「え」

ルエイエ先生にまでとばっちりが行っている。止めて欲しい。

「使ってない部分あげたいくらいです…」

「流石に無理だわ」

しょんぼりと肩を落とす。

「それで話を戻すけど」

気付けばだいぶ脱線していた。

「ご主人候補。月のこども。これは該当者が何名か居るわ。引き合わせてあげれば完了。簡単ね?」

それも占いの結果だろうか。

「なんて言ったかしら…そう、カルタくん。彼が生きていれば彼でも良かった筈よ」

月色の瞳がその証だという。

「そうだったんですか」

2回も付き合ったのに全然知らなかった。思えば先輩は自分の話を殆どしない。訊いたら話してくれるけど、訊きようのない事もある。

「誰だ?」

「ウイユ先生が飼ってた子よ」

「ああ吸血種か。…どうした?」

エリスさんが私を見る。ぷくーっと頬が膨れていた。

「私のパートナーですよ」

「は?おまえクドルと付き合ってたんじゃないのか!」

驚くスナフ先生に驚く。

「それはないって言ったじゃないですか!」

「あらそうだったの。気軽に話題に出してごめんなさいね。でも、そう。ルエイエは失恋だったのね」

「「え!?」」

今度は私とエリスさんが揃って魔女を見る。

「あっ。アレは私だけど私じゃなくて!」

そう弁解するとエリスさんも安心したように息を吐いた。

「あー、アレな。あん時のな」

「あぁ、そう言えばそんなこともあったな。別の名前で記憶してるが…アレはおまえだったのか」

あ。今気付いたがこのメンバーは完全にルエイエ先生の保護者会だ。

「もうまた脱線しました!もう寝ましょう、明日にしましょう!」

「それもそうね。夜更かしは大敵だわ」

「部屋空いてるか?」

「私の」「嫌だよ」

「安心してくれ。空きはある」

魔女とエリスさんの攻防に呆れ返りながら先生は立ち上がる。私はうっかり、これを放っておいたらルエイエ先生の弟でも出来るだろうかと下世話な事を考えてしまった。



これがきっと、この先の新しい日常になる。聖霊が「先がない」と断じた世界でも、数十年、数百年と先に延ばせる。私たちは世界の知恵を司る塔の生き残り。例え数秒だろうと可能な限りに終わりを遠ざける努力をしよう。きっとその一分一秒は無駄なものではない筈だ。

ルートC。

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