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塔のこぼれ話  作者: 炯斗
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共存の話

その小さなこどもに引き合わされた研究生たちは、暫しざわめいた。

「先生…これどうするつもりです?」

生体錬金術研究室うちの研究生として迎え入れる。母親を失ったばかりの幼子だ。優しくしてあげたまえ」

それは人間に恨みを持ってるんじゃ…という言葉を呑み込んで、研究生たちはそのこどもを覗き込んだ。くりくりの瞳は不安そうに彼らを見ている。人間を騙すための外見は上手く機能し、研究生たちは溜め息混じりに先導講師の言葉を受け入れた。


「チョロい。えらい簡単やったな」

「まずは言葉だな」

「『とても簡単でしたね』」

「イントネーションにも気を付けるように」

外見的には10歳に満たない少年だが、不相応に賢明だった。復讐よりも生存を選んだ彼は、命の恩人には従順だ。

「食事の周期と必要量を把握せねばな。今腹は減っているか?」

「うん」

母親はそれこそ自分が狂化する程にこどもを優先していたが、育ち盛りのこどもにはそれでも足りていなかった。

「そうか」

そう頷いて体重計に乗った男に何度か迷い躊躇いつつもこう呼び掛けた。

「あの…『先生』…」

男の動きがピタリと止まった。量りの針を止める為だったかも知れない。

体重計を降りてメモを取り終えると、少年に向き直った。

「それは私に呼び掛けているのか?」

「はい」

「何故『先生』と?」

「そう呼ばれていました」

「ふむ。ふむふむ。良かろう。ではそう呼びなさい」

「?」

先生は何やら機材を準備し、自らの袖を捲ると、躊躇いなく腕に針を差して血を抜き出した。

「さて。それを飲むといい」

肉に牙を突き立てずに飲む血は初めてで戸惑ったが、先生に促され恐る恐る口をつけた。一口含めば、後は夢中で飲み干した。自覚以上に飢えていたらしい。600ml程の量を飲み終え、ぷはっとフラスコから口を離す。

「満たされたかね」

「美味しかった」

「それは結構」

しかし、なんだか物足りない。摂取方法の所為だろうか。通常より腹保ちが悪いような気がした。

「また空腹を感じたら言いなさい」

きっと量が少なかったからだろう。そう思って、少年は先生の袖を引いた。

ズ──、と。『何か』を奪い取った感覚がして。

「──…、と…」

先生は眩暈を起こして机に手をついた。

「む。抜き過ぎたか?おかしいな…」

「…ぁ」

満たされた。血だけでは足りなかった『何か』が入ってきた。

「君、この手はなんだ」

「…先生、倒れそうやったから」

「む?無自覚の予兆があったか」

吸い取った『何か』の事は伝えなかった。



一度血を抜いたら2ヶ月程は控える。という事で、血を与える役は研究生たちも含め持ち回りとなった。そうして少年が気付いた事は、やはり血だけでは足りないという事と、先生の血が一番美味しいという事だった。

規則正しい生活。バランスのよい食事。適度な運動。ザ・健康体。『何か』の方で得られる充足感は研究生が勝るが、血の味自体は先生の圧勝だった。

「これはどうだろうか」

差し出された白濁した液体を受け取り、少年は胡散臭げにそれを覗き込む。

「…試してみますが…」

鉄臭いこの液体は、疑似血液であるらしい。先生の専門は生体錬金術。研究内容は人体組織の錬成だ。

「何が引っ掛かっている」

「赤くないんですね」

「なるほど。見た目と食欲の問題か」

少年が引っ掛かっているのは疑似血液からではいよいよ『何か』の摂取が難しくなりそうだ、という事だったが、色の事も気になったので口にしてみた。食欲はそもそも血自体には感じない。あくまで入れ物に抱く欲求だ。

「なに。成分は変わらない。乳だって白っぽいだろう」

早く飲んでみて欲しそうな様子を汲んで、少年はその液体を恐る恐る口へ運んだ。

「  ぅ ぇ」

吐き出しそうになった口を拭って、彼は続きを飲むのを断念した。

「何故だ」

「すっっごく不味いです」

「そうか。ではこちらはどうだ」

次に出されたのは色もよく似た液体だった。先程よりも抵抗なく口をつけられる。

「………美味しくは、ないですけど」

「本物と何が違う?」

「うーん…」

既に疑似血液として医療に使われているものだ。問題なく飲めると思っていた先生は、少年の感想に研究心を刺激された。

そうして繰り返し人工血液を飲まされるようになった結果、『何か』が不足し要求量は増加していった。味を整え栄養を増やしてみても要求量は日に日に増した。

「成長期か?」

「そうですね…」

そんな折、彼はやって来た。

「ウイユ先生~?危険物を隠し持ってると聞いたけど」

途端先生は舌打ちし、小さく「魔女め」と吐き捨てた。

「いやいや危険なものなど何も。コレの事であれば、そもそも引き取り時に報告は入れております」

少年は、突然入ってきて自分を危険物と呼んだ人物に目を向ける。

「あらコレ?へー、流石の造形ね」

「…こんにちは」

無遠慮な視線を受け、戸惑いながらも挨拶をする少年に、魔女は大きく目を開いた。

「ごめんなさいね、失礼したわ。私はこの塔の最高責任者よ。お名前は?」

「なまえ?」

「なるほど。名前か」

何気ない問いに返ってきた疑問符に魔女は溜め息混じりに先生を睨んだ。

「名前くらい聞いておきなさいな。今までどうしてたのよ、まったく」

コレや君などで事足りていた。

「では名を問おう」

「えーっと…好きに呼んでください」

先生は「む」と口を噤み、暫く唸った。そう長くはない逡巡の末。

「では…クヮルタリオル。カルタと呼ぼう」

「カルタ」

それが自分の呼び名になる。カルタはその名を口の中で幾度か呟いた。

「あらステキな名前ね。宜しくね、カルタくん」

魔女は微笑んで手を差し出す。握手と気付き応じると、

「……ぁ」

空腹を一気に満たす何かが流れ込んできた。

「あら。ふふ」

まさかそれに気付いたのだろうか。魔女は少年の耳元に口を寄せ、囁いた。

「魔力が足りなくなったらこっそり私の元へいらっしゃい」

「え」

魔女は悪戯にウィンクをして身を離した。

「じゃあねウイユ先生。この子、ちゃんと学ばせてあげなさいな?折角塔に居るのだもの。勿体ないわ」

ヒラヒラと手を振って魔女は退室していった。

「結局何をしに来たのだ、あの魔女は」

「何処へ行けば会えますか?」

「魔女にか?止めておけ、あまり関わるな」

きっとそれは出来ない。塔に居る為には、きっと彼の協力は必要だ。得難い魔力のみならず、名前と教育を得るきっかけをくれた人。先生は嫌っているようだが、カルタに彼を嫌う要素は無かった。



そして十数年後。カルタは近況報告を兼ね魔女の元を訪れていた。

「なるほど。他にくれる相手が出来たのね」

「はい。もうお世話になることもないかと」

「あらあら用済みね。寂しいこと」

気分を害した様子もなく魔女は笑う。

ウイユが関わっているのだから、カルタがクドルの原典に出会うのも無理の無い話だ。自分と我が子以外の魔力持ちなどそれくらいしか心当たりがない魔女は、いずれ会いに行ってみようと頭の片隅に留め置いた。

「そう言えば。先日、クヮルタリオルを初めて知りました」

「そうなの?」

薄紫の霧の立ち込める幻想的な湖の名だ。ウイユの故郷リディウムの外れにある。静天の夜には湖の精獣がダンスを踊るという噂だ。

「ウイユ先生が考えたにしてはステキ過ぎて笑ってしまったけれど、貴方の名前としてはとても似合っていると思うわ」

「ありがとうございます。意外でしたけど…なんだか、嬉しかったです」

その名前は大事な恋人にもまだ伝えていない。いつか本物をふたりで見に行って、そこで伝えたいと思う。自分が貴方と共に生きられるのは、この湖を見て育った彼のお陰なのだと。

作中では分けていませんが実際は 疑似血液は質を似せたもの、人工血液は成分を似せたもの…という理解(イメージ)

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