彼女が塔に来た理由の話
塔には眠鬼が3人居る。一人は末娘。人間に一番近い位置に居る。一人は森の主、フルーゲルの女主人。人間観察を愉しみ夢を操る妖の徒。一人は夢の王。眠鬼の中でも血が濃く力の強い、達観の観測者だ。
「なんで眠鬼って、『女』って表現されるんだ?」
「確かに」
ケイナの疑問にソーマも思わず頷いた。
「彼女」や「少女」など、性差を付けた表現は基本的には南からの輸入語だ。だが、北方に多い筈の眠鬼が何故か昔から女性として強調されている。
「女しか居ない…なんてことないよな」
「どうなんだろう」
実際知っている眠鬼…つまり塔に居る3人は外見的特徴を見る限り全て女性だ。そもそも稀少種であり、ふたりは彼ら以外の眠鬼を知らない。
「どうなんだハト」
「いないことはないわね。4割くらいは男性でしょう」
「普通じゃないか」
「普通だね」
当の眠鬼であるハトはこの話題に興味はないらしく、話の間もマイペースに自習を進めている。
「じゃあなんでなんだろう」
「さあ」
ふたりは推論を交わし合うが、ハトが応える様子はない。
末娘は一番人間に近い。「世界の記録に触れられる眠鬼は無遠慮に記録を漏らしてはならない」。明言されてはいない、眠鬼のルールだ。倫理、マナーに近いかも知れない。多くの眠鬼は言われなくても触れた記録について口に出さない。世界の記録は独りでコッソリ愉しむものだ。だが彼女は物心ついた頃からずっと警告を受けて育ってきた。秘密を暴いてはならない。知るべきでない事を教えてはならない。それは心も能力も人間に近い筈の末娘が、倫理観が人間に近いまま本来あり得ないほど眠鬼としての力を持っていた故だった。殆ど人間として生活していた末娘の一族は困惑し、親交のあった森の主に助けを求めた。だが当代は塔にいるという。王に助けを求めれば、これまた塔にいるという。では塔に送るしかあるまいと、そういう経緯でハトは今塔に居る。愛しのねこと引き離されたのは不服だったが、今の塔での生活には概ね満足している。
「ハトは自分の事あんまり話さないもんね」
「………」
それはそうだが、今の内容に関しては別に秘密でもなんでもない。単に興味の無い煩わしい会話だっただけだ。億劫に思いつつも、ハトは学友の為にひとつアドバイスをしてやることにした。
「図書館にそんな内容に触れた本があったと思うわ」
「気になるなら自分で調べろってか。そこまでじゃな~い」
机にへたばったケイナに呆れながら、ソーマは今度調べてみようとこっそりメモを取った。




