未来の無い話
「 …どういう事だ…」
常に研究に勤しむ彼が塔を出たのは実に珍しい事だった。偶々諸々の手続きや申請書類が溜まっていて、億劫ながらも城へ向かった。そこでまた偶々…とはいえそうなる可能性は低くはなかったが、ともかく偶々師に出逢い、いつものように難癖を付けられ、なんやかんやで引き留められた。そんな最中、その報は飛んできた。
師の率いる部隊とともに急いで塔へ戻ると、無惨な瓦礫の山が、焼け焦げた匂いが、大量の軋轢死体が、そこで待っていた。
呆然とする彼の横で、師は厳しい顔ですぐに部下へ指示を出し始めた。
「生存者の確認を最優先だ!まだ崩れる可能性は高い!各自警戒を怠るな!」
侵入禁止の結界を張るには範囲が広すぎて難しい。先行隊はまず人命救助に充てる。他は後続部隊が来てからだ。であれど圧倒的に人手が足りない。
「本当にっ、何が起きた!?」
瓦礫を続々と空に持ち上げながらルルイエが洩らす。その珍しい焦燥にも気付く事なく未だ呆然としている弟子に、師から喝が入った。
「ナナプトナフト!立っているだけなら邪魔だ!退避するか手伝うかしろ!」
「 っ、ぁ、ああ」
生体感知を走らせながら街であり塔であった瓦礫の上を進む。ガラリと音がして、瓦礫の塔がまた崩れる。足下の何かが重みに耐えられなくなり、ガラガラと突然沈み込む。それらに注意しながら暫く進むが、生体感知に引っ掛かるものは虫か鳥くらいのものだった。
だからそれを見た時、彼はうっかり幽霊かと思ってしまった。
「おぅ、ごくろーさん」
「生存者か!?見ない顔だが…」
「自分の魔術は信じた方がいい。体温までは再現してねー」
「…何者だ?」
普通に、人間に見える。仮に人間とは違うものでも、生物であれば少なからず体温はある。幻覚か、神魔の類いか、それとも。いや、今はそれよりも。
「おっと。おれさまは塔の崩壊には関わっちゃいねー。被害者の方だ。もうじき消える」
「消える?」
「気にすんな。それより、原因が知りてーならオススメの調査スポットはターミナルだ。残念ながら、この瓦礫の中にゃ生存者は居ねー」
ナナプトナフトよりも長身のその男は古くさいローブを翻して背を向けた。
「じきに樹の根が暴れ出す。この世界に未来はねー」
「何を言っている」
生者でもない者の言葉など聞いている時間はないのに、ナナプトナフトには彼を無視してはいけないような気がした。
「砂漠の翼蛇がどうなるかにも依るが…恐らく最初はケセド域だ。次がコクマ、そしてイェソド。天寿を全うしてーなら…そーだな、ケテルかホドに移住しろ」
「だから、何の話──」
「あー、そーだ」
振り返った彼と目が合う。不思議と口を閉じてしまう。
「有翼種の生き残りが一人生きてる。テメーを見たら喜ぶだろーよ」
「 、」
言うだけ言って、彼は忽然と姿を消した。透けるでも溶けるでもなく、パッと一瞬で居なくなってしまった。化かされた気分のまま周囲をもう一度走査する。生体反応は無し。
「………」
有翼種の生き残りが、『一人』。ルエイエか、フィアか。ルエイエであればもう既に合流しているだろう。フィアの方だ。であれば、自分と同じように出掛けていたのだろう。クドルを伴にしてはいないか。知らず祈るような気持ちで、ナナプトナフトは生存者の捜索を再開した。
崩落から一ヶ月余り経つが、現場は凡そそのままだ。立入禁止の結界が張られ、瓦礫の撤去や遺体の回収も引き続き行われてはいるが…果てがない。遺体も身元が判るような、個の判別が付くようなものは殆ど無い。埋め立てて再建した方が建設的だと声を上げる者も居る。
「なぁるほどねぇ?」
ターミナルに拳をぶつけ、魔女は顔を歪ませた。冷たい石に押し付けたままの拳は細かく震えている。ナナプトナフトが出逢ったという人物の言葉は真実だった。生存者ゼロ、原因はターミナル。そして、この世界に未来はない。
「…ふふ…」
当然だ。我が子亡き世界など既に滅びたようなもの。
「アハハ!………馬鹿な子…」
その愛弟子が生き延びたという。ならば、会いに行かなくてはなるまい。
手元の蕾が花開いた。向こうの私をダウンロードして、改めてこの世界に絶望した。
ルルイエさんが会いに来た。この世界では初対面だったけど、こっちのルルイエさんも当たり前に察しが良くて、直ぐに私の状況を理解してくれた。
スナフ先生が生きていると聞いて会いに行った。魔女の誘いには乗るなと警告を受けた。
魔女は言った。
「あちらの世界は救われたんでしょ?ならもう、未来の無いこの世界は不要だわ。保って百年。ふたりで壊してしまわない?」
ひとつの世界を救った記憶を持ったまま、絶望のこの世界を滅ぼす。本当に未来が閉ざされているのか自分には判らない。だけど魔女の抱く絶望は解る。
「私、は…」
『魔女の誘いには絶対乗るなよ。道を踏み外すな。折角拾った命だ。自分から消しに行くな』
スナフ先生の言葉が過る。彼も誘いを受けていたのだろうか。
「考えて決めて頂戴。世界を敵に回すか、私を敵に回すか」
「私は──」
私は。
最期まで、その選択を後悔する事はなかった。




